表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/102

ブラック・デモン・ダウン-6-

 魔導砲の輝きは、空を覆い尽くし、魔神へと到達した。

 一瞬。

 瞬きするよりも速く、魔導の光が撃ち抜く。

 残響。

 空に音が響き渡る。

 ドラゴンに乗って空にいた俺たちにも、その余波が伝わってくる。


「すげぇ……」


 ビリビリと大気が震える中、それしか言葉が出なかった。

 あれだけ大見得切ったんだから、それなりに凄い兵器だと思ってたが。

 まさかあの魔神を一撃で倒すなんて。


「倒したのか?」

「……多分」


 魔神の体がゆっくりと地面へと沈んでいく。

 地上にいる兵士たちが慌てて逃げ出しているのが、空中から見て取れた。

 そして――巨大な地響きを上げ、魔神が墜落。

 大きく口を開き、ぴくりともしない。


「……勝った、のか?」


 一秒、二秒、三秒。

 頭が混乱してて、何が起きてるのか分からない。

 しかし落ち着いて考えれば簡単な事だ。


 魔神を倒したのだ。


「よっしゃぁぁぁ!」

「うおおおおおお!」

「兄貴! 兄貴! 兄貴!」

「トリアンテ万歳!」


 俺のガッツポーズと、地上の兵士たちの歓声が重なった。

 辺りはお祭りムードだ。

 しかし前に座るバシュトラは、喜んだ表情を見せない。

 何だ? まだ何かあるのか?


「どうしたんだ?」

「…………」


 答えない。

 じっと地上に落ちた巨大な魔人を見ている。

 何があるのだろうか。

 俺も首を伸ばして地上を覗き込もうとしたその時だった。


『さあ、ここからが本番だよ』


 声が聞こえた。

 くぐもった音声は、間違えようのない、あのふざけた猫野郎だ。

 バシュトラの方から聞こえてくる。

 そういや、この鎧、スピーカーも付いてるんだったか。そこから流れてるらしい。


「ちょっと待てよ! 魔神なら今倒しただろうが!」

『あはは。あれは外装だよ』

「外装……?」

『魔神ノルドノルドはここからさ。ここからが本番。ここからが最後。発狂モードってやつだよ、君の好きなゲームに例えるならね』


 意味が分からない。

 ただ、間違いなく言えるのは――

 地面に横たわる魔神が、少しずつ胎動し始めたんだ。


「なっ!」

『さあ、目を凝らしてた方がいいよ。ここから先は一瞬さ』


 まさしく一瞬の事だった。

 魔神の腹の辺りから何かが飛び出した。

 上空からだと判別つきにくいが、多分、魚のような姿をしている。

 翼の生えた魚だ。

 大きさは数メートルほど。魔神の巨大に比べるのであれば、非常に小さい。

 そして――そのまま空へと飛び出した。

 一瞬。

 弾丸のように飛び出した魚を、誰も止める事は出来ない。

 反応したのは、バシュトラだけだった。


「……ッ!」


 いつの間にか構えていた槍で、向かってくる魚目掛けて、薙ぎ払う。

 斬った。俺にはそう見えた。

 しかし、魔神はそれをひらりと回避する。

 目で捉えきれぬほどのスピードでかわされた攻防。


「ギャハハハハハハハハハハハ!」


 魔神の声が聞こえた。

 憎悪に満ちた、怨嗟の声だ。

 笑い声を残し、魔神は空の彼方を目指して飛んでいく。

 攻撃を避けられたバシュトラは、そのまま手綱を握ると、ララモラを駆って魔神を追い始める。

 っておい! まだ俺も乗ってるから!

 抗議の声は届かず、俺たちの追撃戦が始まった。


「ちょ、ちょっと、速過ぎるぞ……」


 風圧で声を出すのもやっとだ。

 ララモラの速度は先ほどまでの比では無い。

 これが本気のスピードなんだろう。

 しかし、魔神はそれよりもなお速い。

 少しずつ、だが確実に離されていく。

 なんて速度だ。


『さあさあ頑張らないと。この先には何があるのかな?』

「何って……」


 何があるんだ?

 意識を巡らせると、そういえばこの先には城塞都市があったな。

 魔神は城塞都市に向かっているのか。


『あれだけ大きな魔力を溜め込んだ魔神の本体だよ。あの小さな体に、あの巨体全ての魔力が詰まってるとしたら、どうする?』

「どうもしねぇよ」

『あはは。あれはね、一種の核弾頭なのさ』


 核弾頭ね。

 その表現が、俺には一番ぴったりと理解出来る。

 つまり、あの魔神は高速で都市目掛けて突撃を仕掛けるらしい。


『その破壊エネルギーは、100メガトンを超える。これはヒロシマ型原爆の実に6000倍近い破壊力だよ』

「ふざけろよ」


 そんなもんが街で爆発でもしてみろ。

 大参事どころじゃない。

 というかどうやって止めろって言うんだ。斬ったりしちゃ駄目じゃねぇのか。


『なあに、バシュトラくんなら大丈夫。彼女のUG-5なら、あれくらいのエネルギーを消滅させる事、訳無いさ。

 何しろあの竜王グヘナゲヘナですら、彼女の前にひれ伏したのだからね』

「……黙れ」


 軽口を叩く猫野郎に、バシュトラがぽつりと呟く。

 小さな声は、うっかりしていると聞き漏らしそうなほどだった。

 しかし、そこに含まれた憎悪はあまりにも深い。


『ははは、そこは知られたくなかったのかな?

 君が父と仰ぐ竜王を、惨たらしく殺した事なんてさ』

「……うるさい」

『まあいいさ。僕としては、君が魔神を倒してくれさえしてくれればね。

 そうすれば――――きっと君の望むものが手に入るんだから』


 それは、何を意味しているのか。

 聞き返そうとしたが、バシュトラの横顔があまりにも鋭くて。

 あまりにも――美しくて。

 俺は、何も聞けなかった。


「……魔神は倒す。一人でも倒す」


 今度ははっきりと聞き取る事が出来るほどの、殺意を込めた言葉だった。





 うるさい。

 うるさいうるさいうるさい。

 全部うるさい。

 私は一人でも大丈夫。

 大丈夫なんだ。

 だから、魔神を倒す。

 倒して倒して倒して。

 お父さんに認めてもらうんだ。

 一人で出来ないと意味がない。


――トラ様、追いつけません!


 ララモラの声が響く。

 このアサルトリアクティブアーマーは竜状態のララモラの声も自動的に変換してくれる。固有の振動数を言語に変換する、とお父さんは言ってた。

 だから、竜じゃない私にもその声は分かる。

 この鎧は私の翼。

 この槍は私の牙。

 お父さんがくれた。

 だから、これであの魔神を倒す。

 そうすればきっと、お父さんは――


「……もっと速度を」

――これ以上は無理です!


 悲痛なララモラの声。

 分かってる。痛いくらいに。

 でも、どうすればいいんだろう。

 追いつけない。

 魔神との距離は少しずつ、でも確実に離されてしまう。

 遠い。

 槍が届く距離まで近付く事が出来たら。あいつを倒せるのに。

 でも、届かない。

 いつも――いつも届かない。


 だから、誰も認めてくれない。


 だから、竜にはなれない。


 弱い人間のまま、牙も羽も持たない私は、何にもなれない。


「……お父さん」


 私の力は、届かない。

 だから、お父さんも助ける事が出来なかった。

 お姉ちゃんたちも、助けられなかった。

 人間は嫌い。

 でも、人間である自分がもっと嫌い。

 弱い人間の私は、一番嫌い。


 弱い自分では、誰も救えない。


「……ごめん、なさい」

「謝るのはまだ早いんじゃねぇのか!?」


 声に、我に返る。

 振り返ると、そこにいたのは――銃の人。

 いたんだ、というのが正直な感想。

 そういえば、そのままだった。


「でも……もう追いつけない」

「みたいだな。でも、まだ諦めるほどじゃあない。レースゲームに例えるなら、ホームストレートまではアクセル全開だぜ」

「……よく、分からない」

「だろうな。でも前を走ってる車に雷が落ちる事もあるし、亀の甲羅が飛んでくる事もある。

 バナナは踏みそうにないが、勝負は最後まで分からないもんだぜ」


 ガチャリ、と音が聞こえた。

 風を切る音しか聞こえない中、金属音だけが重く響いた。

 何の音だろう。

 前を見ているから、後ろで何をしているか分からない。

 そして――


「例えば――前を飛んでるファック野郎が、ライフルで狙撃される事だってあるかもな」






 銃声が、遠く響く。





 俺の放った銃弾は、前を飛ぶ魔神の羽を撃ち抜く。

 体を撃ち抜いたら爆発するのなら羽はどうだ、糞野郎。

 目論見通り、羽に穴の空いた魔神は、空中で大きく体勢を崩す。

 無理もない。

 これだけ高速で飛んでれば、ちょっとの傷が命取りだ。


「後は、任せた」


 魔神が減速する。

 その一瞬を見逃すほど、バシュトラは甘くない。

 竜騎士の少女は、魔神に追いつくやいなや、そのどてっぱらに狙いを定める。


「UG-5! 原子崩壊!」


 突き刺し、そのまま抉り込む。

 魔神の断末魔が聞こえ、その肉体が輝き始めた。

 爆発するのか!

 そう思った刹那、魔神の体は一瞬で消滅していく。

 塵となり、風に紛れて飛んでいく。

 まさに一瞬。必殺の一撃だった。


「……今度こそ、本当に終わりか?」

「……多分」


 ララモラが空を旋回し、警戒している。

 ここでまた復活とかされたら、さすがに温厚で知られる俺も怒り心頭だ。

 しばらく待ったが、何も起きない。


「……やった、みたいだな」

「うん」


 終わった。

 どっと疲れが押し寄せてくる。

 色々とあったが、これにて終了ってやつだ。ミッションコンプリート。

 後ろに倒れ込みたいくらいだが、今はドラゴンの上。下手に動こうもんなら真っ逆さまだ。


「お疲れさん」

「……うん」

「どうした? 浮かない顔をして」

「……一人じゃ勝てなかった」


 バシュトラの声には失望の色があった。

 一人で倒したかったのか。

 いや、一人で倒せなかった自分を恥じているような、そんな声だ。

 それが責任感から来るものか。

 あるいはそれ以外の感情であるのか、俺には分からない。

 分からないけど――


「別にいいじゃねぇか。一人だろうが全員だろうが」

「でも……」


 何かを言いよどむ。

 こいつはこいつで、色々と思い悩む事もあるんだろう。

 ちびっ子の分際で生意気な。

 ペチリ、とバシュトラの頭を叩く。


「……痛い」

「嘘つけ。俺の方が痛いわ。この石頭め」


 まったく、頭の固いことだ。


「お前が一人でやりたいって言っても無駄だ。

 俺たちは一蓮托生なんだからな。

 だから――最後まで付き合ってもらうぜ」

「……うん」

「おらおら元気出せよ。ほら見てみろよ、空があんなにも近いぜ」


 空を見上げると、青い青い大気が広がっている。

 抜けるような青空。

 この空の広さに比べたら、俺たちの悩みなんてちっぽけなもんだぜ。

 ……という臭過ぎるセリフはさすがに自重した。


「……そう、だね」

「だからさ。俺たちじゃアレかもしれないけど、力になれる事があれば、言ってくれていいんだぜ?」

「……うん」

「ま、とりあえず凱旋しますか。実はそろそろ俺も限界なんだ」

「……?」


 疑問符を浮かべるバシュトラ。

 俺は腰に手を当ててこう答える。


「そろそろケツが痛くて限界だ。今度からはクッションを敷いてくれると助かる」


 ララモラが抗議の咆哮を上げた。






 地上に降り立った俺たちを、アムダたちが出迎えてくれる。

 兵士たちも浮かれ気分で騒いでいる。

 何ていうか、大らかな連中だな。


「お疲れ。結局、バシュトラに全部助けてもらったわね」

「そんな事……ない」

「ツンデレ魔女様が珍しく褒めてくれてるんだから、ありがたく受け取っとけって」


 俺の言葉に、ぎろりと擬音が付きそうな視線を向けてきた。


「ははは。まあいいじゃないですか」

「そういうアムダも今回、ほとんど仕事してないわよね?」

「いやぁ」


 笑って誤魔化すイケメン様であった。

 やれやれ。


「そういやおっさんは?」

「なんか兵士たちと一緒に向こうで騒いでるわよ。

 まだ後処理があるのにってファラさんがぼやいてたもの」

「まあ……何となく想像出来るな」


 おっさん、ああ見えて結構面倒見がいいからな。

 色々あったが、今回も無事に魔神の討伐が出来た。

 ようやく3体か。先は長い。やれやれだ。

 個性的な面々で、何を考えているのか正直分からないけど。

 俺たちなら――きっと大丈夫だ。


「まあ、今は勝った事を喜ぶとするか」

「……だね」


 バシュトラがいつの間にか、隣にいた。

 少し笑みを浮かべている。美少女の笑顔に、少しばかり、ドキリとしたのは内緒だ。

 まったく……いつもの不愛想はどうした。


 どんちゃん騒ぎが続いている。

 アムダもいつの間にか兵士に交じって酒盛りを始めた。

 おいおい、元気な野郎だな。

 それを見た奏がアムダに詰め寄る。何を言ってるのか分からないが、いつも通り、真面目なやつだ。

 仏頂面で、でも優しそうな顔でおっさんが見守っていた。


「お前は行かないのか?」

「……よく、分からない。人間とは、あまり話した事が無いから」


 なるほど。

 天然娘には天然らしい悩みがあるようだ。

 俺はこっそりと、彼女に耳打ちする。


「じゃあ奏にこう言って仲間に入れてもらえ」

「……なに?」


 顔を上げたバシュトラに、俺は最高の一言を教えてやった。


「このファック野郎ってな」








 もちろんその後、俺が奏にしこたま怒られたのは言う間でもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ