そしたらやっぱり激動な日
兵士くんに連れていかれたのは、雰囲気のあるお店だった。
見た感じはパブという感じだが、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気だ。
夜になればまた違う様に変わるのだろう。
ちなみに、彼の名前はボルキアというらしい。
「とりあえず酒でも飲むか」
「昼間っからお酒なんて不健康ねぇ」
「別にいいだろうが、二十歳なんだから」
しかし俺以外は全員未成年だった。
「僕も成人してますよ」
「アムダ、お前18じゃなかったっけ?」
「ええ。僕の国では16で成人ですから」
という訳で俺とアムダが酒を注文し、後は適当に頼んだ。
食事に関しては、宿でおっさんたちが待ってる事もあるし、簡単に摘めるものを注文する。
「それで、話というのは?」
「ああそうそう、色々と聞きたい事があってな」
運ばれてきた酒を軽く飲む。
ビールのような苦味のある酒だ。おそらく、エールというやつだろう。
「まず、この間の戦いはその後、どうなったんだ?」
「そうっスね。具体的な話は分からないっスけど、簡単な事なら」
そう前置きして、兵士くんは語り出す。
「落としどころとしては、ゴブリン族がいくらかの賠償金を支払う事になりそうっス」
「賠償金って……あいつらは操られていただけだろ?」
「そうですが、それでも他国を襲ったのは事実っス。
それに時期が悪かったっス」
「時期?」
「もうすぐ列王会議があるッス」
「列王会議って?」
「大陸の各国のお偉いさんが集まって、話し合いをするっスよ。
今回の議事国はうち――トリアンテなんで、うちにお偉いさんが集まるっス」
「サミットみたいなもんか」
確かに、サミットをやると交通規制やらで大変だからな。
「今回の議題はもちろん、魔神の事についてですが……タイミングが悪かったっスね」
「それは何故?」
「……亜人たちは魔神討伐について、あまり乗り気じゃないっス」
「乗り気じゃないって……でも放っておいたらヤバいんだろ?」
「元々、魔神の話は中央教会の予言から出たものっスからね。
亜人たちは中央教会が嫌いっスから……」
ボルキアはそこで声を潜める。
「教会は昔、亜人を人間とは認めてなくて、亜人排斥を行ってたんです。
亜人たちが大陸の南方に追いやられたのは、その時の名残っスね」
「どこの世界にもそういうもんがあるんだな」
「それに今でも、中央教会の熱心な信者は亜人に対して差別的な発言を行う者も多いっス。
まあ最近は昔ほど影響力が無いんで、そこまで強く言ってる人も減りましたが」
「そういえば、ファラさんもあまり教会の事、良く言ってなかったわね」
「ただ影響力が下がったとはいえ、大陸中に教会はあるっスから、何だかんだで強大っスよ。
うちが魔神討伐をしてるのも、元を正せば教会のせいっスから」
「それはどういう意味?」
「言葉通りの意味っス。本来、魔神と戦うのは教会の役目っスから。
でも、トリアンテが押し付けられたっス」
そういや、教会も独自で戦力を揃えてるとか言ってたな。
あれは魔神と戦う為のもんだったのか。
でも何でこの国がそんなババを引いてるんだ?
「実は一年くらい前なんスけど、トリアンテを大きな災害が襲ったっス。
その時の被害の復興費を出してくれたのが教会だったっス。
でも、復興費のせいで、うちが魔神と戦う羽目になったっスから、高い買い物になったっス」
「……ちょっと待って。それだと、まるで魔神がこの国に来るのを操作しているようにも聞こえるんだけど……」
確かにそうだ。
二度の魔神襲来も、この国の中で起きている。
それが当然だと思っていたが、今の話を聞く限り、人為的に操作されているようでもある。
兵士くんは少し考えて、
「詳しくは知らないっスけど、魔神はある物を求めてやってくるみたいっスよ」
「ある物?」
「具体的な物まではちょっと……
ファラ隊長なら分かるかもしれませんけど」
そうか、今度聞いておこう。
ファラさんの名前を聞いて思い出した。
「そういやあの人、この間の時、何してたんだ?
戦闘中、急に姿が見えなくなったけど……」
最後の最後に出てきて美味しいとこを持っていったけどな。
俺の言葉に、少しだけボルキアは顔色を変えた。
「うーん、あの人の事はよく分からないっスね。
本来は前線なんかには出るような人じゃないっスから」
「確かに高貴そうな顔はしてますねぇ」
「ファラ隊長はアルダス侯爵家の娘さんっスから、俺たちとは家柄も何もかも違うっス。
銀凛騎士団っつっても、実際、騎士身分なのはファラ隊長くらいっスから。
自分たちは従士扱いっスね」
そう言えば、あの人、自分の事を七光りと呼んでたな。
あれはそういう意味だったのかもしれない。
「この間の防衛戦の時も、結局金鱗騎士団は助けに来なかったっス。
これは公然の秘密ですけど、アルダス卿とゾラン卿は犬猿の仲なんです。
だからあまり扱いは良くないっスね」
「派閥争いってやつか」
「そうっス。ゾラン卿は商業同盟の盟主。かたやアルダス卿は貴族議会の議長っスから。
陛下もこの二人には口出しは出来ないっス」
「あの王様、あんまり立場的に強くないんだな」
「大きな声じゃ言えないっスけど、陛下は元々、あまり継承権の高くない王子だったっス。
それが王になれたのは、中央教会の強力な後押しがあったからとも言われてるっス。
事実、教会の言には逆らえてないっスからね」
傀儡みたいなもんっス、と彼は続ける。
しかしまあ自国のトップに言いたい放題だな。
それだけ求心力のない王様なのだろう。
「それで最初の話に戻るけど、もうすぐ列王会議ってのがあるのよね?」
「はい。中央教会の教皇や、プリエストの絶対王も来るみたいっスね」
「絶対王?」
「プリエスト帝国の王様っス。この世界の最大国家でもあり、中央教会の後ろ盾でもあるっス。
影響力が落ちたとは言え、今なお教会を恐れる者が多いのは、ひとえに絶対王の力でもあると言われるくらいっスから」
絶対王! 凄い名前だな。俺なら恥ずかしくてしばらく悶絶してることだろう。
歩いてたら、よっ絶対王!なんて呼ばれるのかもしれない。唯一王とか空気王みたいなもんだろうか。
「今の教皇は、教会の人間の例に漏れず、人間絶対主義者です。
亜人が一方的に人間領に侵略した、なんてのがあれば、それを口実に亜人に対して、何かしらの行動を起こすと思うっス。
陛下はそれを恐れて、賠償金という形で蹴りをつけようとしてるっス。
なんだかんだで揉め事が嫌いな人っスから」
なるほど、そういう経緯があるのか。
俺たちも一応の当事者な訳だから、何となく収まりが悪いな。
「亜人たちの中には、徹底抗戦を唱える者もいるそうっス。
そっちのお嬢ちゃんが、十氏族を倒したのも一つの理由っスね」
「……?」
突然話を振られてハテナマークを浮かべるバシュトラ。
先ほどから黙ってミックスジュースを飲んでいる。何をミックスしてるのか知らないが、やけに毒々しい色をしているのは気のせいだろう。
「そういや、十氏族ってのと戦ってたな」
「十氏族ってのは亜人の十種族からそれぞれ一人選ばれて名乗る事になるっス。
ゴブリン族の十氏族、ココノエ・ノルニルは武勇に優れ、仁義に厚い、良く出来た武人と聞いた事あるっス。
だからこそ、敵討ちを叫ぶ者も少なくないようで……」
「面倒なもんだな、まったく」
戦争だの何だの、もっと平和に出来ないもんかね。
「色々とありがとう。おかげでこっちの世界の事が何となく分かった気がする」
「お役に立てたのなら良かったっス。何でも気軽に聞いてくれれば嬉しっス」
「じゃあ最後に一つだけ聞かせてくれ」
俺は運ばれてきた料理を取り、彼に尋ねた。
「これ、何の肉?」
「ああ、トロルですよ」
その言葉に、奏が噴き出した。
「ちょっと分かってたんなら教えなさいよ!」
宿への帰り道、奏がぐちぐちとうるさい。
俺だって知らねぇよ。
ただ何となく知らない感じの肉だったから敬遠してただけだ。
「……美味しかった」
バシュトラはトロル肉をお気に召したらしい。
まあこいつは何でも食いそうだ。そのうち一人でトロルの丸焼きでも作ってそうな気がする。
「まあでも色々な事が分かりましたね」
「そうだな。ついでに魔神の事ももっと詳しく知られれば良かったんだが……」
「魔神の情報は結構トップシークレットっぽいし、それこそ国王陛下にでも聞かないと無理じゃないかしらね」
「教えてくれるか?」
「教えてもらうのよ」
こういう時、奏の傍若無人っぷりは頼もしい。
本人に言えばブッ飛ばされるのでもちろん言わないが。
宿に戻ってくると、宿の前にブリガンテのおっさんが立っていた。
「おっさん、どうしたんだ?」
「ああ、お前たちに客が来ておるのだ」
「客?」
「うむ、まあ会えば分かるだろう」
おっさんと一緒に、宿の部屋へと向かう。
客人とやらは、俺の部屋に通されているらしい。なぜ?
部屋に入る。中には二人の女性がいた。
片方が騎士だろうか。装飾の凝った鎧を身に付けており、長い髪を腰くらいまで垂らしている。
美人と呼べるだろうが、目つきが険しい。
もう片方はまだ少女と呼べるあどけなさがある。奏と同年代くらいか。
こちらも身なりを見る限り、それなりに整った服装だ。
僧衣と言うのだろうか、聖職者が着るような服を着ている。
「お初にお目にかかります。私は中央教会の高僧、グラシエルと申します。
彼女は聖典騎士のカルラです」
「カルラ・シュヴァイツァーだ」
いきなり名乗られてもな、という感想だが。
しかし中央教会か。さっきの兵士くんの話もあるから、あんまり好印象では無いんだよな。
グラシエルと名乗った女の子は笑顔を見せてくれているが、カルラという騎士はあまり好意的には見えない。
「突然の訪問申し訳ございません。何分、危急の用があったもので……」
「危急、ねぇ」
とりあえず近くにあった椅子に座る。
この部屋はそこそこ広い作りではあるが、さすがに七人も入るとギュウギュウだ。おっさん一人で三人分くらいの面積はあるしな。
そういやバシュトラのドラゴン……ララモラが見えないが、どこかに出てるのだろうか。
「まずは礼を言わせていただきます。
魔神を二体、討伐していただきありがとうございます」
「まあ、礼を言われるほどの事でも……」
「グラシエル様の謝礼だ。ありがたく受け取っておけ、異邦人」
謙遜するとカルラから釘を刺される。
謙遜は美徳だと言うのに。
「カルラ、口を慎みなさい」
「……はっ」
どうやらグラシエルの方が立場的には上のようだ。
聖典騎士というのがよく分からんが、まあ教会付きの騎士みたいなもんだろう。教会は独自の戦力を有していると言ってたし、それかもしれないな。
「……そうですね。実のところ、色々と話す事があったのですが」
グラシエルは少し悩んだ後、意を決したように顔を上げる。
紫水色の瞳は、何かを秘めたように深い。
「私はあまり、腹芸は得意ではありませんので、単刀直入に言わせていただきます。
きっとあなた方もその方がいいでしょう」
「はぁ……」
「まず、中央教会はあなた方を予言に記された来訪者とは認定しません」
「……は?」
いきなりの発言に、思わず変な声が漏れた。
他の面々も同じようで、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「それはどういう……」
「言葉通りの意味です。教会はあなた方を予言の勇者と認めず、異端者と認定しています。
恐らく、近いうちに正式な発表がなされるでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
奏がいち早くフリーズから解けてグラシエルに詰め寄る。
「あたしたちが嘘をついていると、そうおっしゃるんですか!」
「……こんな事を言うべきではないでしょうが、私個人の感想を言えば、あなた方は予言に謳われた五人の勇者でしょう。こうしてお会いして確信いたしました。
ですが、教会はそれを認める事はありません」
「それはどうして?」
「……教会は既に他の予言の勇者を見つけ出し、彼らに祝福を与えているからです」
「つまり、俺たちが勇者だと都合が悪いって事か」
なんか色々と裏がある話なんだろうな、そうなってくると。
「今、教会には二つの派閥があります。
バティスト教皇率いる保守派と、聖女リアーネ様の改革派。
今回の決定は全てバティスト猊下が行った事。
保守派は教義を守るのを第一義にしていますが、しかし彼らのやり方はあまりにも危険です。
今なお、亜人種を人間としては認めず、彼らを排除しようと考えているのですから」
「その口ぶりですと、グラシエルさんは改革派なんですね?」
「ええ。私はリアーネ様に仕える神僧です。
そして、あなた方に接触したのも、リアーネ様の命あっての事」
「その、聖女ってのは?」
「中央教会の象徴的な巫女、と言えばいいでしょうか。
代々力のある神僧が受け継ぎ、聖女を名乗ります。
かつて魔神の予言を紡いだのも、当時の聖女であったと言われています」
「じゃあその人が俺たちの事を認めてくれたら……」
しかし俺の言葉に、グラシエルは首を横に振る。
「既に進言はされておりますが、猊下は聞く耳を持ちません。
彼にとっては予言が真実かどうかなど、些末な事なのです。
自らにとって都合が良いかどうか、それだけです」
「何ていうか、ありがちな悪役だなぁ、そりゃ」
それだけにタチが悪い。権力のものを言わせてくるタイプは厄介だな。
「それで、リアーネ様はあたしたちに何をさせたいんですか?
ただそれだけを伝えてくれるほど、お優しい方にも思えませんけど」
ちくりと毒を吐く奏。
彼女も色々と怒っているらしい。
そりゃ、こっちの世界で無理やり戦わされて、今度は異端者呼ばわりとか、ブチ切れもんだ。
奏の言葉に、カルラが一瞬立ち上がりかけたが、それをグラシエルは目で制した。
「リアーネ様はあなた方にまずは状況の把握をしてもらいたかったのです。
恐らく、先ほどの異端認定の話はしばらく公にされないでしょう。
もうしばらく――列王会議の時に公表されると思います」
「列王会議か……」
全国から王様が集まってくるとかいうアレね。
「トリアンテは教皇の権威の強い国でもあります。
猊下が勇者とは認めていないというお触れを出せば、きっとトリアンテはあなた方の扱いに困る事になるでしょう。
その時、誰が敵で誰が味方であるのか、それを見分けられる為に」
「では、リアーネ様というのは、味方と見なしてもいいんでしょうか?」
アムダのその言葉は、中々に真意を突いていた。
つまり、聖女は教皇に逆らって俺たちを助けてくれるのかどうか、という事だ。
「……もちろん、善処はいたします」
政治家みたいな返答だった。
まあ、大っぴらに力になります、とは言えない事情があるんだろう。
話を聞く限り、中間管理職っぽいし、彼女を詰めたところでどうとなるもんでもない。
「以上が私の話になります。お時間取らせてしまい、申し訳ございません」
「いや、まあ色々教わって良かったよ。えーっと、グラシエル、さん?」
「グラシエルと呼んでいただいて構いませんよ。
神僧は神の僕になった時に、家名は捨てています」
そう言って、少女はにこりと微笑んだ。




