プライベート・クレイモア-7-
見張り台に投石が直撃する。
一応、石で出来た見張り台だったが、流石にこの質量は耐え切れない。
ぐらり、と揺れたと思ったらあとは一瞬だった。
「奏っ!」
彼女に向かって手を伸ばす。
同じく、奏も片手をこちらに向けていた。
しかし――届かない。
無常にも指先は虚空を掴むだけだった。
「くそっ!」
叫びは、轟音の中に消えていく。
俺の体は、空へと投げ出された。
そして、ブラックアウト。
目が覚めた時、そこは戦場だった。
争う声がひっきりなしに聞こえる。
体を起こすと、背中が痛む。
その痛みが、まだ俺が生きている事を実感させてくれた。
「っつ……奏、は?」
見回してもいない。
俺がいるのは、中庭のようだ。
見張り台が崩れ落ち、中庭へと投げ出されたらしい。
石畳の上じゃなくて幸いだった。下が土じゃなければ、下手すりゃ死んでたな。
銃は、まだある。
軽く銃を点検し、恐らく問題ないだろうと判断。
まあトンデモ武器な以上、そう簡単に壊れたりしないだろうという考え方だ。
問題は弾倉が先ほどの崩落によって、今装填している分しか無いって事くらいだな。
再び弾無し。やべぇな。
「まだ門は破られてない、のか?」
しかし既に砦の内部に侵入されている。
見ると砦の壁の一部が壊れている。
カタパルトで破壊したんだろう。砦もかなり崩れていて、被害が多そうだ。
まだ穴は小さいが、相手の数が多すぎる。
まるで死を恐れないよう殉教者のように、そこから侵入突破しようとする。
畜生めが。
その場でM25狙撃銃を構える。
壁の穴から侵入しようとするゴブリンを狙い、撃つ。
甲高い銃声と共に、ゴブリンが崩れ落ちた。
とりあえず、あそこを防ぐしかねぇ。
「なんかふさぐもんは無いのか?」
俺の言葉に反応し、一人の兵士が木材を持ってくる。
まあ無いよりマシか。
ついでに土嚢をぶちこめば、幾分かは耐えられるはずだ。
「まずはあそこの敵を一掃するしかないな」
スナイパーライフルを置き、手榴弾を取り出す。
これまたFPS的な制限で、4つまでしか持てないらしい。ケチくさい野郎だ。
「おい、離れてろ。爆発するぞ」
周囲に叫び、ゴブリンたちが入り込もうとする穴の奥に投げ込む。
これで壁の被害が増える事も懸念したが、背に腹は代えられない。
まあフラググレネードはあまり構造物に対しては強くない……と信じたい。
きっかり五秒後に、グレネードが炸裂し、周囲に破片をばら撒く。
ゴブリンたちの悲鳴が聞こえた。ざまあみろ。
ポイントを見ると、いっきに20近く入った。グレネードキルはポイント加算されるみたいだ。
あと少しで再びポイントが100溜まる。もう一発投げて、ポイントを稼ぐべきか。
躊躇いは一瞬。
すぐさまフラググレネードを取り出し、再度投擲。
今度はさらに奥。ゴブリンの密集地帯に放り投げた。
Fire in the holl!
心の中で叫ぶ。
少しして爆風が頬を撫でる。
「これで100は超えたか」
少なくとも、先ほどのリーパーは呼び出せるはずだ。
もういっちょ、連中のど真ん中にヘルファイアミサイルを撃ち込んでやる。
意を決し、集中する。
しかし、どれだけ願っても、リーパーが呼び出される事は無かった。
「どうなってるんだ?」
慌てて携帯ゲーム機を起動してポイントを確認。もちろん、ポイントはきちんと溜まってた。
続いて、ポイントアクションの項目を確認。
すると、先ほどとは違って、MQ-9リーパーの文字が赤字で表示されている。
これはつまり、クールタイムがあるって事か?
だとすると、続けて同じポイントアクションは使えないって事になる。
「ちっ、説明書くらい付けとけよ」
猫野郎に悪態をつき、俺は再び構え直す。
壁の穴に兵士たちが土嚢を突っ込んでいた。これでしばらくは時間を稼げるはずだ。
そう思っていた矢先だった――
「正面門が突破されそうだ!」
悲痛な叫び声が響く。
マジかよ、流石に正面門が破られたら、万の軍勢が一気になだれ込んでくる。
そうなったら、この兵力では抑えきれない。
逆に逃げ場を失って虐殺されるだけだ。
「砦壁の上も抑え切れません!」
梯子を落とすにも、人手が足りていない。
既にゴブリンの一団が砦壁の上を占拠している。
そちらも何とかしないと、このままじゃなし崩しにやられてしまう。
FPSでも上を取られると負けだ。
だからこそ、高所の確保は重要となる。
「俺は上に回ります!」
そう言って、砦壁の脇にある階段を駆け上がる。
やばいな。
時間もまだ二時間くらいしか経ってない。
援軍が来るまで後、最低でも二時間弱は掛かる。
それに、奏の事も気がかりだ。無事でいてくれればいいが。
壁の上に辿り着くと、そこは戦場となっていた。
それほど広くないその空間で、兵士たちが剣を手にして戦っている。
既にかなりの人数のゴブリンが梯子から壁に上がって来ていた。
ここを通してしまえば、最早防ぎ切れないだろう。
「くそ、乱戦だと明らかに不利だぜこれは」
こうも敵味方が入り乱れていると、スナイパーライフルをぶっ放す訳にもいかない。
フラググレネードもさすがに使えないな」。
どうすべきか。
そう思い悩んでいた時だった。
「危ない――シライ!」
叫び声に振り返ると、ゴブリンの手斧が、俺に振り下ろされる光景が見えた。
目が覚めた時、そこは戦場だった。
あたしは体を起こして調子を確かめる。うん、大丈夫だ。
というか最近、怪我ばっかりしてる気がする。
大体、女子高生がこんなところで戦争なんてやってる方がおかしい。
あたしは正常だ、当たり前だ。
そんなどうでもいい感想を抱きながら、状況を確かめる。
「…………」
周囲は慌ただしい。どうも投石によって砦の壁の一部が崩れたらしい。
そこからゴブリンが侵入しようとしているのを防いでいる状態のようだ。
あいつは――いない。
「ま、大丈夫よね」
楽観的にそう判断。
少なくとも、今のあたしよりは役に立つはず。
そう信じて、自分に出来る事を考える。
携帯端末は充電切れ。
先ほど筆記で行っていた虚数式の計算はまだ途中。
とりあえず、これを終わらせないと。
そう思っている矢先だった。兵士たちの会話が耳に入る。
「正面門がきついな」
「しかし手が足りてないぞ。他が突破されれば、門を守っても意味がない」
「奴ら、破城鎚まで持ち出してやがる。あれを壊さないと……」
「だから手が足りないんだって! ファラ隊長はどこに行ったんだ!?」
「知るかよ」
「援軍はまだか? もう来る頃合いじゃないのか?」
「無駄だ。金鱗騎士団が助けに来るはずがない」
「何でだよ。ありえないだろ、それこそ」
「俺に言うなよ。文句があるならファラ隊長に言えよ」
「だからどこに行ったんだよ!」
情報が錯綜していて、兵士たちも混乱していた。
この砦の指揮官であるファラさんの姿も見えず、指揮系統も上手く回っていない。
そもそも兵の練度が低い。
これじゃ、いくら籠城しているとはいえ、時間の問題だろう。
「とりあえず正面門の防衛ね」
羊皮紙を取り出し、計算を始める。
虚数魔術は、既存の物質のステータスを書き換える事も可能だ。
物質の強度を変えたり、性質を変えたり。
ただ複雑な書き換えは、それこそコンピューターでも持ってこないと出来ない計算になる。
門のような簡単な物質であれば、自分で計算しても、そこまで大きな誤差にはならない。
さっと計算した後、門に向かう。
門は確かに激戦だった。
怒号が飛び交い、今にも門が破られそうな、そんな雰囲気。
向こうから、門を破ろうとする音が聞こえてくる。
その中、あたしは門に近づく。
「虚数魔術展開確認……データ処理開始」
いつもの癖で、言葉に発しながら魔術を構成する。
今のあたしに出来るのは、門を多少強化するくらい。
携帯端末があれば、更なる強化も可能だったが、仕方ない。
ステータス強化を終え、一息つく。
心なしか、先ほどからひっきりなしに聞こえていた門を叩く音も静かになっている。
上手くいったようだ。
「これでひとまずは……」
次はどうしようか。
そう思って視線を移すと、砦壁の上が慌ただしい。
敵の梯子から侵入されているみたい。
あっちを何とかしないと。
そう思った時、視界の端に見慣れた姿が見えた。
藤間 シライ、あの人だ。
無事だったんだ。
あたしの安堵も束の間だった。
彼の背後から、ゴブリンが忍び寄り、手斧を振り下ろそうとしている。
「危ない――シライ!」




