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プライベート・クレイモア-9-

 闇夜に浮かぶトロルの群れ。

 砦を囲むように、ゆっくりと近づいてくる。

 これは……やべぇな。

 さっきの奴はまだ一体だったから何とかなったが、数で攻められたら溜まったもんじゃねぇ。

 絶望的な雰囲気が、俺たちの間に広がっていく。


「ここまで……なのか」


 いや、まだ諦める訳にはいかない。

 何か方法はあるはずだ。

 俺の意思に反応するように、周囲に散らばっていたゾンビ犬たちが一斉に走り出す。

 向かう先は、トロルへ。

 勝てるのか。

 いや、あいつらならきっとやってくれるはずだ。

 なんて根拠の無い信頼をゾンビ犬たちに寄せる。


「ボオオオオオオオオオ!」


 トロルの叫び声。気色悪い声だ。

 ゾンビ犬たちはトロルに向かって噛み付く。

 ゾンビ犬もゴブリンくらいの大きさの体躯だが、さすがにトロルとは桁が違う。

 足元に噛み付いたところで、皮膚の表面に傷をつけるのが関の山だった。


「ボアアア!」


 戦鎚を一振り。

 それでゾンビ犬たちは蹴散らされる。

 肉片となって吹き飛ぶ彼らに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 すまん、骨は拾ってやる。


「糞ったれが! 来るなら来やがれ!」


 狙撃銃を構え、トロルの一匹に照準を合わせる。

 放たれた弾丸は、トロルの頭部を撃ち抜く。だが、一撃では仕留めきれない。

 先ほどと同じく何度か撃ち込む。どうだ?


「駄目、再生してる。魔術士が紛れてる」

「ちっ、またかよ。今度はどいつだ?」

「こっからじゃ分からない。ていうか結構な数が紛れてるわ」

「物量で押す気か……」


 単純だが効果的だ。

 こちらの防衛はもうガタガタで、士気もかなり落ちてきている。

 加えて、虎の子の軍用犬もほとんどがトロルに潰され、数を減らしている。

 絶体絶命ってやつかな。


「……撤退出来るルートはまだあるんですか?」


 近くにいた兵士に問うと、彼は少し考える。


「北門はまだ無事のはずだ。そこからなら抜けられるはずだが……」

「撤退戦に持ち込むしかないか、このままだと」

「でも、この状況じゃ追撃を受けて壊滅すると思うわよ」


 奏の指摘も尤もだ。

 撤退戦はきちんとしたルート確保と、そして後退しながら敵を押さえられるだけの練度が必要だ。

 この戦力差では、単なる虐殺になりかねない。


「ファラさんはどこに?」

「分かりません。ファラ隊長の姿が見えず……」


 この大事な時に、どこに行ってるんだ。

 悪態が漏れるのを抑え、状況の確認を急ぐ。

 このまま籠城を続けて援軍の到着を待つか、それとも撤退戦に持ち込むか。


「そもそも、魔神はどこにいるのよ」

「そう言えば、魔神と戦ってるんだったな。完全に忘れてた」


 当初の目的を思い出す。

 俺たちの相手はゴブリンでもトロルでもなく、魔神のはずだった。

 にも関わらず、肝心の魔神は出てきていない。どういう事だ?

 本来、穏やかな性格のゴブリンたちがこうして襲ってくるのは魔神の影響だと思うが。

 トロルだって、使役されるような性格ではないらしい。

 つまり、どこかしらに操っている親玉――魔神がいるって事か?


「魔神を倒す事が出来れば……いや駄目だ。

 こっから魔神を探すのは不可能に近い」


 そもそもどんな姿をしているのかも知らない。

 さらに言えば、ここにいるのかも分からない。

 遥か遠方から操っているとかだったらもうお手上げだ。

 そんな可能性に、全てを張るほどの度胸は俺には無かった。


「援軍が来るまではどれくらい掛かりそうですか?」

「……どれだけ早くても、一時間は掛かるかと」

「一時間か……」


 決して無理な数字ではない。しかし、それはあくまで最速であったとして、だが。

 実際はどれだけ遅れるか分からないし、そもそも一時間も持ちこたえられるかも微妙な状況ではある。

 仮に持ちこたえたとして、どれだけの被害が出るかも分からない。

 しかし考える時間は無い。

 もうすぐ、トロルの軍勢がやってくる。

 奴らが押し寄せてくる音、というのが聞こえてきた。本当に絶望的だわ、これ。


「逃げましょう」

「いや、逃げたって無駄だ。ここで戦うしかねぇよ」

「ですが!」


 兵士たちが言い合いを始めると、不安が拡大していく。

 無理もない。俺だって愚痴の一つも言いたくなる。

 しかし、同じ状況で、奏は一人じっと耐えているんだ。男の俺が弱音を吐く訳にもいかない。


「ファラさん以外に指揮を執れる人は?」

「副長ですが、怪我を負って今は……。

 階級的には後は似たようなもんで、決断を下すなんてとてもじゃないけれど……」


 笑える話だな、全く。

 実際には全然笑えないのだが、まあ気持ち的には大笑いしたいところだ。ふへへ。

 兵士の一人が俺に言う。


「やはり撤退した方がよろしいのでは?」


 そんな事、俺に言われても答えようがねぇよ。

 しかし兵士たちは俺の意思なんてお構いなしだ。

 こういう時、アムダやおっさんなら決断出来るんだろうか。出来るんだろうな。

 俺とは生きてきた世界が違う。こんな事、慣れっこなんだろう。

 だからと言って、それを俺に求められても困る。

 助けを求めようと、奏を見る。彼女は静かに頷いた。


「あなたの好きにすればいいじゃない」

「いやいや、これだけの大人数の命が掛かってるんだぞ。俺の一存で決める訳には……」

「どうせあなたがいなきゃ、さっきのトロルで終わってたわよ。

 責任を押し付けようとかじゃなく、逃げるか残るか、それだけ決めてくれればいいの」


 彼女の言葉に、周囲の兵士たちも頷いた。

 ったく、十分押し付けてるじゃねぇか。

 でも、何となく気が楽になった。駄目で元々、ではないけれど。


「――じゃあ、俺は残るべきだと思う」

「決まりね」

「では、残り時間、なんとしてでも耐えましょう」


 兵士たちは気合いを入れ直すと、再び自分の持ち場に戻っていった。

 これで、良かったのか。

 疑心暗鬼になっていると、バン、と背中が叩かれる。痛い。


「なにショボくれてんのよ」

「だってよ、本当に良かったのかよ」

「良いも悪いも、終わってみなきゃ分からない。でしょ?」

「……かもな」


 今は生き残る事だけを考えればいい。

 よし、と自分に活を入れる。


「でも、何で撤退じゃなかったの?」

「一応、信じてみたんだよ。あいつらが助けに来るのを」

「……なるほどね。嫌いじゃないわよ、そういうの」






「死にさらせ!」


 壁の上から狙いをつけて撃つ。

 弾丸はしかし、どれだけ命中してもトロルを倒せない。

 くそっ、マジで再生し過ぎだろ、こいつら。

 さっきみたいに魔術士を見つけ出して倒す事が出来れば、まだ何とかなるんだが、魔術士を探してると、今後はトロルを野放しにする事になる。

 俺の役目は、少しでもトロルの動きを遅らせて時間を稼ぐ事だった。

 その為に、頭を吹っ飛ばして、あのデカブツの視界を潰す必要がある。まあ、すぐに再生するからほんの数秒程度しか稼げないんだがな。

 それにトロルの数も多すぎる。横一列になって、砦に向かってきていた。

 兵士たちは矢を放ってトロルを止めようとするが、あまり効果的ではなかった。

 一応、砦の弩も使って、何とかなっているが、それでも数で押されている。


「東側の人手が足りてない」

「それを言い出したらどこもそうだよ!」


 怒声が響いている。

 先ほど破壊された門は、一応応急処置がなされ、バリケードが張られている。しかし本当に簡易な措置なので、それこそトロルの蹴りで吹き飛ぶだろうな。

 ゾンビ犬は数が減ってはいるものの、まだ残っている。ゴブリンは既に下がっているので、こいつらの仕事も今のところない。とりあえずお座りだ。


「弾切れだ、次くれ」

「はい」


 奏は俺の隣で補給役を務めてくれている。

 アパム、弾持って来い!と言いつけたくなったが自重する。

 多分、言ったら「死ね」って言われるから。


「西側がもう持たない!」


 悲痛な叫び声に、顔を上げると、既に壁にトロルが肉薄している光景が見える。

 やばい、トロルの膂力なら、壁を粉砕されちまう。

 突入口が増えると、今後はゴブリンが一気に攻め込んでくるだろう。そうなると、ゾンビ犬の少ない今だと後は蹂躙されるだけだ。


「くそっ」


 M25の構えを、西側に迫るトロルに向ける。

 

「危ない、シライ!」


 目を離した隙に、俺の正面にいたトロルが、石を投げてくる。

 石と言っても、トロルの手のひら大の大きさだ。十分に岩石である。

 一瞬反応が遅れたものの、間一髪で回避する。

 しかし、避けた反動で狙撃銃を手放してしまった。


「やべっ!」


 慌てて取りに行く。しかし、その隙が命取りだった。

 正面にいたトロルは既に眼前に迫っていた。

 戦槌を構える。あんなもんが振り下ろされたら、ミンチより酷い状態になるんだろうな。

 他人事のように、そんな事を思ってしまった。

 奏が何かを叫んでいるが、何も聞こえない。無音だった。

 ああ、死ぬんだな、とそう思った。




 その時、空から影が飛び出した。




 影が、トロルの腕を斬り落とす。

 羽ばたきの音と共に、空中で切り返し、再度トロルへと迫る。

 一閃。

 そのまま首を刎ねる。


「な……」


 何でここに、とか。

 どうやってここまで、とか。

 お前の乗っているその生き物は何だ、とか。

 色々言いたい事が山ほどあったが、口から洩れる言葉はただ一つ。


「バシュトラッ!」


 白銀の竜騎士が、槍を携え、ドラゴンに跨って大空を飛んでいた。

 その姿は、まるで絵画みたいに恰好良かった。






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