プライベート・クレイモア-6-
M25から放たれた弾丸は、まっすぐと、ゴブリンの額を撃ち抜いた。
脳漿をぶちまけ、後ろに吹き飛ぶ。
最初、ゴブリンたちは何が起きたか分かっていなかったようだ。
それもそうだ。
この距離で、目では捉えきれぬ弾丸が飛んでくるなど、彼らの常識には存在しない。
「……着弾確認」
殺した。
しかし心の中には何も生まれない。
疑念も後悔も高揚感も。
あるのは次の動作の為の作業だけ。
M25は機械式だから、次弾の装填は自動で行われる。
「…………」
息を止め、撃ち抜いたゴブリンの横にいたゴブリンに照準を合わせる。
隣にいた仲間がやられ、事態が呑み込めていないようだった。
お前もすぐ後を追うさ。
安心しろ、痛みは一瞬、死は永遠だ。
カチリ、と引き金を引く。
スコープの先のゴブリンが倒れるのを確認。まずは二人。
さらに照準を移し、引き金を引く。
三人、四人、五人……
撃つ、殺す、狙いを変える、撃つ、殺す、狙いを変える。
M25の弾倉は20発の弾丸が込められている。
20発を撃ち尽くすのに、そう時間は掛からなかった。
「ギャギャギャギャ!」
ひとしきりの殺戮の後、ゴブリンの一人が叫ぶ。
仲間がやられた事への怒りか悲しみか、あるいはよく分からん感情なのか。
少なくとも俺には理解出来なかった。
しかし、ゴブリンたちは反応するように叫ぶ。
そして――突撃。
要塞の正面門目掛けて、ゴブリンの兵団が突っ込んできた。
「おっとそこは危ねぇぜ」
何しろ地雷原だからな。
その言葉通り、ワイヤーに引っかかったゴブリン目掛けて、クレイモア地雷が作動した。
数百発のベアリングが勢いよく飛び出し、ゴブリンをズタズタに引き裂く。
クレイモア地雷が悪魔の兵器と恐れられている所以が、その殺傷力にある。
何しろクレイモアでは、中々死ねないからだ。
至近距離で炸裂すれば、それこそミンチになっちまうが、数十m離れた場所で受ければ、その体は鉄球で蜂の巣になる。しかしその多くは即死には至らない。
つまりこれは、相手を殺すのではなく、負傷者を作り出す兵器なんだ。
あまりにも非人道的なこの兵器の使用は、俺の世界では対人地雷禁止条約によって規制されている。
「まさかこんなところで、それを破るなんて思いもしなかったがな」
クレイモアの有効射程は50mほど。
あれだけ密集していれば、嫌でも被害は多くなる。
連鎖的に爆破は広がり、ゴブリンの集団がバタバタと倒れていく。
「とりあえず出鼻はくじけたな」
M25の弾倉を交換しようとして、俺は大事なある事に気付いた。
あれ、弾なくね?
慌てて先ほどもらった携帯ゲーム機を起動し、画面を確認する。
武装の項目はあれど、弾は無い。
え、弾は?
もしかして、現地調達なのか?
無理だろ、こんな世界で、7.62×51mm NATO弾を探すなんて。
途方に暮れていると、背後から声を掛けられる。
「何してんのよ?」
「いや……弾が無いんだ」
「弾って、その銃の弾?」
「ああ。銃はあるのに弾が無いっていう……」
そういうと、奏は自分の携帯端末を取り出す。
「虚数領域展開確認。アンフィニ、いける?」
『いつでもいけるよ』
スマホから声が漏れる。
あれは人工精霊というやつらしいが、詳しくは知らない。
「魔術式……120番くらいに虚数式を登録」
『虚数式登録したよ』
「それを展開、固着化させて」
『展開したよ』
その言葉と同時に、虚空が揺らいで何かが飛び出した。
それは、M25の弾倉だった。
「それでいいのよね」
「おお! マジか! やっぱすげえな魔法は」
「だから魔法じゃなくて虚数魔術だっての。鉄砲の弾くらいなら一応出せるから、もう何箱か出しとくわね」
「ああ、ありがたい」
これで弾切れの心配はない。
弾薬の補給は大事だからな。
リスポン出来ない以上、補給線は確保しないといけない。
俺は再び伏せ撃ちの姿勢に戻り、M25を構える。
背後で奏の呪文の声が聞こえるが、意識から除外する。
世界には俺一人だけ。
スコープを覗いて撃つ。
既にゴブリンの先頭集団は混乱から回復していて、砦の門に迫っていた。
角度の問題で、門の前に回られると直接狙えない。
俺はその奥にいるゴブリンの一隊を狙う事にした。
「ねえ……」
引き金を絞り、弾丸を放つ。
殺意の塊は、まっすぐと飛来し、ゴブリンを撃ち抜く。
びゅーてぃふぉー。
自分自身を褒める。
M25と言えば、あの伝説のスナイパー大尉だからな。仕方ない。
「ねえ」
次は少し偉そうな鎧を着込んだゴブリンを狙う。
あいつは隊長か?
そんなところで踏ん反り返って、安全だと思ってるのか?
残念、丸見えだ。
トマトみたいに弾けな。
凶弾が俺の狙い通り、ゴブリンの隊長格を吹っ飛ばす。
周囲にいた兵士たちは慌てているが、もう遅い。
既にそこはキルゾーンだ。
「すてんばーい……」
「ねえってば!」
「おわ!」
自分に酔いしれていた時、耳元で叫ばれて思わず俺も叫んだ。
なんだよ急に。
「今大事なとこなんだよ」
「こっちも大事な話があるのよ」
「ああ? 愛の告白ならこのタイミングは止めてくれよ。
そういうのは死亡フラグって言うんだ」
「んな馬鹿な事言う訳ないでしょ」
馬鹿な事って……
まあいいが、一体何の用だ?
「その……切れちゃった」
「何がだよ」
「充電」
「は?」
「だから充電が切れたの」
「何の充電だよ」
「携帯のよ!」
そう言って、奏は俺にスマホを見せつけてくる。
真っ黒い画面は、触れても何も反応しない。
……マジか。
「ってこれ、充電式なのかよ。魔力がどうたらとか言ってたじゃねぇか」
「しょーがないでしょ。バッテリーは魔力式より電力式の方が優秀なんだもん」
「なんだもんじゃねーよ。どうすんだよ、これ」
弾薬は先ほど魔法で出した弾倉が全部で5つ。
100発ほどしか予備がない計算だ。
さすがにあの大群を相手には心もとない。
「無いものは無いのよ。でしょ?」
「んな綺麗な目で言われてもな。やばいな」
はっきり言って今回の編成はダメダメだ。
何しろ前衛三人組と後衛二人が別々になってしまってるんだからな。
さらに魔法の使えない魔女と、弾の無いスナイパー。
これで戦えという方が無理だ。
「そうだ。あんたのアレ、使いなさいよ」
「アレ?」
「この間やってたC-130のモアブよ」
M.O.A.B.をモアブと読めるミリオタ女にちょっとドン引き。
「それがな……無理っぽいんだ」
「どうしてよ。さっきから軽快に敵倒してるじゃない。
ポイント溜まったでしょ、そろそろ」
「いや、そのポイントだが……」
そう言って携帯ゲーム機の画面を見せる。
これで現在の獲得ポイントが確認出来た。
「……って86ポイントしか溜まってないじゃない」
「この間と違って、どうも一人1ポイントみたいなんだわ」
さすがに最初の魔神はデカイだけあって、ポイントが高かったらしい。
反面、ゴブリンはポイントが低い。
そんなところでバランス調整せんでも、と思わないでもない。
まあ誰に文句を言える訳でもないが。
「最低でも100ポイントいるみたいだから、まだ使えんな」
「このポイント使って弾とか出せないの?」
「うーん、調べた感じ、そういうの無いんだよなぁ」
本当に現地調達なのか?
普通、FPSなら敵を倒せば相手が落とすんだが、さすがに棍棒持ったゴブリンから銃弾が手に入るとは考えにくい。
「一応、方法が無い訳じゃないんだけどさ」
「どうするんだ?」
「携帯端末はあくまで計算処理を自動的にやってただけだから、それを手動で行えばいいのよ」
「つまり?」
「虚数式展開を自分でやるって事」
そう言うと、奏は紙とペンを取り出す。
正確には羊皮紙と羽ペンであるが。
「これで計算しとくから、あんたはポイント溜めて何とかやっといてよ」
「……マジかよ」
――ダン
――ダン
――ダン
断続的に銃声が響く。
ゴブリンの一団は砦の壁に梯子を掛けて、そこから侵入しようとしていた。
対して、こちらの兵士たちはそれを防ぐべく、梯子を取り外そうと頑張っている。
しかし多勢に無勢。数で攻められてはこちらも対応しきれない。
俺の今の仕事や、梯子を上ってきたゴブリンの頭をブチ抜く事だ。
「すてんばーい……すてんばーい……」
弾を撃ち切り、一人呟きながら弾倉を交換する。
弾倉は残り2つ。
ポイントは既に100を超えている。
ここらで一発使っておくべきか?
一つ、確認しておきたい事もあったしな。
「よし、とりあえず使っとくか」
俺は意を決し、ポイントアクションを使用する。
使い方はよく分からんが、前みたいに念じてみる。
―― MQ-9 ゛ Reaper゛ arrival ――
ポイントを100消費して、俺は無人航空機リーパーを呼び出す。
MQ-9リーパーは無人機、いわゆるUAVだ。
無線操縦されており、通常は主に偵察任務に使用される。
しかし、そのUAVを大型かつ武装化させたのがこのMQ-9リーパーだ。
『死神』の名に相応しく、戦争の概念を変えた兵器の一つでもある。
リーパーの両翼にはヘルファイア空対地ミサイルが装備されている。
本来は対戦車用の攻撃ミサイルだが、もちろん地上攻撃にだって利用可能だ。
「さあ、派手にいこう」
空を旋回していたリーパーから、死神の鎌が振り下ろされる。
放たれた二発のヘルファイアミサイルは、高高度から真っ直ぐとゴブリンたちに降り注ぐ。
突如頭上に現れたそれが、彼らにはどう見えたのか。
少なくとも、それが彼らに死をもたらすなんて、思いもしなかったんじゃないだろうか。
炸裂。
そして爆発。
炎が周囲を赤く照らす。
ずうん、という空気を震わす振動がこちらにも届く。
あれだけで、一体何人のゴブリンが死んだのか。
「知るかよ……」
自問自答。
殺した数なんて興味ない。
俺はゲーム機の画面を起動。ポイントを確認する。
ポイントは残り60ポイントほどだった。
先ほどと比べると、ちょうど100ほど減っている。
「つまり、ポイントアクションで稼いだキルじゃ、ポイントは増えないって事か」
俺が調べたかったのがそれだった。
もしポイントアクションでチェーンを繋げるのであれば、一気に次の大きなアクションに移れる。
しかし、どうやら銃やクレイモアみたいに、自分で稼いだキルじゃないと駄目らしい。
まあ、ポイント消費する時点で想像は出来たが。
ともあれ、小刻みに消費の少ないアクションを使うか、溜めて大きな消費のアクションを使うか。
その辺の判断が難しそうだな。
「可哀そうね」
「ま、しゃーねぇな」
「結構ドライなのね」
「あいつらが人の姿をしてれば、もう少し感情移入出来たのかもな」
哀れだとは思うがな。
再びM25を構える。
照準の先はまだ煙が立ち込めている。辺りにはゴブリンの死体が散らばっている。
恨むなら、糞ったれな神様を恨むこったな。
その時、視界の端に何かが映る。
「ん?」
煙でよく見えないが、何か木製の台のようだ。そこそこ大きい。
また梯子か?
そう思ってると、やがて煙が晴れ、全容が明らかになる。
「ってマジかよ……」
それは巨大な投石器だった。
車輪が付いた移動式のカタパルト。
既に大きさは5mはあろうかという巨大な岩石がセットされている。
指揮官らしきゴブリンが、発射を指示している。
ってやべぇ。
慌ててゴブリンの頭を撃ち抜く。が、遅い。
投石器は勢いよく発射。
巨大な岩が中空に投げ放たれる。
ぐんぐんと近づいてくるそれは、間違いなく、俺たちのいる見張り台を狙っていた。
「……嘘でしょ」
残念ながら真実だった。




