FPSゲーマーは眠らない-3-
どすん、と落下した。いてぇ。
起き上がろうとすると、さらに上から人が降ってくる。
「ぐはっ!」
女だ。さっきのムチムチ女。
確か姫宮 奏とかいうヤツ。
そいつが俺の腹めがけて落ちてくる。
「もう、いきなりなんなのよ」
それはこっちのセリフだ。
早く退いてくれ、と言おうとすると更なる衝撃。
「ぐへぇ!」
降ってきたのは鎧娘、あの竜騎士の……バシュトラだったか。
背は低いが、鎧を着ている分、威力は倍だ。
「…………」
「ちょっと、どさくさに紛れて触ろうとかしてないでしょうね?」
酷い言い掛かりだ。
女たちは俺の上から退くと、体についた埃を払う。
鎧娘は相変わらず無感情。ごめんくらい言えや。
「無事、みたいですね」
近づいてくるイケメンにーちゃんことアムダなんちゃら。
その後ろには半裸おっさんのブリガンテなんちゃらかんちゃらもいる。
フルネーム覚えれねえよ。
「ここは、どこだ?」
辺りを見回すと、何もない平原といった感じか。
草原というほどでもなく、荒野というほどでもなく。
とりあえず、先ほどまでの色のない世界と違って、土の匂いがする。
「さっきの猫野郎がいきなりこっちに飛ばしやがって」
「つまり、開始ってことでしょ」
「あ? 何がだよ」
ムチムチ女は答えない。答えろよ。
「あれか」
ブリガンテのおっさんが彼方を見つめている。
俺もそっちを見る。
なんだ……ありゃ。
「あれが、魔神みたいだね」
事も無げに、アムダが言う。
そこにいたのは、大きさが20mはあるかというような巨人だった。
「でけぇ……」
そんな感想しか出ない。
他の連中も呆然と見つめている。
巨人という表現は間違っていない。
二足歩行で歩き、手には長い棒を持っている。槍っぽいな。
全身は鎧で覆われている。顔も兜をかぶっているから、どんな顔かも分からん。
ただ言えるのは、巨人がまっすぐこちらに向かって歩いてくるという事だった。
「魔神って……あれを倒せってのかよ」
「みたいだね」
「無理だろ、流石にあれは。ゴジラ並じゃん。
メカゴジラでも無理だったんだぜ」
「ゴジラ?」
「でっかいトカゲの化けもんだよ。あれ、恐竜だっけな」
「……竜?」
鎧娘が食いつく。そういや竜大好きっ子だったか。
「とにかく、あんなもんどうやって倒せってんだよ」
「このままここにいてもあいつに踏み潰されるだけね。
一旦、場所を移動しましょう」
奏の提案に、俺たちはひとまず移動する事にした。
巨人はこちらに向かってくるわけではなく、一直線に歩いているだけみたいだ。
歩く度に地響きがズウン、と聞こえる。
やっぱでけぇな。巨神兵かよ。
「どこに向かってるのかな」
「さて、な」
アムダとブリガンテのおっさんが会話している。
「ほら、こっちよ。フラフラ歩かないの」
「…………ん」
バシュトラと奏が会話している。
5人組だと、こうして一人、誰かがはみ出す。
仲の良い二人組作ってー、という感じで俺だけ最後尾に一人。
別にいいけどね!
「つか、さっきの猫野郎はどこに行ったんだよ」
「彼はあそこから出れないんでしょ」
「だから僕たちを召喚したんでしょうかね」
「かもね。信用は出来ないけど、疑うほどの証拠もない以上、一旦は信じるしかない」
「じゃああれを倒さないと元の世界に帰れないのか?」
マジかよ。
うやむやになったけど、俺の経歴は明らかにFPSのそれで、俺自身の事じゃない。
どう考えても、俺があの化けもんを倒すのは不可能じゃねぇか。
他の連中は俺ほど悲壮感を持っていない。
つまり間違ってるのは俺だけで、他のヤツらは本物の英雄なんだろう。
待てよ。こんなもん、巻き込まれ損じゃねぇか。
「あのよ、さっき言いそびれたんだけどな――」
「……何かいる」
ぽつり、とバシュトラが呟く。
なんで大事なとこで、無口なちびっ子が喋るんだよ。
文句を言おうと思ったが、さすがに大人気ない。自重する。
「あれは、人だね。騎馬隊みたいだ」
俺には豆粒くらいにしか見えないほど、遠くの影。
アムダには見えるらしい。すげぇな。
巨人の進む方向からやってきたそれは、少しずつ、輪郭がはっきりする。
確かに、騎馬隊だ。
だが数がこれまた半端ない。
何千という騎馬が、巨人の方へと向かって行く。
「映画の撮影って言われても驚かねぇけどな」
「奇遇ね、私もよ」
俺の呟きに、奏も反応する。
「彼らは巨人と戦うつもりみたいだね」
「じゃああいつらに任せてれば問題ないな」
良かった良かった。
あの馬鹿デカイ巨人でも、あんだけ人がいれば、何とかなるだろ。
「そう簡単にいくかな」
アムダは微笑を浮かべたまま、そう答えた。
こえぇよ。
しかしまあ、イケメン剣士様のアムダの言う通りになった。
数えるのも面倒なくらいの騎馬兵たちは、巨人の姿を見るなり突っ込んでいく。
おいおい、と突っ込む間もなく、巨人に簡単に払い飛ばされる騎馬兵。
馬もヒヒーンって泣いてるわ。
そんな考えなしに突っ込んでも無理なのは、俺でも分かる。
でも、連中はまるでそれ以外知らないと言わんばかりにただ突っ込む。
「なんだよ……馬鹿じゃねぇの」
遠くて具体的には分からない。
けど常識的に考えれば分かる。
あんな巨大な生物に払われて、無事なはずない。
大勢の人間が、次々と死んでいくのを、見るしかなかった。
「……あっちに何かある」
鎧ちびっ子が騎馬兵たちのやってきた方角を指差す。
なんも見えんが。
そう思ってたら、突如、バシュトラの姿が消えた。
「うおっ! 瞬間移動した!」
「上よ、馬鹿ね」
言われて見上げると、はるか上空に小さな影が見える。
あれがちびっ子らしい。
どう見ても10m以上飛び上がってるんですが、これは。
「マジかよ」
竜騎士ってそっちの方ね、納得。
十秒ほど滞空を続けた後、バシュトラが落ちてくる。
「向こうに街があるよ」
「マジかよ」
つまりこの巨人の進む先にあるという事。
騎馬兵たちは決して無駄に突っ込んでるわけじゃない。
自分たちの街を守ろうとして、巨人に向かって行ってるんだ。
「どうすんだよ。このままならその街がやばいみたいだが」
「それ以前に、このままなら彼らが全滅するね」
騎馬隊はまだ巨人を倒そうと群がっている。
しかし巨人は払い除け、一歩一歩、確実に街に向かう。
足止めにすらなってない。
「助けるしかないわ」
「助けるって……どうやってだよ」
「そりゃあ、あの魔神を倒すしかないね」
事もなげにアムダは答える。
おい、マジかよ。
あんなでかいヤツ、倒すとかそういう問題か?
「んなもん無理に決まってるじゃねぇか。逃げた方がいいって」
「さっきからグダグダうるさいわね。自分がどうして呼ばれたのか、まだ分かってないの?」
奏が怒りの口調で俺に言い返す。
「狙撃手だか何だか知らないけど、どうせ隠れて人を殺してるだけの臆病者なんでしょ。
逃げたきゃ一人で逃げればいいじゃない」
「俺は……」
言い返したくても言い返せない。
俺は、英雄でも何でもないんだ。
「あたしは行くわ。ブリガンテさんたちはどうする?」
「私も行こう。敵に背を向けるのは戦士ではない」
「じゃあ僕も同行するよ」
アムダは笑みを絶やさない。
「神を斬るのも久しぶりだ」
「ありがと。バシュトラはどうする?」
「……行く」
静かに、でも力強く、ちびっ子は答える。
残されたのは俺一人。
奏は俺には尋ねない。
ただ侮蔑の瞳で見ただけだった。
アムダが俺の近くに寄ってくる。
「シライさんはどうする?」
「俺は無理だよ」
「でも、君は多くの人を殺した優秀な兵士なんだろう?」
「それは……違うんだ」
説明するのも面倒だ。
それは俺がやってるゲームの話だなんて、彼に言っても伝わらんだろう。
「ほっときなさい。どうせ腰抜けよ」
「……もしよければ、彼らを守ってもらえないかな」
「え?」
「僕らが魔神を止めている間に、あそこの兵士たちを助けてもらいたい。
君にやってもらいたいんだ。出来ますか?」
真摯なその瞳に、俺は出来ないなんて答えれなかった。
「やるだけ……やってみる」