プライベート・クレイモア-8-
振り下ろされた手斧に、間一髪反応する俺。
ブン、と風を切りながら白刃が目の前を通り過ぎる。
っ危ねぇ!
つーか、ちょっとカスってるよ。絶対これ血、出てるよこれ。
避けたはいいが、ゴブリンはまだ目の前にいる。
これだけ近くで見ると、たとえ俺よりも身長が低くても、やはり威圧的だ。
その土色の顔は殺気が漂い、瞳の色はどこまでも暗い。正気を失った目というやつだろう。
「グウウウウウウ」
ゴブリンが唸る。手斧を再び振るおうとする。
やばい。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい。
この距離はやばい。
銃を取り出す距離じゃないし、逃げ場も無い。
万事休す。
なんて思ってたら、思い出す。
そういえば、近接武器があるはずだ。
手で腰元を確認すると、確かにアーミーナイフがある。ナイフを掴む。
「ガアアアア!」
「あああああああ!」
ゴブリンの雄叫びと俺の雄叫びが共鳴する。
一気にナイフを引き抜き、ゴブリンの首を一閃する。
ざくり、という嫌な感触が手に広がる。肉と骨を断つ感触。
「ガ、ア……」
ゴブリンが手にした手斧を落とす。
首からはドス黒い血がだらだらと流れている。
俺が……やったのか。
手にはまだ、肉を裂く感触が残っているし、返り血も浴びていた。
熱い、とにかく熱い血。
そして――むせ返るような死の匂い。
俺が、やったんだ。
「はぁ、はぁ……」
顔に飛び散った血を手で拭う。
ひでぇ顔をしているんだろうな、今の俺は。
だが、今は感傷に浸っている暇なんて無い。生き残らないと、何も考えられないんだ。
「そうだ、さっきの声は……」
見ると、中庭の正面門の近くに、奏が立っていた。
少しだけ不安そうな、そんな表情をしている。
大丈夫だ。俺なら心配いらない。
そういう意味を込めて、親指を立ててガッツポーズ。
向こうも安心したのか、中指を突っ立ててきた。っておい。
「おい、連中トロルを持ち出してきてるぞ!」
兵士の一人が叫び、釣られてそちらを見る。
ゴブリンの軍勢の中に、その巨体はいた。
体長は5mほどだろうか。
とにかくでかいその巨体は、まさしく 大鬼と呼ぶに相応しい体だ。
そして特徴的なのは、その手に持った戦鎚だ。
バカでかい大槌を持っており、あんなもんでぶっ叩かれたら、簡単に正面門も破壊されてしまいそうだ。
次から次へと厄介なもんばっかり来やがる。
すぐさまM25を構える。
距離はおよそ400m、あのサイズなら外す要素は無い。
狙ってすぐに射撃。その間、1秒ほど。最早ワンアクションの動作だ。
スナイパーライフルの弾丸は、狙い通りにトロルの頭を撃ち抜く。
「やったか!?」
もちろんやってない。
頭を撃ち抜かれたトロルは、少しふらついた後、再び歩き出す。
っておい! マジかよ! 脳みそ吹っ飛んでるんだぞ!?
見ると、撃ち抜いたはずの頭がいつの間にか再生を始めている。マジかよ。
俺の驚愕に、兵士の一人が答える。
「トロルは再生力の高い化け物です。あれくらいじゃ止まりません!
それに、ゴブリンの魔術士がトロルに再生呪文を唱え続けているようです」
「まじかよ、タンク扱いじゃねぇか」
敵陣突破において、戦車と工作兵を組ませて、回復しながら突っ込むのは基本中の基本だ。
まさかリアルにそれをやられると、これほど厄介なもんはない。
「どうすれば倒せる?」
「回復出来ないレベルまで吹っ飛ばすか、魔術士を先に倒さないと……」
「ならその魔術士を先にやるか」
つっても、魔術士とやらがどれなのか、俺には判別つかない。
二三人、トロルの近くにいたゴブリンを撃ち抜く。
が、どれも外れらしい。
ちっ、魔法使いなら魔法使いっぽい恰好しとけよ。杖装備だろ普通は。INT下がるぞ。いや、回復してるって事はヒーラーなのか?
悪態をつきながら、構え直す。
既にトロルは100mほどの距離。もう時間が無い。
ついでに言えば、M25の残弾もそれほど無い。無駄弾を使うわけにはいかない。
おい、どいつだ? どいつが魔術士なんだ?
ゴブリンの見た目は全部、俺から見れば一緒に見える。
「あいつを狙って! あの赤い鎧のやつ!」
その声に反応し、視界の端に捉えていたゴブリンに照準を合わせる。
赤い鎧――あいつか。
横を向いているそいつが、本当に魔術士なのかどうかは分からない。
だが、今は信じるしかない。
トロルが間近に迫っている。
「――――」
呼吸を止め、引き金を引く。
銃声と共に、音速の壁を超えた弾丸が、ゴブリンを捉え、撃ち抜く。
ワンショット・ワンキル。
「ナイス!」
横を見ると、いつの間にか奏がいた。いつの間に。
ってかさっきの声もお前か。
「何であいつが魔術士だって分かったんだ?」
「一応、これでもあたしも魔女なのよ」
「そういや、そんな設定だったか」
「設定って……。この世界の魔術は概念魔術だから、どうしても魔力を使うと分かるのよ。
ま、感謝しなさいよね」
「へいへい」
これでヒーラーは潰した。後はタンクだけだ。
トロルはもう、門の眼前だ。
兵士たちが壁の上から矢を放っているが、今一つ効果は無さそうだ。
つうか本当に化け物だな、ありゃ。
トロルが吼える。ビリビリと大気が震える。
そして、手にした戦鎚を振りかぶる。
門が破壊されてしまう。間に合うか。
すぐさまM25の射撃体勢に移る。この距離なら照準を覗き込むまでもない。
「止まれえぇ!」
銃弾が放たれ、トロルの頭部に命中。顔の上半分が吹き飛んだ。
それでもトロルは止まらない。消し飛んだ頭部がすぐさま再生を始める。
しかし半自動式狙撃銃の利点は、照準を合わせたまま連射出来る点だ。
たとえ全弾撃ち尽くしてでも、こいつはここで止める!
さらに一発、二発、三発――
都合、七発を撃ち尽くしたところで、弾が切れる。
これで再生出来るもんなら、再生してみやがれ!
完全に頭を失ったトロルは立ち尽くす。
再生は――無い。
確実に死んだはずだ。
よし、と俺のガッツポーズを嘲笑うように、トロルは振り上げた鉄槌を、そのまま振り下ろした。
轟音と共に、正面門が粉々に吹き飛んだ。
そして、トロルは立ったまま息絶えた。
「くそっ、あんなもん有りかよ」
まさか死にながら攻撃してくるなんて、敵ながら天晴っていうレベルじゃねぇぞ。
おかげで門が破壊された。
眼下では、ゴブリンがなだれ込んでくるのが見える。
「こうなると数で不利なあたしたちは分が悪いわね」
「ちっ、まさしく万事休すじゃねぇか」
「まだ諦めるのは早いんじゃない?」
奏はそう言うと、はい、と俺に何かを渡す。
それは、M25の弾倉だった。
「多分計算式は間違ってないはずだから、この弾で合ってると思うけど」
「……そうだな、もう少し足掻くか」
渡された弾倉と交換し、チャンバーに弾丸を流し込む。
たかが一人で何が出来るとも思わないが。
いや、二人か。
「例の爆撃は無理? まあこうも入り込まれたらもう使いようがないと思うけど」
「そうだな」
俺はポイントを確認する。
あれ、ポイントがいつの間にか500ポイント超えてる?
さっきより大幅に増えてるが……
そうか、トロルが大量ポイントなのか。
敵によって手に入るポイントがかなり変わってくるんだな。
って事は、これで使えるアクションもあるのか?
そう考え、俺はゲーム機を操作して、使えるポイントアクションを検索する。
さすがに爆撃系は駄目だ。
攻撃ヘリとかも、この状況だとかなり厳しいだろう。
さすがにねぇか。
諦めかけたその時、あるアクションが目に止まった。
これは……あれか?
「いける、これならいける!」
「ちょ、ちょっといきなり笑わないでよ」
「すまんすまん、ちょっと興奮してな」
「興奮って……」
ちょっと引いてる。いやいや、そういう意味じゃないから。
まあいい。今はこの状況を打破するのが先だ。
俺の考えが正しければ、このポイントアクションで何とか出来るはずだ。
「よっしゃ! 奴らを蹴散らせ!」
―― Zombie Dogs Standby ――
あれ、War Dog……じゃない?
ゾンビ……犬?
俺の疑問を後目に、空間が揺らぎ、そこから軍用犬が飛び出す。
いや、軍用犬じゃない。
姿かたちこそ軍用犬によく似たシェパード然としているが、その見た目は違っていた。
肉は削げ、骨が剥き出している。
だらだらと口元からは涎が垂れており、頬肉も無く、凶悪な牙が丸見えだ。
というか眼球も無かったりしてる。
どう見ても、ゾンビ犬やー。
本来、500ポイントを消費して使うこのアクションは、軍用犬を呼び出して敵を攻撃するものだ。
無数に呼び出された軍用犬が、敵だけを襲うというのが、今の状況にはピッタリのはずだった。
だったのに、なんでこいつら死んでるんだよ。
しかし呼び出されたゾンビ犬はそれこそ数えきれないほど溢れている。
周囲の兵士も、突如現れたゾンビ犬に大混乱だ。
すわ新たな敵か!? なんて声もあちらこちら。
まあ、そりゃそうだよなぁ。だって気持ち悪いもん。
だが俺の感想とは裏腹に、ゾンビ犬たちは一糸乱れぬ様で駆け回る。
そして、ゴブリンを見つけるや否や、飛びかかる。
確実に喉元に食らいつき、そのまま引きちぎる。えぐい。
ある者は足に噛み付いて動きを止めた後、連係プレーで確実に仕留めていく。
ゾンビの犬がゴブリンたちを襲っていく。まさに地獄絵図だ。これほど阿鼻叫喚な光景も中々ないだろう。
「何よこれ……」
「……なんだろな」
俺に言われても分からん。
分かっている事は、あいつらが俺の望み通りの仕事を果たしてくれている、というくらいだ。
しかもこのゾンビ犬たち、何が凄いって、ちょっとやそっと食らった程度じゃ死なないって点だ。もう死んでるしな。
ゴブリンが棍棒を振るい、ゾンビ犬の頭を砕いても、頭を失ったゾンビ犬は今度は爪で引き倒して攻撃する。
魔法で燃やされても、そのまま走っている奴もいる。完全に悪夢だ。
ゾンビ犬、つえぇ。
砦の内部に侵入したゴブリンたちが一掃されていく。
化け物犬の登場に最初はビビっていた味方兵たちも、それが自分たちを襲わない事に気付いたのか、再び士気を取り戻す。
そのまま協力してゴブリンを追い込める。
人とゾンビ犬が協力する光景なんて、はたして想像できただろうか。いや無い!
なんて事を思いつつ、俺もフラググレネードを門の外に投げたり、ライフルを撃ったりして援護する。
何とか形勢逆転出来そうだな。
そう思った時、笛の音が戦場に響いた。
角笛ってやつか。どうやら撤退の合図みたいだ。
ゴブリンたちがゾロゾロと下がっていく。
何とか……勝てたのか。
「……まだ、みたいね」
奏の低い声に、俺は再び壁の向こう側を見据える。
そこには、トロルの巨体がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。
一人や二人じゃない。
何十体ものトロルが、地響きと共に、こちらに向かってきている。
「……マジかよ」
悪夢はまだ終わらない。




