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2.世界がマリスで満たされる

 男の部屋は薄汚くぼろぼろだった。

 だがいたるところにディスプレイがあった。

 そのうちのディスプレイの一つが異常を示した。

 マリスの自動増殖システムを一機潰された。

 またか、と男は舌を鳴らす。

 この世界にはまだ魔法は浸透していない。

 それはこの世界の文明のレベルを見れば分かる。

 だが魔法を扱える存在がいる。

 同業者というわけではない。同業者であるならば、術士であることを公証する『印』があるはずだから。

『印』を持たない術士なのは、術士としての欠格である『魔人』認定を受けて潜んでいるものか、たまに天然でいる魔法使いくらいだ。

 どちらにしろ始末しても協定違反ではない。印なき術者は人ではないのだ。法的にも生物学的にも。

 それが術士。ヒトという種族から進化した選ばれし者。

 よってヒトでないものを処分しても『殺人』ではない。なによりこの世界に自分たちの世界の法は及ばない。

 ――少し、どの程度か見てみるか。

 プログラミングは術士の基礎でありすべてだ。

 どういう風に術を構成し、言語を綴るか。

 大規模な結界も簡単な魔術もプログラミングなのだ。

 プログラミングによって術技が構成される。

 術士とはプログラマーであり、それを生業とするもの。

 すばやいタッチタイピングでディスプレイに文字が埋められていく。

 すぐさまディスプレイに少女の姿と名前、生年月日に至るまで表示される。

 ――まだガキか。印はない。

 男にとってマリスの発生源が潰されても害など何もない。ただ手間が少し増えるだけ。

 だがマリスの発生源を潰せるほどの力を持つ術者を放っておくわけにもいかない。

 ――こいつが終わった後でじっくり遊んでやる。

 男はある一人の人間に夢中になっていた。

 ――やはり実況が一番面白い

 キーを打つ音が激しくなる。

 ――死ね、死ね、死ね

 指先から感じる死の実感。ただキーをたたくだけで人を殺せる全能的な快感。

 男は恍惚とした表情で夢中でキーをたたいた。まるで楽器のように。

 呪いの文章は人を焼き、殺すのだ。



§


 ――さぁ次の生贄はお前らだ。

 男の目は赤く爛々としていた。この世のものと別次元の魔人の眼。

 キーボードが、人殺しの音楽を奏ではじめた。


§


 ――シネ、シネ

 カタカタとキーボードが鳴る。

 ――悪意こそ人の総意。お前らに居場所はない。消えろ。ミスをしたな、馬鹿が。みな喜べ、お待ちかねだったろう。こっちも待っていた。

 男の部屋のおびただしいディスプレイのすべてが。

 一人の少女と少年を映し出していた。

 ――みんな一つになれ。一丸となれ、孤独に飢えた人間たちが、みんながひとつになれるのだ。この安心と幸福を孤独な人間たちに見せ付けてやれ。

 この世には悪意が蔓延している。

 学校でも職場でもどこにでも。

 ――見えるか、マリスが。

 少年はマリスを目視し、消滅させることが少しはできるようになったようだ。

 すべて監視されている。

 ディスプレイには彼らの姿が24時間映し出され続ける。

 少年たちを監視し続けて半年。

「マリスの量が多すぎる……!それにこの自動で増殖させようとする奴はなんなの……?」

 退治に赴く少女は悲鳴に近い呟きをもらした。

 ――その苦悶の表情をよく見せろ。もっと詳細に、もっと高密度にだ……!!嗚呼人間の奏でる悲鳴こそ最高の吹奏楽器――!!

 男のキーボードの指が止まらない。

 カタカタと、キーボードは、ただ無常に、一定に、音を鳴らし続ける。

 ――より高音質でなければならん……少女の悲鳴というのは……この世の何よりも美しい音色!余すところなく集音せよ……!周波の限界までその息遣いを!その歌声あえぎは……最高の鮮度で保存されねばならん!!

 消しても消してもマリスの増殖はとまらない。

 あれからマリスは等比級数的に増殖していった。

 異常なスピードで増殖する悪意。

 明らかに誰かが人工的に増やしている。

 少女たちはそれに気づいている。

 だがどうすることもできない。

 それがこの男にはとても愉快だった。

 今まで親しくしてくれた人々はみな余所余所しくなり、無視や仲間はずれにされるようになった。

 少しのミスで人格まで否定される。

 ――もっとよくみせろ少年、その絶望を……色のない憎悪に満ちた世界を瞳に映せ。最高の彩度で記憶しておこう。

「マリスがこんなところまで……」

 あれから修練を積んだのだろう。マリスを目視し、或る程度は消去できるようになった少年は――眼の前の自分たちに向けられたおびただしいマリスに絶望していた。

 ――見えるか少年? 人の悪意が

「!」

 少年が振り返る。

 ――いかんいかん、干渉してはいかん。まだ頃合ではない、まだ……

 まだ観客であらねば。

 もはや少年と少女に味方は誰もいない。

 現実に絶望する少年少女たち。

 その構図は男の美的感覚を満たした。

  ――いいぞ美しい……美しすぎる!互いが互いを支えあい、寄りすがり、震え、怯え、ただ恐怖が過ぎ去るのを待っている子羊たち。もっと嗜虐めでてやりたくなる……!丁重に……丁重に扱おう。

 男の指が走る。そのたびに悲痛な声が部屋にこだました。

 そのたびに男の表情は恍惚となった。


(続)

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