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プライベート・クレイモア-3-


 月の綺麗な夜だった。

 行商人の一家は、野営地にて火を囲んでいる。

 このまま街道に合流し、近隣の村々を回る予定だ。

 今季中には東のユーテルへと抜けたいところだ。


「今日は静かだね」


 行商人の娘が告げる。

 確かに獣の声も、虫のさざめきも聞こえない

 ただ、風の音だけ。

 不思議な夜だ、と男は思った。

 こんな日は早く眠った方がよさそうだ。

 最近は魔神復活などという噂も、城塞都市の方ではあるらしい。

 馬鹿げた話だ。

 所詮、中央教会が布施目当てに流したデマに過ぎない。

 男はそう思っていた。


――グ、グ、グ……


 風に乗って何かの声が聞こえる。

 最初は空耳かと思っていたそれは、次第にはっきりと聞こえるようになる。

 そして地響き。

 どっどっど、と規則正しく地面が揺れる。


「何かしら」


 行商人の妻が心配げな表情を見せる。

 男は馬車から剣を取り出す。

 用心に越したことはない。

 何かの獣か、あるいは魔物か。

 いや、この辺で魔物を見かけたという話はとんと聞かない。

 夜盗の類なら厄介だ。

 最悪、荷物は置いて逃げる必要がある。


「あっちから聞こえるよ」

「街道の方か?」


 行商人たちは、街道から少し離れた丘の上の木立で火を焚いていた。

 恐る恐る街道の方へと進み、丘陵から顔を出す。

 そして、行商人たちは絶句する。


「な……なんだこりゃ」


 どっどっど。

 規則正しく響くそれは、行進の足音であった。

 何千、何万の兵士が足並みを揃えて歩く。

 人間の兵隊ではない。ゴブリンの一団だ。

 ゴブリン族はここよりも遥か南方の亜人領にいるはずだ。

 臆病な性格の彼らが、人間域に来る事など稀だ。

 ましてやこんな大規模な軍団を編成しているなんて、ありえない事だ。


「どうなってやがる」


 ゴブリンたちは皆、重装備だ。

 鎧を着て、手には槍や棍棒、剣を手にしている。

 一糸乱れぬ動きとはまさにこのことか。

 まるで一個の生き物のように、彼らは北上していく。


「……お父さん、離れた方が」

「ああ……そうだな」


 見つかる前に離れなければ。

 男はそう思い、その場を離れようとする。

 しかし、うっかりと足元の石を蹴ってしまう。

 それはほんの些細なミスだった。

 石が転がっていく。

 それは――彼らの運命のように。


「ガア!」


 ゴブリンの一人が、丘の上の男に気付く。

 その瞬間、ゴブリンの一団が一斉に行商人一家を見る。

 何千という昏い瞳が彼らを凝視する。

 男は仕事柄、何度かゴブリンとも接した事があった。

 だが、そのどれもが、こんな瞳はしていなかった。


「殺せ、人間だ」

「ギャギャギャ!」


 一隊の隊長と思しきゴブリンが、手にした剣を男に向けた。

 瞬間、数十人のゴブリンが男たちを襲うべく、駆け出した。


 逃げなければ。


 男は家族の手を取り、木立を走る。

 背後からは、ゴブリンたちが迫ってくる。

 ゴブリン特有の鳴き声が聞こえてくる。

 ゴブリンの一人が駆けながら、曲刀を振り投げる。

 弧を描きながら、曲刀は逃げる少女の背を切り裂く。


「きゃああ!」

「ミリカ!」


 咄嗟に庇うように男は娘の前に立つ。

 ゴブリンの一隊はそのまま速度緩めず、男たちを囲む。


「殺せ」

「殺せ」

「殺せ――」


 まるで何かに取りつかれたように、ゴブリンたちは叫び続ける。

 妻と娘を庇いながら、男は剣を抜く。


「殺せ」

「人間を殺せ」

「殺せ」

「――殺せ!」


 それを合図に、ゴブリンたちが襲い掛かる。

 後はただの殺戮であった。

 行商人の一家が、単なる肉塊に変わるのに、そう時間は掛からなかった。

 月だけが、その惨劇を眺めている。

 夜闇に、ゴブリンたちの声だけが響いていた。






 目覚めはそれなりに快適だった。

 なにせ久しぶりにまともなベッドだったからな。


「おはよ」


 顔を洗っていると、奏と合流する。

 昨晩、飛行船でこの南砦に辿り着いた後、時間も時間だったのですぐに寝てしまった。


「寝癖ついてるわよ」

「ぬあ。マジか」


 手桶で水を汲み、髪を整えていく。

 俺の様子を見て、奏が笑う。


「そういえば、監視は無いみたいね」

「みたいだな」


 砦に来て感じた事だったが、俺たちを監視したりという雰囲気はほとんどなかった。

 むしろ、砦に駐屯している兵士たちの多くは、俺たちを見るなり、気合いの入った挨拶をしてくる。

 なんか、城にいた時とは全然態度が違うんだが、なんだかな。


「ここに詰めてるのは、銀凛騎士団らしいわよ」

「なんか聞いた事あるな、それ。なんだっけ」

「ファラさんの騎士団でしょ。だから、この間の魔神の時の騎士団ね」

「ああ。それでか……」


 挨拶のあと、「ありがとうございました」なんて礼を言われるのは。

 あの時俺たちが助けられた人たちが、ここにはいるらしい。


「だから監視も無いし、ここでは一応、自由にしてていいらしいわよ」

「自由、ねぇ」


 だからと言って、どこかに遊びに行くとか、そういうのは駄目なんだろうな。

 そもそもこちらの世界で自由に過ごせなんて言われたところで、やることなんてない。

 元々引きこもりじみた生活をしていたんだ。

 趣味なんてそれこそゲームくらいしかない、つまらない人間なのだ。


「まあぶらぶらしてみるか」

「そうだ。聞きたかったんだけど、あなたの銃、どこにいったのよ」


 奏は疑問そうだった。

 そりゃそうだ。

 スナイパーライフルなんてあんな長大なもん、持ち歩けば気付くに決まっている。

 にも関わらず、俺が今まで銃を持ち歩いている場面は無かった。


「ふっふっふ、知りたいか?」

「……別にそこまでじゃないけど」

「そこは乗ってくれや。

 実はな、ここにあるんだ」


 じゃーん、と効果音が付きそうな感じで、俺はM700を取り出す。


「え、どっから出したの?」

「それが俺にもよく分からん。漠然と腰のあたりから出しているみたいだ」

「はぁ?」


 俺の答えに、馬鹿な事言うなと言わんばかりに睨んでくる。

 いや、だって本当だし。


「俺の能力がFPSって言ったよな?

 つまり、そういう事らしい」

「意味分かんない。FPSだったらどうなのよ」

「つまりだな、これはFPSでは常識とも言える、武器収納なんだよ」


 大抵のFPSでは、軽いハンドガンだろうが、重いライトマシンガンだろうが、平気で持ち歩く。

 その時、いくつか装備を持てるのだが、なぜか装備をどこに仕舞っているのかは分からないのだ。

 最近は背負っている事も増えていたが、それでもライトマシンガンを背負って走り回る兵士がどこにいるのだと問い詰めたいところだ。

 つまり、このM700も同じように、どこぞに格納されていて、そこから取り出すことで装備している状態に移行している訳だ。

 牢にいる時に何度か練習したから、取り出しや収納に関しては、スムーズに行えるようになった。


「なんか、気持ち悪いわね。完全に物理法則無視してるじゃない」

「それをお前が言うかね……」


 そっちこそ意味不明な魔法使いやがって。

 武器を仕舞うくらい、かわいいもんじゃねぇか。


「色々と調べて分かったが、俺の体は完全にFPSに適応しているらしい」

「どういう意味?」

「とりあえずこのM700だが、今のところ人に向けて撃てない」


 偶然発見したのだが、目の前に人がいると撃てない仕様になっている。


「それがFPSと何の関係があるの?」

「FPSでは仲間とか民間人は撃てない規制が掛かってる事があるんだよ。

 まあ日本版は顕著なんだが」


 つまり俺の肉体は日本版準拠らしい。なんでだ。

 北米仕様にしてくれれば、その辺何とかなったかもしれないが。


「街中でも発砲できないみたいだな。発砲禁止エリアが設定されてるかもな」

「結構厳しいのね、その辺は」

「あと面白いのが、FPS上りが出来るようになった」

「なにそれ?」


 俺は砦の壁まで歩く。

 ちょうどそこには梯子が取り付けられており、砦壁の上に行けるようになっている。

 これでいいか。


「見てろよ」


 言いながら、俺は梯子を上っていく。

 両手を使わずに、足だけでだ。


「ほら、すごくね?」

「……で?」

「いや、それだけなんだけどな」


 FPSでは、こういう上下移動するギミックがあった場合、なぜか手を使わずに足だけで上り下りしている光景がよくあった。

 最近のグラフィックの進化であまり見られなくなったものの、一昔前はそれが主流だった。

 梯子を上りながら銃を乱射する、なんてのもよくある話だ。

 さらに――


「なんと後ろ向きで手を使わずに上る事も出来る。これは凄いだろ?」

「なんて言うか……キモイわね」


 身も蓋もなかった。





「まああなたのおかしな特技はともかく、今のところ状況を整理しましょうか」


 食事の後、奏が切り出した。

 ちなみにここの食事はよく分からんスープと、よく分からん焼いた肉と、硬くて不味いパンだ。

 よく分からんスープは味が薄いものの、よく分からん肉はそこそこ美味い。

 調味料があまり発達してないとこんなもんよ、と奏はすまし顔で言うが、さすがにパンの不味さには文句を言っていた。


「状況って……魔神が来るのを待ってればいいんじゃねぇのか?」

「もっと以前に、あたしたちの置かれた状況についての話。

 どうしてあたしたちが呼び出されたのか、とかそういう問題の方ね」


 どうしても何も、例の予言とやらのせいじゃないのか。

 そう言うと、小難しい顔をする奏。


「そもそも、なぜ五人なのか。根源的な問題だけど、不思議よね。

 全宇宙の危機ならば、それこそ全世界の軍隊でも持ち込めばいいのよ」

「まあ……確かに」

「選ばれた勇者じゃないと倒せない、というアホみたいな理由ならまだ理解は出来る。

 でも、少なくともあたしは勇者なんて呼べるような功績は残していないわ。

 あなたは言うに及ばずよね」

「出来ればその言葉も言わないでもらいたいところだがな」


 アムダたちは元の世界で勇者的な扱いだったらしいが、俺たちは違う。

 奏はまあ才女と言われてたみたいだが、俺に関してはそれこそただのゲーオタだ。

 FPSはやりこんでるが、別に世界一になったとか、そういうものでもない。


「何かしらの理由があって、あたしたちが選ばれたんでしょうけどね。

 まあ現時点では推測の域に過ぎないけど」

「つうかあの管理人だっけか。あの猫野郎がやればいいんじゃねぇのか?」

「出来ない事情があるんでしょうね。

 そもそも、スミオンゲートの管理者が世界に干渉するなんて、ありえない事よ」

「その、スミオンゲートっつうのは何なんだ? よく分からないんだが」

「あたしの世界の虚数学者であるジョン・スミオンが提唱した概念ね。

 世界はミルフィーユのように層になっており、その層を繋ぐ門を指しているの。

 つまり、多元連立世界全体の管理者。文字通りの神ね」

「その管理者と、俺たちが今戦ってる神は別もんなのか?」

「そうね、人からすれば上位次元という意味では同じだけど、そのレベル幅が違うかしらね。

 観念的に言えば、魔神を作ったのすら、あの管理者である可能性もあるもの」

「マジかよ。あの猫野郎がそんなに強いのか?」

「強いとかの概念なんて存在しないんじゃないかしらね。

 あなたの世界の大統領とあなた、どっちが強い?ってのと同じくらいの質問よ」


 なるほど。

 ガチで殴り合ったらどうなるか分からんけど、そもそもそういう話じゃないって事か。

 シュワちゃんみたいなんが大統領だったら、秒殺だけどな。


「ただ、上位存在が下位存在に手を出すのは原則的には禁止されているはずよ。

 じゃないと好き勝手に世界を弄り回せるもの。

 だからこそ、同じ次元の存在であるあたしたちに処理させようというつもりなのかも」

「つっても神を倒せってんなら、人間じゃなくもっと強いやつ呼んだ方が良かったんじゃね?」

「あら、神殺しなんて今時、ジュブナイルでも流行らないくらいありふれたものじゃない。

 管理者からすれば、神も人も、そう変わらない存在なのかもね」

「無茶苦茶だな、それ。そんなくじ引きみたいなやり方で異世界に飛ばされても溜まったもんじゃねぇな」

「そもそも、ここが異世界というのも怪しいものよ」


 どういう意味だ、それ?


「だって異世界ですと言われただけで、本当に違う世界かどうか、確かめようがないじゃない。

 もしかすれば、同一宇宙の違う惑星、という可能性もあったりね。

 可能性だけなら、いくらでも考えられるわ」

「つまり宇宙人に俺たちは攫われたってわけか?

 それこそ出来の悪い小説みてえだな」

「あら、異世界召喚より可能性は高いわよ。

 だってバシュトラが、その例だもの」

「あのちびっ子が?」

「あの子の世界の文明は、あたしやあなたの文明よりも遥かに進んでいるわ。

 何しろ外宇宙にまで進出出来る技術があるみたいだもの」


 マジかよ。

 鎧を着て、時代錯誤の槍まで構えてるのにか?


「あの子の槍は明らかにあたしの知る技術レベルでは作れないものよ。

 何かしらの単分子構造の素材よ、あれ」

「単分子って聞いた事あるな」


 単分子ワイヤーとか、SFの武器に出てきた気がする。


「鎧もね、軽いわりに全然傷つかない。最初、ステンレスか何かだと思ったけど、それにしては堅すぎる。

 しかも、どうも重力制御が出来るみたいなのよね」

「重力制御つうと、反重力とか、そういう感じか?」

「まあニュアンス的に間違いではないわね。

 あの子、ぽんぽん空飛んでるじゃない?

 あれは鎧の装置が作用してるみたいなのよ」

「ハイテクアーマーなのかあれ。見た感じ、単なる甲冑ぽいけどな」

「本人に聞いても親にもらったとしか言わないし、その辺もよく分からないのよね。

 ただどうも宇宙に進出した歴史はあるみたいなのよ。

 竜ってのは、どこかの星の現地生物らしいのよね」

「宇宙生物か、なんちゃら神話によく出てくるやつだな」


 足が多いタコみたいなやつとかな。


「詳しい事は分からないけど、少なくともあたしたちの中では一番科学が進んでいるんじゃないかしらね」


 なるほど、人は見かけによらないな。

 なんて話をしながら、俺たちは飯を終えた。

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