FPSゲーマーは眠らない-2-
神殺し。
なんて魅惑的な響きだけど、さすがに成人を迎えた俺にはちょいきつい単語でもある。
「つか神ってなんだよ。お前も神じゃねーのか?」
「僕は神とは違う。神はその世界を統治する端末だよ」
「意味分からん」
俺の呟きに答えたのは、ムチムチ女だった。
「個別世界にはそれぞれ世界を管理するシステムがあるのよ。
それを私たちは便宜的に神と呼んでいる。
あなたの世界にも神様はいるでしょ?」
ムチムチ女は、常識でしょ、と言わんばかりだ。
そりゃ神様はいるけど、トイレだの代打だの、そんな神様しか見たことねぇよ。
「そこにいるスミオンゲートの管理者は、神の上位存在。
神を殺せなんて、飼ってるペットを殺せと同じくらいでしょ」
可哀そうな喩えを出すな。
しかし目の前の猫人間が神様よりも偉いなんてにわかには信じがたい。
「わざわざ私たちを呼んで神を殺せだなんて、おかしな話もあったものね」
「それに関しては説明させてもらうよ。
まず、君たち5人はそれぞれ卓越した技能を持った選ばれし英雄だ。
その力を使い、協力して神を滅ぼしてほしい」
ちょっと待てや。
そこのでかいおっさんはともかく、俺は単なる大学生だぞ。
選ばれた英雄云々はさすがに無理があるだろう。
「君たちが行くのは、ある個別世界。
その地で世界を滅ぼそうとする魔神を倒し、世界を救うんだ」
「またそんなゲームみたいなノリで……」
「ゲームみたいなもんだよ。ただし賭けるのは多元連立世界全ての命だけどね」
「……どういう事よ。魔神とやらがその個別世界を滅ぼしても、他の多元世界には影響はないはずよ。
ジョン・スミオンは各々の個宇宙は独立構造を保っていると提唱しているわ」
「その通り。でもそれは絶対的ではない。
この多元世界は各々が完全に独立した構造ではないんだ。
一本の大樹から枝分かれした枝葉が君たちの個別世界だと考えれば、分かりやすいかな?」
「つまり、大元である大樹が枯れれば、葉も枯れるってこと?」
「そう、そしてその大樹こそ、魔神が滅ぼそうとしている個別世界に他ならない。
これを放置すれば世界全体が消滅しちゃうからね。
個別世界で類稀なる力を持った君たちに助けを求めたわけだよ」
よー分からんが、つまり魔神とやらを倒さないと、俺の世界がヤバイ、という状況らしい。
そこまでは理解したが、なんで俺?
「まず君の紹介からしようか」
そう言うと猫人間はコスプレにーちゃんを呼ぶ。
「彼の名前はアムダ・コードウェル。
伝説の神剣を多数所持しており、元の世界にいた頃は『エンドブレイカー』なんて呼ばれていたみたいだ。
終わりを破壊する者、なんてかっこいいね」
鳥肌も立つがな。
「戦乱を仲間と共に戦い、魔王やら邪神やらもその剣技で倒した超一流の剣士だよ。
まあ、倒された魔王も邪神も、改心して彼の仲間になっちゃった、というおまけも付いてるけどね」
イケメンだし、その気持ちも分からんでもない。
コスプレにーちゃんことアムダは、いやぁ、と照れた感じだ。
なるほど、剣士なら腰に差した剣も納得。
「続いてさっきから一言も喋ってないそっちの彼女ね」
「……?」
あっちの鎧チビっ子か。
自分のことを言われてるのに、気づいてないみたいでぽけっとしてる。天然か。
「彼女はバシュトラ。竜と心を通わす竜騎士の末裔」
ドラゴンが出たよ。
竜騎士つうとドラグーン?
「大空を駆け、世界の全てを制覇した偉大なる竜王に育てられた少女。
あまねく全ての竜を率い、竜と人との争いに終止符を打った立役者。
まだ年若いけれど、竜に跨るその姿は勇壮にして可憐、流麗にして華美」
意味分からんが、ちっこいのも凄いヤツらしい。
本人はふわぁと欠伸をしている。子供か。
「そして万物の理を知る魔女、姫宮 奏」
次はあっちのムチムチ女。
日本人なのか、あいつ。
どう見ても、日本産の体じゃねぇけどな。
「高度量子現実における最高峰のウィザード。
その若さで深淵に辿り着いた才には恐れ入るよ。
君ならいずれ、自力でこのスミオンゲートに辿り着いていただろうね」
「……お世辞としておくわ」
「間違いなく多元連立世界の中でも最高の魔女だ、誇っても構わないよ。
ディラックの海の電子を正しく数える事の出来るただ一人の人間だもの」
よく分からんがすげー女らしい。
照れたのか、そっぽを向いた。
中々にかわいらしいところもあるじゃないか、と思ってたら目が合った。
「死ね」
きつい。
「そして彼――ブリガンテ・ファボック・ハイムベルスはまさに本物の英雄と呼んでも差し支えないだろうね」
猫人間は半裸のおっさんの方を向く。
確かに、あの筋肉は英雄的だ。
「たった一人で万の軍勢と渡り歩き、人々の為に戦い続けた戦士。
生れ落ちてから戦いしか知らず、その身は常に血に染まっている。
戦士として最も名誉ある『死を知らぬ』の二つ名を持つ、不死の戦神」
おっさんすげーな。
あの傷だらけの体なら、そりゃ死を知らぬなんて言われてもしゃーない。
そんな事を思ってると、猫顔がこちらを向く。
まさか、俺も同じような紹介をするのか?
単なる学生だぞ。
「そして最後が彼、藤間 シライ。標的に気づかれる事なく相手を消す狙撃手。
彼は本物の死神だよ、間違いなくね」
はい?
「これまでに殺害した人の数はなんと620,325人。
殺害数もさる事ながら、正確に相手を頭を撃ち抜く技能はまさに神業。
ついた渾名が、『虚無の弾丸』」
待て。
待て待て待て。
初めて呼ばれたぞ、そんな恥ずかしい渾名。
つかそれ以前にその紹介なんだよ。
それは――俺がやってるFPSの話じゃねぇか!
殺害数って、累計キルの話だろうが。
「ちょっと待て!」
「ああ、ごめんごめん。もう時間だ」
「あ?」
「まあ自己紹介――僕が紹介しちゃったんだけども、挨拶も終わったところで、そろそろ行こうか」
猫人間の言葉に反応して、視界の隅に黒いナニカが生まれる。
ブラックホールみたいだな、と思ったらもう俺の体はそこに吸い込まれていた。