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ブラック・デモン・ダウン-5-

 作戦自体は割と単純だ。このセリフ、前回もあったな。

 まあ単純さ加減で言えば、前回を超えている。

 要は魔神に縄を付けて、下で待機している兵士たちで引っ張り、魔砲の正面に来たらぶっ放す、というシンプルさを体現したかのような作戦だ。

 おっさんは男の中の男で憧れるし尊敬もしているが、正直馬鹿なんじゃないかと疑っている。

 しかし他にアイディアも無く、何となくおっさんのアイディアだしいけるんじゃねぇか、という気持ちがみんなに芽生えてしまったのも事実だ。

 あれよあれよという間に準備が完了した。


 後は魔神に縄を取り付けるというところで、大問題が発生したのである。


「無理無理無理。絶対無理だって! 何で俺が行かなきゃいけないんだよ!」


 そう、なぜかその一番重要な魔神に縄を付ける作業が、俺に回ってきたのである。

 奏が腰に手を当てて、教え子に諭すように言う。


「だって他に適役がいないんだし、しょうがないでしょ」

「アムダでいいじゃねぇか。こういうのは得意だろ」

「いやぁ、僕、高いところ苦手なんですよね」


 嘘つけ。

 どう見てもお前は高いところとハサミが好きな顔をしてやがる。

 俺の反論も空しく、話は前向きに進んでいた。

 しかし反対しているのは俺だけでは無かった。


「嫌です! 絶対に人間なんて乗せたくありません!」


 と、駄々をこねているのはドラゴンのララモラだ。

 俺が魔神に紐を取り付けるのなら、必然的に竜に乗る事になるからだ。

 だが、彼女は絶対に嫌だと叫んでいる。


「私が乗せるのはトラ様だけです!」


 いいぞ、もっと言え。

 何となくララモラの応援をしてしまう俺であった。


「じゃあバシュトラに付けに行ってもらおうぜ。それがいいそうしよう」

「バシュトラ一人だと何かあった時に対応し切れないでしょ」


 何かある事が前提なのが嫌なんだよ。


「それに一人だと手綱を手繰る必要あるし、取り付け作業が出来ないし」

「そうですねぇ。やっぱりここは二人での作業が望ましいでしょうね」

「うむ」


 三人が三人とも、他人事のように言う。まあ他人事なんだけどな。

 物理的におっさんは無理としても、奏なら行けるだろ。


「嫌よ。怖いもの」

「俺だって怖ぇよ!」

「我慢しなさいよ! これ貸してあげるから」


 そう言って渡されたのは魔術で出したらしいバックパック。

 開けようとすると止められる。


「パラシュートが入ってるのよ。開けたら駄目」

「っておい! 落ちるの確定じゃねぇか」

「じゃあパラシュート無しで行くのとどっちがいいのよ」

「そりゃあ……有りだけど」

「じゃあいいじゃない。はい、頑張ってね。応援してるから」

「……その二択はずるいだろ」


 俺はバシュトラに助けを求めようとするが、彼女は興味無さそうだった。


「バシュトラはいいのか? 俺が竜に乗るのは」

「……どっちでもいい」


 そうですか。ドライですね。最近の子は。


「トラ様ぁ……私は嫌ですよぉ」

「……我慢して」

「でも……」

「……お願い」

「……分かりました。こんなスットコドッコイですが、我慢して乗せる事にします。

 途中で空から振り落としたくなっても、トラ様の為に頑張りますっ」


 聞こえてるから、全部。






 竜の背は意外とあったかかった。トカゲみたいなもんだと思ってたが、全体的にふかふかだ。

 鱗の感触が何となく気持ち良かったので、撫でてたらララモラが首を伸ばしてきて、牙を剥く。

 慌てて手を離す。すまんすまん。


「奏がいたらセクハラって言われてたかもな」

「……せくはら?」


 また一つ、変な言葉を教えてしまった。

 ともあれ、俺とバシュトラを乗せたララモラは、翼を広げると、そのまま大空へと羽ばたく。

 一瞬で地上から離れる。風圧が俺の体に掛かる。

 うお、こええ!


「ちょ、ちょっと速過ぎるんじゃないか」

「いつもより遅いよ」


 マジかよ。体感速度は時速100kmを超えているぜ。

 掴まるところがあまり無いので、仕方なくバシュトラに抱き着く形になる。

 こんな女の子に抱き着くなんて……と最初はドキドキしてたが、今は恐怖でいっぱいだ。それどころではない。


「とりあえず、魔神に近付いて、これを打ち込むんだよな……」


 俺の手にはボウガンが握られている。

 矢には縄が付いており、これが地上部隊と繋がっている訳だ。

 こんな細い縄一本であんなでかい魔神を引っ張る事が出来るのが、非常に不安だ。

 一応、奏の魔術で「絶対に切れない縄(多分)」にステータス改変されてるらしい。めちゃくちゃ不安だ。

 しかし今の俺たちにとっては、文字通りの命綱だ。


「ボウガンを打ち込んだ後は、バシュトラが縄を固定する。

 それでいいいんだよな?」

「……多分」


 とても不安げな二人組であった。

 しかし賽は投げられたのである。投げたのはどこぞのわがまま魔女だけどな。


「……私一人でも大丈夫だから」

「え?」


 聞き取りづらかったが、バシュトラが何かを呟いた。

 聞き返しても、それきり彼女は黙り込んだ。

 そろそろ魔神が見える頃だ。

 覚悟を決めるしかない、か。


「……来る」


 しがみつきながら、目の前を見る。

 雲の切れ端から、その巨大な姿が見える。

 雲に隠れて、一部分しか見えないにも関わらず、その大きさがよく分かる。

 やはりでかい、と思った。ただそれだけしか出なかった。

 少しでも気を抜けば、吹き飛ばされそうだ。


「おいバシュトラ!」

「……なに?」

「あんなもん、本当に倒せるんだろうな!」

「……さあ」


 さあ、っておい。

 俺の突っ込みは空しく、風の音に掻き消された。

 俺とバシュトラを乗せた竜が、さらに速度を上げる。

 おいおい、これ以上は無理だっての。

 さっきから飛ばされないように必死でしがみついてるんだぜ。

 大体、竜はしがみつくところが少なすぎる。もう少し突起を付けてくれ、という無茶な注文。


「……近付く」

「おい待て止めろ。あんなもんに近付いてみろ。ワンパンだぞワンパン」

「大丈夫」


 その根拠のない自信はどこから出るんすかね。

 そう思ったが、竜が吼えたので止める。うだうだ言うと、ドラゴン――ララモラに怒られるのだ。

 雲が切れる。

 そして――


「……お出ましだぜ」


 巨大な巨大な空を泳ぐ魚――魔神の姿。

 俺とバシュトラの目の前に、奴は現れた。

 地上から見上げると、空を全面覆ってしまいそうな、そんな巨体。

 魚としか表現しきれないその優雅さで、ゆっくりと空を進む。


「まったく、とんでもねぇファック野郎だよテメエは!」


 俺は自分の不運を呪うしかなかった。






 後ろで銃の人が叫んでる。うるさい。

 ララモラも少し機嫌が悪い感じ。

 もう少しだけ我慢して。


「どの辺に打ち込めばいいんだろうな。首か?」


 ボウガンを構えていた。

 矢には縄が付いていて、それで引っ張るみたい。

 不意に――魔神が動いた。

 ヒレが開かれ、その先から光の弾が撃ち出される。

 ララモラはすぐさま回避運動を取った。


「うおお! ちょ、ちょっと待て!」


 うるさい。

 光弾は空中で何本も分岐し、こちらに迫ってくる。

 回転。回避。宙返り。

 様々な動きで光を避ける。

 銃の人が色々と叫んでたけど、聞こえない。


「……こりゃ、ジェットコースターよりきついぜ……」


 叫び過ぎて少し喉が涸れてた。

 光弾は回避して、再び魔神を見詰める。


「早いところ取り付けちまおう。もう少し寄れるか?」

「うん……」


 ララモラが魔神へと接近する。

 距離は大体10ヤードくらい。かなり近く。


「よし、この距離ならいけるか」


 そう言うとボウガンを構える。

 狙ったのは一瞬だけ。

 すぐさま放たれた矢は、彼が狙った通りに魔神の首の辺りに刺さった。一緒に縄も飛んでいく。


「うし、狙い通りだな」

「後は抜けないようにしないと」


 ボウガンから紐を外して、魔神に括り付けないといけない。

 ララモラに乗ったままだと作業が出来ないから、魔神に飛び移る。


「って待て! バシュトラが行ったら俺はどうすりゃいいんだよ!」

「……これ、手綱だから」


 彼に手綱を渡すと、あーだこーだ言ってた。無視する。

 ララモラから飛ぶ。

 私が今着てるアサルトリアクティブアーマーは空中での姿勢制御もしてくれる便利な鎧。

 魔神の背中に着地。

 すぐに縄を辿り、ボウガンに取り付けられた縄を外す。

 そのまま縄を魔神のヒレのような羽の根本に巻いて括り付ける。

 これだ多分大丈夫。


「大丈夫かー?」


 遠くからララモラに乗った銃の人が叫んでる。

 私は一人でも大丈夫。

 ジャンプして、ララモラに戻ろうとしたその時だった。


 魔神の体が青く輝く。


 体表に何かが流れた。

 それが電流だと気付いた時は、私の体は空へと放り投げられていた。







「ってマジかよ!」


 魔神の体が発光したかと思えば、バシュトラが弾かれたように落ちていく。

 多分、電気か何かが流れたんだろう。周囲に放電現象が起きている。


「ララモラ!」


 俺の言葉に反応するよりも早く、ララモラの体は彼女の下へと向かっている。

 吹き飛ばされないよう、しっかりと手綱を握る。

 遠目から見ると、バシュトラは気絶しているようだ。

 あのなんちゃらアーマーは作動しなかったのか。オートで攻撃を防ぐんじゃないのか。

 空へと沈んでいくその体に、俺は手を伸ばす。

 そして――掴んだ。


「おい、大丈夫か!?」


 引き上げて、揺さぶる。

 少しの間の後、バシュトラの瞼が開かれ、水晶のような瞳が見えた。

 無事、みたいだな。


「…………」

「痛いとこないか? 気分とかどうだ?」

「……お腹すいた」

「……そればっかだな」


 とりあえず外傷は無いらしい。

 高圧電流が流れてもすぐ離れればそれほどの怪我にはならないそうだ。すぐに飛び退いたのが良かったのかもしれない。

 ともあれ、無事は無事だ。


「ひとまず魔神から離れよう。後は地上の連中に任せるとしよう」

「……うん」


 こんな時の為に用意した秘策がある。

 それがこれ――手旗である。

 さっと取り出し、俺は手旗を使って地上部隊に、作戦の開始を伝えるのだった。






「成功したみたいね」


 豆粒大の大きさの竜の上で、誰かが手旗を振っている。

 あたしはそれを確認し、ファラさんに作戦の開始をお願いする。

 タイニィゲートから少し進んだ先の平原に、あたしたちは展開していた。

 兵士たちおよそ500人が、これからこの縄を引っ張るのである。さらに軍馬なんかも含めれば、その力は魔神にも匹敵するはず。


「よし、引けぇ!」


 ファラさんの号令に、兵士たちが一気に縄を引く。

 その光景は、さながら綱引きのようだ。何となく、のんびりとした雰囲気もある。

 しかし引いている当人たちは、真剣そのものだ。

 これが失敗すれば、タイニィゲートを突破されるのだから、責任問題でもある。


「もっと力を込めろ! 声を出せ!」

「うっす!」


 必死の形相で縄を引く。

 しかし、それでも魔神は止まらない。

 じりじりと、500人超の兵士たちが引きずられる。


「馬を出せ! ここで止めろ!」


 軍馬が嘶く。

 馬は30騎ほど。地面が震える。

 人と馬が引き、ようやく魔神の進行が止まる。


「よし、そのまま地上に下ろせっ!」


 おお、と叫びが上がる。

 いけそうだ――そう思った時、魔神の声が空に響いた。

 その甲高い音に反応するように、魔神の力が増していく。

 再び魔神に引っ張られる。

 人も軍馬もこれ以上は限界だ。

 張り詰めた糸が途切れるように、後は一気に崩れていくしかない

 ここまでなのか。

 その時だった。


「止まった……?」


 再び動き始めていた魔神の動きが止まる。

 見ると、縄を掴んだその先に、一人の男性の姿がある。

 ブリガンテさんだ。


「後は私がやろう」


 そういうと、縄を一人で持つ。

 いやいや、さすがにそれは無理でしょう。

 しかしあたしの予想は、いろんな意味で裏切られる事となった。


「ふん!」


 500人の兵士ですら敵わなかった魔神を、たった一人で抑えている。

 それどころか少しずつ魔神が引っ張られてるのだ。目を疑う光景だ。

 ブリガンテさんの全身が赤く染まっていく。

 あれは――自己暗示魔術による肉体強化だろうか。

 真っ赤に染まった肉体は、筋肉がはち切れんほどに増大している。


「行けー! やっちまえぇ!」

「頼みましたよ、ブリガンテの兄貴!」

「兄貴! 兄貴! 兄貴!」


 兵士たちが謎のコールをしている。ノリのいい人たちだ。

 その期待に応えるように、ブリガンテさんは魔神を引き続ける。

 少しずつ……少しずつ魔神の高度が下がっていく。

 あと少し。

 魔神はその巨体を震わせ、必死になって逃げようとしている。

 しかし、その動きを、ブリガンテさんは完全に抑えている。


「頑張ってください!」


 思わずあたしも声を掛けていた。

 ブリガンテさんが少し笑った気がした。

 あたしの気のせいだったのか。

 分からないまま――魔神の体が、魔導砲の正面へと引きずりおろされた。


「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええっ!」


 ファラさんの轟声が戦場に響く。

 そして――



 魔導砲から、強大な力の奔流が放たれた。

 




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