プライベート・クレイモア-5-
『さあ、魔神が来たよ。勇者の時間の始まりだ――』
携帯から響いた声に、その場が静寂に包まれる。
一秒、二秒。
ようやく、声を絞り出す。
「どういう、事だよ……
まだ早いんじゃなかったのか?」
「……もしかして」
奏は顔を上げてファラさんに尋ねる。
「こっちの世界の一週間は七日ですか!?」
「いや、一週間は五日だが……」
「はぁ!? なんだよそれ」
意味が分からない。
「おい猫野郎! 聞いてやがるのか!」
『聞いてるよー。早く準備しないとさ』
「騙しやがって!」
「あはは。騙した訳じゃないよ。
きちんと一週間後に来ると言ったし、現実に来てるんだよ。
契約は履行されたんだよ』
相変わらず人を馬鹿にしたような声だった。
糞が。
「来てるって今度はどんなどでかい化け物だよ」
『今回は小さいよー。君らよりも小さいかもね』
なんだ、でかくないのか。
だったら今回は楽勝かもな。
そう思った矢先だった。
『ただし――数は多いけどね』
「あちらです」
俺たちは砦のてっぺん、見張り台に来ていた。
見張り中の兵士が何かを見つけたという報告を受けたからだ。
暗闇に目を凝らすと、遠くに何かが揺らめいているのが見えた。
篝火のようだな、とファラさんが呟く。
「南の国境警備から連絡は?」
「それが……定時報告が無くて」
「なんだと? それはいつからだ?」
「今日の夕刻の報告からです。
どうせマグリスのやつがまたサボってるんだろうと思って……」
「ちっ、あの距離からなら、この砦まで一時間半と言ったところか」
彼女はそう言うと、俺たちの方を見る。
「あれが魔神の一団だと言うのは本当か?」
「さあ……あたしたちをこっちに送った張本人はそう言ってるみたいですけど」
「あれは――ゴブリンの一団だ」
「ゴブリン?」
RPGに出てくる小鬼みたいなやつだよな。
「ゴブリンは本来、南の亜人領に住んでいて、こんなところまで来るような種族じゃない。
何かしらの異変が起きてるのは間違いないだろう」
「数はどれくらいいそうですか?」
「詳しい数はここからでは分からん。すぐに斥候を出して調べさせる。
その間に、貴君らの仲間を呼びに行こう」
「電話とか……無いよなやっぱり。他に通信手段ってねぇのか?」
「もう少し距離が近ければ、何とかなるが、さすがにタイニィゲートまで繋ぐとなるとな。
飛行船を使えば往復で6時間ほどでいけるはずだ」
「6時間か……」
あいつらがここまで来るのに大体1時間半として、4時間以上くらいは時間を稼ぐ必要がある。
「すぐさま部下を向かわせる。
それまで、ここで奴らを食い止める。
手伝ってもらえるか?」
「もちろん」
どうせあれが魔神なら倒さなきゃならない相手らしいからな。
二人しかいねぇが、まあ奏の無茶苦茶な魔法があれば何とかなるだろう。
『さて、戦う意思は固まったようだね』
無責任な声が聞こえる。
一々人をいらつかせる声だ。
「今度は何の用だよ」
『つれないな。君たちにお知らせを持ってきてあげたんだよ』
「お知らせ? 何だそりゃ?」
『えー、君たちは先日の第一の魔神エヴァーレイスを倒しました。
その貢献度により、新たなる力の解放が行われます』
よく分からない声の後、ポコン、と音が鳴った。
何か分からんが、アンロックしたらしい。
『じゃあまず藤間君からね。君にはこれを上げよう』
そう言って何かが落ちてきて、頭に当たった。痛い。
さすりながら床に落ちたそれを拾い上げる。
携帯ゲーム機だ。
背面を見ても、ソフトは入っていない。
とりあえず電源を点けると、見慣れた起動画面の後、よく分からない画面が出た。
『一からデバイスを作るのが面倒だったから、君の世界にあったやつを使ってるよ』
「これ、なんだ?」
『まあ簡単に言えば、装備変更をする装置、かな。
さっきのアンロックで、新たな武装が使えるようになったから、その確認も出来るよ』
「カスタマイズ画面か」
簡単に作ったらしいUIを操作し、ざっと眺める。
武器変更画面を開くと、いくつかの武器が表示されていた。
今装備中なのはM700で、他にはM25が表示されている。
M25狙撃銃は、米陸軍がベトナム戦争時代に創り出したM21狙撃銃の改良型だ。
ベースは当時の主力武器であったスプリングフィールドM14ライフル。
俗に言う湾岸戦争に投入され、高い成果を見せた銃でもある。
最大の特徴は半自動式である為、M700のように手動で装填や排莢を行う必要がない、という点だ。
それ故に一つの目標を継続的に狙う事が出来るので、ボルトアクション式に比べて、大幅な連射速度の改善がなされている。
まあ、その分命中精度が落ちてるって噂だが。
ついでに他の画面も見とくか。
十字キーで適当に動かすと、いくつか見知った武器が出てくる。
グレネードだ。手榴弾ってやつだ。
先ほどのアンロックで、投擲武器も解除されたらしい。
FPSの基本兵装であるM67破片手榴弾みたいだな。
ピンを抜くと一定時間後に爆発し、周辺に爆風と破片でダメージを与える武器だ。
今回の敵は多人数だから、有効に使えるだろう。
「他には……近接武器も解除されてるな」
近接武器の項目を見る。
お決まりのナイフがあったが、俺は一つの項目を見つけた。
……バールだ!
まさか、本当に、あのバールなのか?
勝てる!
これがあれば魔神だろうが何だろうが。
喜び勇んで選択しようとすると、エラー音が鳴る。
『それはまだ解除されてないよ』
「おい、いつ解除されるんだ!?」
『まあ近々かな』
くそっ、仕方ない。一旦はナイフを選択しておこう。
軍用ナイフだ。
近接戦闘というよりは、工具として利用される事の方が多いという。
グリップ部分には収納出来るようになっており、簡単な応急キットもそこに入っている。
握りを確かめて、何度か振る。
まあ……これでいいか。
「別に何でもいいじゃない」
「そうだけどよー。バールはFPS信者には一つの聖域なんだよ」
むしろ神器と呼べる。
しかし奏には伝わらないらしく、共感してもらえなかった。
『じゃー次は姫宮さんだね。これを上げよう』
ぽとり、と何かが落ちる。
拾い上げる。
「……なにこれ」
『携帯端末のつけるストラップだよー。
姫宮さん、女の子だからそういうの好きだと思って』
可愛らしいクマのストラップだった。
姫宮は無言で数秒ほどそれを見つめた後、これまた無言でそれを投げ捨てた。
『ああ! 折角買ってきたのに!』
「……死ね」
ぶつり、と通話が途切れる。
しばらくの沈黙の後、いたたまれなくなった俺は彼女に話しかける。
「……俺も似合うと思うぞ?」
「死ね」
ひどい。
それからの行動は迅速だった。
ゴブリンの兵団が来るまでに防御の体勢を整えないといけない。
ここを放棄して撤退戦を仕掛けた方がいいのではないか、という意見もあったが却下された。
この砦の先にはいくつかの集落があり、ゴブリンの侵攻ルートにかぶっているそうだ。
さすがに民を捨て置けん、というファラさんの熱い進言により、籠城戦が決まった。
まあ、とりあえず時間を稼ぐのが第一だ。
そうすりゃ、アムダたちも増援に駆けつけてくれる……はずだ。
「何してんの、それ?」
俺が地面にいくつか仕掛けを施していると、奏が尋ねてきた。
「ああ、クレイモア仕掛けてるんだ」
「クレイモアって、対人地雷ってやつよね」
「おう、さっきのアンロックの中にあったからな。
とりあえず仕掛けとこうと思って」
ワイヤーを伸ばし、設置完了だ。
M18クレイモアは、指向性の対人地雷だ。
地面に埋められた地雷とは違い、地上に敷設するのが特徴的だ。
ワイヤーに引っかかると、爆薬によって内部に詰められた数百発の鉄球が、敵を目掛けて飛び出す。
結構えぐい兵器で、FPSの中でも一二を争う嫌われ者でもある。
まあ、俺は結構好きだけどな。自分で仕掛ける分には。
「ただ、同時設置数の上限があるみたいだから、10個までしか設置出来ないらしい」
「それ以上置こうとするとどうなるの?」
「消えた」
すうっと消えていった。
相変わらずこっちの常識を無視する事ばかりだ。
まあ、FPSらしいと言えばらしいんだがな。
「とりあえず仕掛け終わった。一旦戻るか」
そうね、と頷く奏を伴って砦の中に戻る。
俺たちの持ち場は、先ほどの見張り台の上だった。
狙撃銃の特性を生かせる場所が、ここが一番だったからだ。
麻布で作った袋に土を入れ、土嚢としていくつか運び込む。
そして、土嚢にM25の銃身を固定し、準備を整える。
床に、麻布を敷いて俺自身がそこに寝転ぶ。
今回は伏せ撃ちで敵を迎え撃つことにした。
相手が門まで肉薄してしまえば、俯瞰する必要はあるが、一旦はこれで精度を上げる。
「変な恰好ね」
「うるせぇ」
隣で座っていた奏がケチをつける。
まあ、狙撃の伏せ撃ちの姿勢は、横から見れば恰好悪い。
「お前こそ、大丈夫なのか?」
「何が?」
「その……戦争をするんだぞ」
あのゴブリンの一団が魔神なのか、それとも単に操られているだけなのか。
それは分からない。
しかし、俺たちが相手にしなきゃいけないのは、彼らなんだ。
この間みたいな、現実離れした戦いではない、もっと根源的な殺し合いだ。
正直なところ、自分でも引き金を引けるか、あまり自信はない。
やりなれた動作を繰り返すだけだと自分に言い聞かせている。
そんな不安を、奏にぶつけていた。
「別に、戦争なんてどこの世界でも同じよ」
「……そうか」
「もし、あなたがそれを罪に思うなら、そんなもんはゴミの日にでも出せばいいのよ」
「……そうだな」
「だから――やるしかないのよ」
それは、彼女自身が自分に言い聞かせるように。
その言葉に、俺も心を切り替える。
スコープを覗くと、敵の兵団が見える。
砦までの距離はまだ800mほどはある。
M25の有効射程は400から500mほどだから、まだ撃てない。
敵の数は正直、数えきれないほどだ。
先ほど調べに行った斥候の話によれば、2万ほどの大軍勢になるという。
これは、ゴブリン族の規模を考えればありえない数字になるという。
こちらの砦には、せいぜい1000人ほどしかいないのだから。
「ゴブリンってちいせえな」
大きさは1mと少しくらいか。
子供くらいの大きさしかない彼らは、不似合な鎧を着て、武装している。
表情までは判断出来ないが、その挙動はどこか虚ろだ。
「そこで止まれ、ゴブリンたちよ」
朗々と声が響いた。
見ると、砦壁の上から、ファラさんがゴブリン兵団に向けて告げている。
「ここは我がトリアンテの領域である。
貴様らが領域を侵す事は、断じて許されん。
即刻、この地より離れよ」
「…………」
しん、と静まり返る。
ゴブリンたちは足を止めた。
「止まった……?」
いや、そんなはずがない。
そう思った矢先に、ゴブリンが吼える。
2万ものゴブリンの雄叫びが、辺りに響き渡った。
「ギャギャギャギャ!」
「殺せ!」
「人間を殺せ」
「首を晒せ」
「手足を奪え!」
「殺せ!」
「全てを奪え!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
叫び声はいつの間にか合唱へと変わる。
人間を殺せという声が木霊する。
なんていう悪意だ。
「話し合いは無理そうね」
一触即発の雰囲気だ。
足を止めていたゴブリンたちは、再び歩き出す。
少しずつ、こちらに近づいてくる。
俺は構え直す。
心を切り替えろ。
スコープの先に、先頭のゴブリンが見える。
遊底をスライドさせ、薬室に弾丸を込める。
心を静かにシンクロさせていく。
自分自身がライフルの延長であるかのように。
もはや躊躇いはない。
いつものように、敵を狙って殺すだけだ。
狙いを定める。
そして――
「 戦闘開始だ」
銃弾が放たれた。




