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ブラック・デモン・ダウン

 大気を裂く翼。

 地上ははるか遠く、手を伸ばせば空が掴めそうだ。そんな詩的な思いとは裏腹に、状況はあまり良くない。

 風の音がうるさく、何も聞こえない。大気圧で耳も痛い。


「……来る」


 しがみつきながら、目の前を見る。

 雲の切れ端から、その巨大な姿が見える。

 雲に隠れて、一部分しか見えないにも関わらず、その大きさがよく分かる。

 やはりでかい、と思った。ただそれだけしか出なかった。

 少しでも気を抜けば、吹き飛ばされそうだ。


「おいバシュトラ!」

「……なに?」

「あんなもん、本当に倒せるんだろうな!」

「……さあ」


 さあ、っておい。

 俺の突っ込みは空しく、風の音に掻き消された。

 俺とバシュトラを乗せた竜が、さらに速度を上げる。

 おいおい、これ以上は無理だっての。

 さっきから飛ばされないように必死でしがみついてるんだぜ。

 大体、竜はしがみつくところが少なすぎる。もう少し突起を付けてくれ、という無茶な注文。


「……近付く」

「おい待て止めろ。あんなもんに近付いてみろ。ワンパンだぞワンパン」

「大丈夫」


 その根拠のない自信はどこから出るんすかね。

 そう思ったが、竜が吼えたので止める。うだうだ言うと、ドラゴン――ララモラに怒られるのだ。

 雲が切れる。

 そして――


「……お出ましだぜ」


 巨大な巨大な空を泳ぐ魚――魔神の姿。

 俺とバシュトラの目の前に、奴は現れた。

 地上から見上げると、空を全面覆ってしまいそうな、そんな巨体。

 魚としか表現しきれないその優雅さで、ゆっくりと空を進む。


「まったく、とんでもねぇファック野郎だよテメエは!」


 俺は自分の不運を呪うしかなかった。






 話はいつだって唐突だ。


「は? 魔神が来るのが今日?」

『うんそうだよ』


 朝、飯を食ってると急に奏のケータイが鳴った。

 またあいつか、と思って通話すると、いきなり『もうすぐ魔神が来る』というものだった。

 いくら何でも。早すぎるだろ。せめて準備期間くらい用意させてくれよ。

 そう思ったが、どうせこいつに文句言ったところで何ともならないんだろう。


『順応が早くて助かるよ』

「これはな、諦めって言うんだよ」

『ははは、面白いジョークだね』


 糞ったれが。

 気炎を吐いているのは俺だけで、他の連中は静かに食事をとっている。

 まさに諦めの境地だ。

 魔神三体目にして、既にベテラン討伐隊の域にまで到達したのかもしれない。

 あるいは、単に面倒なだけか。


「で、どこに来るのよ」


 それは重要だ。前回みたいに色々と飛ばされては厄介だ。


『今回はそれほど急ぐ必要もないよ、うん』

「どうだか……」

『信用ないなぁ』

「信用されたいなら、もう少し情報を開示する事だな。

 せめて魔神の弱点くらい、教えてくれても罰は当たらんと思うけどな」

『――そう、だね――あ――ちょっと、混線してるや――』


 まさか異世界との通話で混線するのかよ。どこの携帯会社だおい。

 ふざけた事ばっかり抜かしやがって。


『多分――魔神の――騎士団の人が教えてくれる――』


 それだけ伝えた後、ブツリと通話が途絶える。

 ……マジかよ。


「ま、そんなもんよね」

「ファックだな」

「……ふぁっく?」


 バシュトラが俺の言葉を鸚鵡返しする。

 奏が俺の頭をはたく。


「ほら、真似しちゃったじゃない。汚い言葉使わないでよ、ばか」


 ほらみろ、踏んだり蹴ったりだ。




 とりあえず猫野郎の言葉に従って、騎士団の人――ファラさんに会いに行く事にした。

 基本的にあの人は騎士詰所にいるはずだ。

 と思っていたら、道中で出くわした。


「今、丁度呼びに行こうと思っていたところだ」

「……という事は、魔神の件ですね」

「ああ、魔神が観測されたよ」


 やっぱり。

 糞みたいな対応しかしないが、一応の仕事は果たしているようだ、あの猫野郎は。


「それで、どこに出たんですか?」

「……今はここより東からゆっくりとこちらに向かっているようだ」

「移動中か」


 そう言えば、今回は急ぐ必要は無いって言ってたな。

 魔神は歩いて来るのか?


「……既に第一次討伐隊を編成して攻撃したのだが、まるで歯が立たんよ」

「そりゃご苦労な事で……」


 一応共闘関係にあるとはいえ、彼らにもプライドみたいなものがあるのだろう。

 出来れば自分たちの手で倒したいというところか。

 俺としても、そっちで勝手に倒してくれるとありがたいんだけどな。


「まあ被害はほとんど無かったのが幸いだ。飛行船を傷つけると、上が煩いからな」

「飛行船?」


 何で飛行船が出てくるんだ?

 何となく、不安な気持ちでいっぱいだったが、ファラさんは俺に止めをくれた。


「今度の魔神は、空を飛んでいるよ」







「あれ、か」


 飛行船で王都から東へ進んだ先。

 甲板から狙撃銃を望遠代わりに使い、その姿を捉えた。

 まだ魔神との距離はあるが、その大きさは把握出来る。

 でけぇな、というのが第一印象だった。

 雲にその姿が隠れてはいるが、隠れ切れていないほどの大きさがある。

 大きい、というよりは長い、という感じか。

 その姿は蛇にも似ていて、空をゆっくりと蛇行しながら進んでいるようだ。

 顔にあたる部分には、濁った眼が二つ付いており、口は大きく開いている。

 いや、あれは魚かな。リュウグウノツカイとか、そういう深海魚っぽい感じのやつだ。


「このままの速度で行けば、あと20時間くらいで城塞都市に着くそうよ」

「結構遅いんだな」

「時速で言うと、20kmくらいじゃないかしらね」


 銃を下ろし、とりあえずどうするかを考える。

 甲板の上には俺たち五人にララモラ、そしてファラさんもいる。


「とりあえず、攻撃してみるか」

「まあ、そうしないと始まりませんか」


 方針と呼ぶにはあまりにも適当なものを決めて、各々が準備をする。

 と言っても、まだ魔神との距離は遠いので、攻撃を仕掛けるのは俺と奏の後衛組だ。

 俺は狙撃銃を仕舞い、別の武器を取り出す。


「ふっふっふ、こいつを使う時が来たか」


 そう言って取り出したのは、前回の魔神を倒した際にアンロックされた新たなる武器だ。

 狙撃銃に比べるとさらに無骨なデザインの武器。

 FIM-92 スティンガーだ。

 見た目はまさしくロケットランチャーである。


「へぇ、対空武器とかも出せるのね」

「まあスティンガーは現代FPSの顔みたいなもんだからな」


 このスティンガーは携行式対空兵器だ。

 低高度を飛ぶ攻撃ヘリなどの飛行目標を地上から攻撃出来る優れものである。

 かつて空中兵器は一方的な地上部隊を蹂躙する武器であったが、このスティンガーの出現によって運用方法は変わってしまったほどだ。

 少数が、乾坤一擲の一撃において、戦況を打破する兵器。それがスティンガーミサイルなのである。

 ランチャー式なので持ち運び出来、ゲリラ戦においては無類の強さを発揮する。


 使い方はそう難しくない。

 敵に向けてロックオンして、後は撃つだけ。子供でも使える。

 何しろ、高性能は赤外線シーカーが装備されており、ターゲッティングした後は、自動的に相手を狙う。

 狙うのだが……


「相手が魔神でも狙うのかなぁ……」


 そこが不明だ。

 そもそも赤外線によるパッシブ誘導により、スティンガーミサイルは射手が誘導する必要がない点が利点でもある。

 逆に言うと、赤外線探知出来ない相手は誘導してくれない事になる。

 人のような小さな目標は、 FLIR(赤外線前方監視装置)を駆使しても感知するのは難しいだろう。

 原理的に言えば、熱量を持っている敵であれば、感知は可能なはずだが、さて……


「とりあえず狙ってみるか」


 スティンガーを展開し、照準を魔神に合わせる。

 飛行船から魔神までの距離はざっと2000mほど。

 十分にスティンガーの有効距離だ。

 照準筒で魔神を捕捉する。でかいから捉えるのは楽だ。


「照準確認――発射!」


 トリガーを引く。

 刹那、発射台から放たれたスティンガーミサイルが勢いよく飛び出す。

 推進剤によって加速、一気にマッハ2に到達する。

 あれだけでかけりゃ、そもそも補正誘導すらも必要ねぇな。

 そんな事を思っていた時だった。

 ミサイルが魔神に届く前に、爆発四散する。空中に赤い花が広がる。

 何だ?

 スティンガーは着弾しないと爆発しないはず。

 となると――


「壁、でもあるのか?」

「かもしれないわね。少し魔力の揺らぎを感じるもの」

「先遣隊の報告によると、こちらからの物理的、魔術的な攻撃は一切、通じなかったそうだ。

 逆に、向こうもこちらには何も手出しはしてこなかったようだが」


 なるほどね。

 なんちゃらフィールドとか、なんちゃらバリアとか、なんちゃら障壁とか。

 つまるところ、盾持ちなんだろう。

 あの巨体に加え、さらに防御持ちとなってくると、結構厄介だな。


「スティンガーの弾頭程度じゃ、破れそうにないか?」

「虚数魔術展開確認――行くわよ」


 隣を見ると、奏が魔術式を展開している。

 虚空から浮かび上がる3門の砲塔。105mm戦車砲だ。

 彼女の意思ある言葉に答え、魔力が凝縮されていく。


「撃ちなさい」

『発射するよ』


 間延びした声がスマホから聞こえ、砲塔が一斉に砲撃を開始する。

 連続で放たれた砲弾は、やはりと言うべきか、魔神に到達する前に吹き飛んだ。

 効果は無し、か。


「やっぱり、魔術障壁があるようね」

「魔術障壁、ねぇ」


 ゲームでよく聞く単語だが、実際に目の当りにすると厄介な相手だ。

 魔法系は結構無力化されてしまうらしい。

 この飛行船にも武装は付いているが、ほとんど効果無しなんだとか。

 接近するしかない、か。

 そう思っていると、奏がさらに魔術式を唱える。


「……さらに虚数式展開。今度は11から15番を直列展開」

『虚数式展開したよ』


 105mm戦車砲が消滅し、新たなる砲塔が現れる。

 5つの魔術式が重なり合うように、虚空に魔術式が浮かび、異世界と異世界を繋ぎ合わせる。

 現れたのは――135mm戦車砲。

 しかし先程のより砲身長が倍以上の長さになっている。

 一般的に、砲塔の長さが長いほど、その砲弾の威力は増していく。


「でも、長くしただけじゃ、あれを貫くのは難しいんじゃないのか?」


 俺の疑念に、奏は悪い笑みを浮かべる。

 ぞくりとする、魔女の微笑み。


「じゃあ、APFSDSの零距離射撃にも耐えられるかしらね」


 言葉と同時に、炎が放たれる。

 砲塔より吐き出された砲弾は、風を裂きながら、目標へと突き進む。

 魔術障壁によって阻まれると思った瞬間――見えない壁を突き抜ける。

 そしてそのまま、魔神の肉体へと突き刺さった。


「よしっ!」

「マジかよ」


 バリアを貫かれ、その身体に傷を負った魔神が大きく身を揺らす。

 APFSDS弾。

 対戦車用砲弾として名高く、現在の戦車の主武装の一つとしても挙げられる。

 この弾の特徴は、通常の徹甲弾に比べると異様に細長く、まるでダーツの矢のような形状をしている。

 戦車の分厚い装甲をブチ抜く事だけを考えて作られており、その考え方は、質量の大きなものを高速でぶつけたら何でも貫ける、という非常に潔いものだ。

 超高速に撃ち出された砲弾は、超高圧により砲弾の侵徹体と相手装甲を共に液状化させて、侵徹するのである。

 弾速は2000m/sにも達し、その貫徹力は厚さ100mmの鍛造装甲ですらブチ抜くのだ。


 だから魔術障壁とやらを撃ち抜けないはずがない。


「効いてるわね」

「というか怒ってますねぇ」


 APFSDS弾が突き刺さった魔神の身震いが激しくなる。

 この弾種は、そのほとんどが劣化ウランで形成されている為、炸薬を用いない。つまり当たったとしても、爆裂する事は無い。

 あの巨体の肉体にも傷を与えるだけの運動エネルギーがあるのだが。


「アンフィニ、虚数式再構築。砲弾装填」

『装填したよ』

「なら、遠慮なくいくわよ」


 再度APFSDS弾が込められた135mm滑空砲から、次々と砲弾が放たれる。

 見えない魔術障壁を侵徹し、魔神の体に穴を空けていく。

 肉片が飛び散り、魔神の体から黒い体液が流れ出る。

 確かに効いているようだ。

 その証拠に、今まで悠々と空を泳いでいた魔神が、その進路を変えて、こちらに向かってきたのだから。


「おい、こっち来るぞ、やべぇんじゃねぇか?」

「こっちに来るなら、その口に砲弾をブチ込んでやるまでよ」


 魔女のお嬢様は相変わらずイケイケだ。

 俺たちの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか。

 魔神はゆっくりとその口を開いた。

 まるで狙ってこいと言うように、暗澹とした漆黒が広がっている。

 そして――





 魔神の口から閃光が放たれた。



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