たまにはこんな穏やかな日も
「こんなもんでいいだろう」
ある麗らかな昼下がり、俺たちは街中にいた。
目の前にあるのは犬小屋。それも手作りだ。
なんと作ったのはブリガンテのおっさんだった。頼むと二つ返事で了承してくれた。やっぱりDIYの出来る男は頼りになるぜ。
犬小屋はがっしりとしており、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。うん、これなら大丈夫だろう。
「おい、ハチ、入っていいぞ」
俺の言葉に反応し、ハチ――ゾンビ犬が犬小屋の中に入る。
最初は少しばかり戸惑っていたが、やがて慣れたのか、くつろぐようになる。
「ぴったりじゃないの」
「……色、塗った方がいいね」
バシュトラがもの珍しそうに犬小屋を触っている。
奏は少し離れた場所にいる。実のところ、奏はゾンビ犬が苦手みたいだ。
まあ見た目はグロいしな。骨見えてるし。慣れたら意外に愛嬌のある顔……でもないか。
「ご飯は何を食べるんですかね?」
「腐肉とかじゃね」
「それはそれで調達の難しい食事ですねぇ」
アムダが手に持っていたパンくずをハチに与える。
ぱくり、とパンくずを食べた。何でもいけるらしい。
そもそも食事が必要なのか、と思わないでもない。ほっといても何とか生きていきそうだが。
ともあれ、ようやく犬小屋が出来たんだ。
「今日からそこがお前の家だ」
話は三日前の魔神討伐の時まで遡る。
魔神を倒し、新たなる武器が解除された後、俺たちはとりあえず城塞都市に戻る事になった。
まあ残務処理に関しては俺たちの出る幕でもないし、ひとまずは今後の事もある。
そういう訳で、戻ろうとしたんだが、そこで一つ、重大な事に気付いたのだった。
「ねぇ、あの犬……いつ消えるのよ」
「え?」
見ると、ゾンビ犬が一匹、そこに座っている。まるで主人の命令を待つ忠犬のような律儀さだ。
あれで見た目がゾンビじゃなければ、それなりに絵になっただろうに。
「おかしいな。他のゾンビ犬は消えてるんだけどな」
そうなのだ。あいつだけ消えていない。
よくよく見ると、あいつ、もしかしてゴブリンに擬態した魔神に噛み付いた奴じゃねぇかな。
何となく、体の模様と骨の位置に見覚えがある。
「お前だけもしかして置いて行かれたのか?」
どこから来たのか分からないが、はぐれたのだろうか。そうだとすると、ここに放置するのもどうか。
多分、兵士がモンスターと間違って退治してしまいそうだ。いや、モンスターであるのは間違いないんだけど。
そんな事を思っていると、アムダがやってくる。
「あれ、この犬、ヘルハウンドですか?」
「ヘルハウンド?」
RPGの敵に出てきそうな名前だな。ただのゾンビ犬ではないのか。
「そういえば、シライさんが犬を呼び出して戦ってたって聞きましたけど、ヘルハウンドだったんですね」
「ゾンビ犬じゃないのか?」
「僕の地方ではヘルハウンドって呼んでましたね」
なるほど。昔のRPGによくあった色違いモンスターか。
グラフィックを一から作るのが面倒だから、同じモンスターを使い回すんだよな。
「あれか。こいつ、倒した後、仲間になりたそうに起き上がってくる感じ?」
「うーん、ヘルハウンドを使役してるって人はそんなに聞かないですね」
魔物使いのレベルが足りないのかもしれない。
ともあれ、ゾンビ犬はじっと俺の顔を見ている。呼び出したのが俺だと分かっているんだろうか。
「……よし、こいつも連れて行くか」
「って正気なの? どう見ても腐ってるじゃない、それ」
早すぎた訳ではないが、まあ腐ってるな。
でも腐敗臭はしない。どちらかというと獣臭いが。
「でも置いていくのも可哀そうだろ。ハチ公みたいになっちゃうぜ」
「ハチ公になったらその辺に銅像立てればいいのよ」
「……ハチ?」
「ハチ公という、貴族の話かもしれませんねぇ」
バシュトラとアムダには通じていなかった。地元ネタ……というか地元世界ネタは中々伝わりにくい。
「バシュトラも、この犬連れて行きたいよな」
しょうがないのでバシュトラを仲間に引き込む事にした。
竜大好きっ子ならば、きっと腐ってても動物好きに違いない。
「ダメよバシュトラ。あんなの触ったら、変なウイルスつくわよ。ゾンビになっちゃうんだから」
「ならねぇよ……」
多分。
しかしまあ、俺の説得のかいもあり、バシュトラの「一緒に連れてく」という鶴の一声もあり、ゾンビ犬と一緒に城塞都市に戻る事になったのだった。
「よく見たら、もう朝じゃねぇか」
空は少しずつ白み始めている。
帰りは飛行船でゆっくり帰りたいもんだな。爆睡しながら。
翌日、城塞都市に辿り着くと、再び王城へと連れられた。
しかしこの間に比べると、幾分かマシな扱いになっていた。
謁見の間へと通される。例の禿頭のゾランのおっさんもいる。
ゾランは俺たちの事を忌々しげに見ていた。
「さて、そなたらにまずは謝らねばならんな」
アウリウス王は俺たちの顔を見るなり、そう切り出した。
謝るって……何の事だ?
「そなたらを魔神の一味と疑った事だ。
しかしそなたらの言葉通り、魔神は現れ、そしてそれを見事倒したのだ。
予言の来訪者であると、疑う余地はあるまい」
まあ少しばかり日付はずれてたけどな。
「そしてその上で、そなたらに頼みたい事があるのだ。
是非とも、我らと共に、魔神と戦ってはくれまいか」
王様の言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
言われなくても、魔神を倒さないと元の世界に帰れない以上、俺たちは戦うつもりだったが。
「陛下、あたしたちがその提案を受諾した場合、バックアップはしていただけるのでしょうか?」
「無論だ。そなたらには不自由ないよう、城下の者にも伝えよう」
「ありがとうございます」
深々と奏が頭を下げる。
これで、少なくとも俺たちの衣食住の心配はなくなったらしい。
勇者が住所不定なんて、笑えねぇからな。
まあ断る理由もない。
「我々にも魔神と戦う理由があります。ぜひ一緒に戦わせてください」
奏の言葉に、王様は膝を叩いて喜んだ。
兵士たちも嬉しそうだ。ゾランのおっさんだけは悔しそうだったが。
あいつ、まだ俺たちが勇者詐欺だと思ってるのか?
「ひとまず、そなたらには城下に住居を用意させよう。
また、不便なことがあれば何なりと伝えるがいい。
可能な限り、配慮はしよう」
と言って用意されたのが、この宿だ。
それなりに格式のある宿らしく、部屋も広いし、飯も美味い。
異世界に来て、ようやくまともな飯を食った気がするぜ。
そして今日、おっさんに頼んで、ゾンビ犬のハチの犬小屋を作ったのだった。
結局、犬の名前はハチになった。ハチの響きをバシュトラが気に入ったらしく、そのまま決定した。
まあハチもその名前を気に入っているみたいだし、いいか。
ちなみに、宿の人の了承を得て、ハチの犬小屋は宿の裏に置いてある。さすがに表側だと、客が遠のきそうだからな。
ついでに、一応首輪もつけている。こちらの世界には犬を飼うという習慣はあまりないようで、首輪というものは売ってなかった。
首輪を奏に出してくれと頼んだが無理と断られる。
「そもそも虚数魔術で出した物体は、一定時間で消えちゃうから無理よ」
「意外に不便なんだな」
仕方ないので、適当になめした革で首輪を作った。作ったのはアムダだ。
こういうのをさらっと出来るあたり、冒険者は凄いぜ。
「今日はとりあえず、服でも買いに行くか」
「そうですね。宿にある程度揃っているとはいえ、日常的な物は買い揃えた方がいいかもしれません」
「それもそうだな」
そういやずっと同じ服着てるから、何となく臭い気もする。というか臭い。
女性陣はしれっと服を替えている。
「じゃあ行くか」
と言って街中に繰り出す。
ちなみにおっさんは留守番だ。あまり人が多いところは好まないらしい。
ついでに言うと、例のドラゴン娘のララモラも部屋で留守番する事になった。こっちは人間嫌い、といったところか。本人はバシュトラと一緒に行きたそうだったが。
街に繰り出し、買い物をする。
金は王様からたんと貰ったから大丈夫だ。どこぞの王様みたいに50Gだけで魔王を倒しに行け、というのとは訳が違う。
「そういや、アムダは鎧とか着ないのか?」
「鎧ですか?」
アムダはマントっぽい外套を羽織っている以外はわりと軽装だ。
「鎧は重くなるからあまり着たくないんですよねぇ」
「でも、そっちの方が防御力あるんじゃないのか? 剣士だし、硬い方がいいんじゃ……」
「実はこの服は太陽の衣なんで、その辺の鎧よりは防御力あるんです」
「太陽の衣ねぇ……」
よく分からんが、多分ラストダンジョンの宝箱に入っている装備品だろう。
見た目は単なる布の服のくせに、店売りの鎧より耐久力あるとかざらだ。ついでに属性防御とかも付いているやつに違いない。「こいつは売れないぜ」とか道具屋の親父が言いそうな品だ。
服やら日用品やらを買うのに、一旦女性陣と男性陣で分かれる事にした。
しかし男の買い物なんてすぐに終わってしまう。
俺とアムダは待ち合わせ場所である中央広場に来ていた。広場の真ん中には噴水があり、じゃぶじゃぶと水が流れている。こういうのにも魔力とやらが使われているんだろうな。
「そういやアムダは魔法とか使えるのか?」
「まあ簡単な魔術なら使えますよ。本格的なのはちょっと難しいですが」
「へぇ。じゃあ奏みたいに何か呼び出すのか?」
「いえ、奏さんの魔術とは、体系が違うので。
彼女の魔術体系は、僕が知る魔術のはるか先にあるんでしょうね」
「ほー、そんなもんなのか」
俺にはよく分からんが、分かる人には分かるようだ。
「僕の使う魔術はいわゆる概念魔術というもので、火を起こしたり風を放ったり。
要は魔力に何らかの特性を付加して発現させるものです。
魔力をそのまま放出しているものですね」
そう言うと、アムダは何かを唱えて、右手をかざした。
かざした手の先から、小さな炎が生まれる。
「対して奏さんの魔術は虚数魔術と呼ぶそうですが、あれはとても効率の良い魔術のようです」
「効率?」
「ええ。例えば今、こうして炎を僕の魔力を使って生み出していますが、彼女は魔力を介して別のところから呼び出します。
僕が10の魔力を使って行う事を、彼女は5とか、半分以下の魔力で可能になるのです」
「そりゃすげぇな」
「はい。ただ扱うのが非常に難しく複雑なので、中々学ぶ事は出来ないでしょうね。
彼女自身も補助機具を使って魔術を行使しているようですし」
あのスマホっぽい携帯の事か。
そういや、あれが無いと難しい魔術は使えないって言ってたな。
「じゃあ俺が教わって使うのは無理って事か?」
「そうですねぇ。シライさんはそもそも、魔術の素養が無さそうです。
恐らく、僕が使う概念魔術も難しいんじゃないですかね」
魔法を使うにも才能がいるって事みたいだ。
そんな話で暇を潰していると、向こうから男性が歩いてくる。
特に気に留めていなかったが、相手は俺たちを見ると、直立姿勢の後、頭を下げた。
なんだなんだ、と思っていると、相手が話しかけてくる。
「自分は、南砦で一緒に戦い、勇者殿に助けてもらったッス!」
「ああ、騎士団の人か」
銀凛騎士団の人らしい。
まだ若そうで、俺よりも年下っぽい雰囲気だ。
丸い鼻が愛嬌のある顔をしている。
「お二人は買い物っスか?」
「まあそんなとこだな」
俺たちの手荷物を見て、そう判断したらしい。
と言っても大きな荷物は後で宿に届けてもらうようにしているので、簡単な物しか持っていないが。
「そういや、色々と聞きたい事があるんだけど……」
「自分で答えられるなら何でも答えるっスよ」
どん、と胸を叩く兵士くん。
そこへ、買い物を終えた奏とバシュトラも合流する。
「お待たせ……ってあら?」
「あー、この間の砦で一緒に戦ってくれた兵士さん、らしい」
「あら、そうなんだ。この間はありがとうございます」
「そんな! 自分の方こそ助けてもらったっス! お二人は命の恩人っスよ」
「いい機会だし、こっちの話を色々と聞こうと思ったんだが」
「いいわね。立ち話もなんだし、どこかお店に行きましょ」
「それなら自分が良い店知ってるっスよ。案内します」
という訳で、俺たちは兵士くんの紹介の店に向かうのだった。




