3.術士との決闘
「人の悪意がこんなに多いなんて……」
少年は絶望していた。
世界中の人間が僕を敵視しているように感じられた。
今か今かと隙を伺っている。隙あらば攻め立てられる。
そしてそんな目にあっている自分たちを周りが嘲っている。
この世は、まるで地獄のような世界になっていた。
また一機、マリスの発生源を潰した。
「誰がこんなことを……」
ビルの一室にあるマリス発生装置なるものを破壊して言った。
――頃合だ。
はっきりと聴こえた謎の声。
僕たちは疲れきっていた。
そのときを狙ったかのように、その事件は起こった。
その男はいつものようにマリス退治をしている僕たちの前に突然姿を現した。
男は自らを術士と称した。
そして僕たちに語る。
もはや我が術力の源であるマリスは世界に十分に満たされた。
世界に術技を披露し、その存在を証明できると。
さぁ魔法を広めよう、と。
男が僕に語り掛ける。
「どうだ世界に先んじる気はないか。世界の誰もが君らを羨望し後を追うだろう」
僕と舞は自らを術士と名乗る男と対峙する。
「お前の目的はなんなんだ!なぜ魔法を広めようとする!」
僕たちは興奮していた。
悪意を自動発生させる装置を作り、人々の悪意を煽る。
なぜそんなことをするのだ、と。
「アフィリエイトだよ」
ききなれない専門用語を聞かされる。
「売ってるってわけ?何を?」
舞は知っているようだった。
「魔法がいまだ発見されていない文明に魔法をもたらす……これは双方にとって利益となるはずだ」
男は謳う様に語る。
「私はその魔法の紹介料をいただくわけだ。これはビジネスなのだ」
ウソだ。
こんな教科書に出てくる帝国主義じみた主張、誰が信じるっていうんだ。
「ふざけるな!人の悪意を煽って!」
あの大量のマリス自動発生装置を仕組んだのはこいつだ。
「いずれはこの世界も発展して術技が発見されるだろう。時間の問題だ。マリスなんぞ我々の世界にも無数にある。そんなものを恐れていては人類は進化できん!この夢の新技術は魔法は必ず鮮やかに彩るぞ。この世界を!」
「その色は赤色だろう!」
僕は叫んでいた。
確かに――僕は魔法は広まるべきだと思っている。
だが悪意を魔力の源とする魔法を紹介しようとしている。
そんな魔法が広まればどうなる?
「人の進化の源は……悪意。幾多の戦争によって文明は発達した。悪意に対抗し包容する劣った文明なぞ淘汰されてしかるべきとは思わないか?」
そうして僕たちは魔法を売る男と戦った。
だが舞と僕はあっけなく敗れた。
相手にもならなかった。
既に魔法が科学で解明され発達し、体系化されて習得されている本物の術士には、勝てる要素などどこにもなかった。
舞が光弾を放つ。
男は何もしない。
「現代の術技は呪術で構成される。契約もすべてがだ」
何事か。
男の眼の前でことごとく舞の光弾はかき消された。
攻撃魔術など使えず殴り掛かった僕は――
『正当防衛』
脳裏にその言葉が浮かびあがった。
「!」
そして男から一定の間合いで自動的に吹き飛ばされた。
しりもちをつき、僕は倒れた。
「攻撃というのは究極のところ、いかに相手に効率よく効果を与えるか、だろう?」
僕は混乱に陥った。
(なんだ……?なんだ今の頭に浮かんだ言葉は……『正当防衛?』法律か?)
僕が情けなく倒れている間も戦いは続く。
舞はどこから出したのか光の刃を男に向ける。
「これなら……!」
そしてこれを晴眼に構える。
男はただ「銃刀法違反」と呟くのみ。
「うそっ……!」
一瞬で少女から光の剣が掻き消えた。
「くっ……!」
スタンガンクラスの雷撃が放たれる。
だが……。
あたりもせず舞の目前で雷撃はかき消された。
「雷撃なんぞ出している時点でエネルギーの無駄……。術技はもっと効率よく用いられなければならん!呪術こそが!攻撃術技の基本でありその究極!」
舞に対してまるで部下に説教するような口調で男が怒鳴る。
男は苛立っているようだった。
「この……!」
今までさんざんマリスの増殖装置を作られた怒りが溜まっていたのだろう。
少女は凄まじい勢いで魔法を連発する。
まず氷の矢。
放ち終えたら雷撃の鞭。
最後に止めは、極大の火炎弾。
その全てが一斉に男に殺到する。
完全に本気の少女の魔法。
三色の魔法の刃が男に殺到する。
だが男は相変らず微動だにしない。
「最小の運用で……最大の効用……!! 術力はな……っ! 効率的に利用されるべきものなのだ!その術力ならより多くの奇跡を起こせるものと悟り謙虚になれ!」
男の表情に宿った怒気が鬼気迫るものとなる。明らかに苛立っている。
凄まじい炸裂音も何もなかった。
放ったときの音しか僕は聞いていない。
渾身の力で放った彼女の攻撃は、一瞬ですべて相殺されたのだ。
まったく通じない。
舞の魔法は、通用しない。
「そんな……」
僕は唖然とした。
「話にならない……!ストレスの溜まる術技の利用だ!」
先ほどから男の米神に血管が浮出ている。
苦もなく回避できるはずの舞の魔法に、異常なまでに憎悪に満ちた表情をこの男は見せる。
そうして男は少女を一瞥する。
舞は呪いにかかった。
声もなくあっけなく倒れた。
「ぐっ……!」
失神するように倒れた舞が苦悶の声を上げた。
「舞!」
叫ぶが僕にはどうすることもできない。
男が舞に向かって歩んでいく。
体が動かない。
男の魔法は舞のように手から火炎を放ったりとかそんなものじゃない。
意思表示。意識するだけ。
それだけで魔法が使える。
次元が違いすぎる。
これがプロとアマの差……圧倒的な差であった。
意識するだけで相手を一撃でこん睡状態に追い込む。
こんな悪魔めいた奴とどう戦えというんだ?
僕は別に呪いにかかっていないのにまったく恐怖で動けなかった。
「やっと落ち着いたか……」
男は倒れ伏す少女と、恐怖で竦んでいる僕に語り掛けるように話し始めた。
「君たちは魔法の存在を信じている。うち一方は魔法を存分に使える存在だ。どうだ?私と契約しようではないか。みなで魔法を世界に知らしめよう。術士である我々とさらなる文明を築き上げよう」
その契約は、まさに悪魔との契約のようなおぞましい響きがあった。
契約を迫る魔人はさらに倒れ付す舞に対して言葉を続ける。
「しないのなら、君には死んでもらう。七川舞君。わかっているように君には死の呪術をかけさせてもらった。今から呪術の内容をもう一度説明してやろう。呪術は告知により効果が発揮されるのだ。既に意識には告知されたと思うがね」
そして男が僕にも分かるように呪術の告知をはじめる。
効果はそのものずばり「呪いをかけた相手は必ず死ぬ」こと。
一方的に意思表示のみで殺すという――個人への攻撃を究極に分解した効果。
「世界中から集めたマリス(悪意)を君に呪術としてかけた。解除するには同じ術力で相殺するか、私と解除契約すること。残された期間は一週間だ。死ぬ前には盛大な苦悶がまっているぞ」
一週間。それまでに男のかけた呪術と同じだけの魔力を集めなければ舞は死んでしまう。男の告知に僕は戦慄した。
「君はどれだけの人に想われている?どれだけこの圧倒的な悪意より多く生きていて欲しいと望まれている?ところでアイドルを目指しているんだったな君は。こんなところで才能を潰すのは私としても気の毒だ――どうだ私と契約して専属の魔法少女にでもならないか?」
舞の目が敵意をむき出しにする。
男はそれを拒否の意思と読んだのかさらに語り続ける。
「私としてもだ。こんな呪術にせっかくの術力を扱うよりも、世界が満足する魔法を見せたいのだよ。言っちゃ悪いが時間をかけていられなくてな、長居すればするほど術力を消耗するのだ。私は術力でこの世に現界する身だからな。投資した分以上の術力を消費するとなれば現存する意味がない」
男は語り続ける。自らの弱点まで語り出すところから相当な余裕が伺えた。
「だからこそ君らとこうして直接交渉にきたのだ。君が私に賛同してくれるならこの呪術は解除しよう。そうして君らが私の紹介する魔術を使い広めるのだ。そのほうが双方にも利益だ。それはもうマジックのように世界を変――」
「さっきからふざけたこと言ってるんじゃないよ!」
少女が叫んだ。
呪術により一度昏睡され、死の呪いをかけられた舞が立ち上がる。
初めて聞く怒声。
普段穏やかな彼女からは見たこともない剣幕だった。
「ほう……思いのほか力を持っているのか、昏睡加減を間違えたか……」
「私は見たくない!マリスが満たされた世界なんて!」
呪術による昏睡から抜け出した舞が再び魔法を放つ。
雷撃。
男は避けようともしない。
「人の悪意が人を死に追いやるのを!私はもう見たくない!!」
舞の雷撃はとても鮮やかだった。魔法は人の心を反映するものだと思う。
ならばこの男の操る魔法はどれだけ怨念にまみれたものだろう。
「その想いを無駄にするな!!」
一喝しただけでかき消される。
勝負にならない。
「うっ……」
なすすべもなく舞が立ち尽くす。
「イラつくやろうだ……」
男の態度が豹変する。
「うっ……うごか……!」
男が呪術をまた放ったのだ。
男が少女に近づく。そして無抵抗の舞の腹部を殴った。
「ぐっ……!」
殴られた腹部を押さえ込んで少女が膝をつく。
「一週間だ。一週間後に死ね!なんなら今すぐ殺してやってもいいんだぞ?」
先ほどまでの紳士的な口調から一転して狂人のような形相を浮かべる。
そうだ、この男は舞の魔法を見るときいつも何か殺気を放っていた。
そりゃあ攻撃されてるんだから怒るのは当たり前だ。
だがこの男の憎悪は異常だ。
「あぐっ……!」
うずくまる舞に男の蹴りが埋め込まれる。
「術力が足りないんだよ俺には術力が!てめぇどんだけ俺に無駄に術力使わせてんだよコラ! 相殺するのタダじゃねぇんだよ、学校でならってねぇ天然ちゃんはこれだからいいよなチマチマ小言言われなくて育ってて!! 無駄なんだよマリスが術力がっっ!!」
無抵抗な少女に男は容赦のない罵倒と攻撃を加える。
「ネットって悪意広めるのに便利だから使ってやったがまだ10数匹しか自殺に追い込んでねぇ!時間かけりゃマリス集まるけどそんなチマチマ集めるのダリィし赤字になんだよ!てめぇが魔法少女でデビューして一発派手に魔法を披露すりゃめでたしめでたしでお話が終わるだろうが!」
「ぐっ……ぇ……っ」
何度も何度も舞を蹴り続ける。腹部や頭や足を滅多打ちにする。
狂人のごとき振る舞いを男は続ける。
舞を助けなきゃいけないのに、僕ときたら恐怖で足がすくんだままだ。
「マリスを操る術技なんて俺のオリジナルじゃねぇんだよ!俺みたいな才能のない術士は他人の売り物の術技を紹介するしか生きていけねぇんだ!誰でもできんだよこんなもん誰でも……!!俺だけの術技があればそれで稼いで今すぐでも世界中の人間を殺してまわりてぇんだ!!契約だ、さっさと俺と契約しろ、契約取って稼がなきゃ俺は食っていけネェんだ!人救ってんだったっけかぁ?人を救おうとするなら儲けさせて俺から救えやボケが!」
「がっ……!」
舞が血を吐いた。
――このままじゃ舞が死ぬ!
ようやく体が動いた。男に向かって駆け出す。
男は少女の胸倉を掴み上げてなおもわめき散らす。
「裁判の証拠がいらなくなるんだよ。こんな便利な社会があるか?なぁ?お前らガキにはわかんねぇだろうが大人の世界は訴訟があってな、いついっても傍聴できるくらい争いあってな、裁判なったら証拠がいるんだよ。そのとき契約という呪術があれば印だけで裁判所は契約関係を認める!つーか裁判所すらいらねぇ!呪術だから強制できる!そうしたら紛争はすぐ解決するんだ!チャチな炎なんて御伽の魔法はいらねぇんだよ、経済や法律の世界にこそ術技は必要なんだ。世界中の民事や決済を一瞬で解決する便利な存在なんだ!争いが減るんだよ!世界が求めてねぇもんばっかポンポン手のひらから出してんじゃねぇ!」
ぼくは一直線に男に向けて駆け出す。
その中でこの男への皮肉的なキャッチフレーズが僕の頭に浮かんだ。
――悪意を操る術士は、むしろ人の悪意にあてられて狂った。
舞の体を地面にたたきつける。そして再び殴る蹴るを男は繰り返す。
「てめぇのような魔女っ子気取りの天然の才能のあるアイドルのクソガキに!俺のように何年も苦労して資格とって術士になった本物の俺が負けるわけがねぇんだよ!!!クソが、才能ありやがって!なんで神様はこんなガキに才能与えるんだ?俺よりはるかに術技の才能あるじゃねぇか!見るだけでウゼェよこんなガキ!死ね!死ね!死ねやクソガキが!!」
「やめろ!!」
ようやく、ぼくは舞への暴行をやめない男を突き飛ばした。
初めて一撃が通ったことになる。
これは『正当防衛』だ。その法的な効果は他人を助ける際にも適用されるはずだ。
突き飛ばされた男は呆然と僕を見上げた後。
「……まぁ、あと一週間の命だ」
急に落ち着き払ったように男は立ち上がる。
「それまで考えておきたまえ」
そうして。
男の姿は何事もなかったかのように消え去った。
「舞!」
僕は男に蹴られ続けてボロボロになっている舞に駆け寄った。
「しっかりしろ!」
舞はぐったりしている。意識がなかった。
体に異常に曲がっている部分が何箇所かあった。
出血もしている。
たしか近くに病院があったはず――救急車を呼ぶよりも早くつく。
僕は舞を後ろに抱いて病院へ走った。
(続)