1.魔法少女は悪意(マリス)を退治する
カタカタとキーボードが打ち鳴らされる音が狭い部屋に響く。
大量のディスプレイにサイトが映し出される。内容は学校裏サイト、自殺サイトといったもの。
そして一番多いのがネット上で大量の罵倒や暴言が繰り広げられる『炎上』。その現象がこの男の数多のディスプレイからは確認できた。
だがその数が異常だった。ところかしこのサイトがちょっとしたことで『炎上』しているのだ。あらゆる言語で紡がれる匿名での悪意の誹謗中傷。
――自動でスクリプトも組んでいるがやはり生の声が一番悪意を強化しやすい。
大量に書き込まれる悪意ある文章。
悪意。それこそが力の源。
術技はどこかから力を得なければ世界に表現できない。
できることは違わない。ただどこから力を得るか、だ。
悪意はまとめられ、コピーされ次々と広まっていく。
そして総意を形成し、揺るぎないものとなる。
善意などよりはるかに速いスピードで。
――この世よ、悪意で満ち溢れろ。
男のキーを打つ速度が早くなる。
――悪意こそ人の本質。隣人を疑え、常に弱点を探しあい責め続けろ。
大量に悪意ある言葉が打ち込まれる。
――幸福のパイを奪い合え。さぁ不幸の蜜を集め続けろ働きバチども。
人の想いは力になる。
それが集まれば奇跡が起こる。
§
僕はマンションから飛んだ。
遺書なんて書いていない。
突然死にたくなる衝動にかられて自ら命を絶つことにした。
理由は、将来に夢も希望もなかったから。
才能のない自分は働くにしてもたいしたこともできず、ただ飯くって生きていくだけの人生しか送れないだろう。
その達観が頭を支配した。
誰からも必要とされない。いてもいなくてもどうでもよい存在。
世界から色彩が失われていく。
『どうせ死ぬのなら早い方がいい』
14階マンションの屋上から飛び降りたが、10階くらいでもっと安らかに死ねる方法をネットで検索しとけばよかったと思った。
死ぬ前に願うことは自分を軽視した人間や社会への憎悪。ついで死ぬ羽目になった憤りでいっぱいになる。
世の中の人間がみんな憎みあって苦しんで死ねばいいのに――
6階目くらいまで落ちて墜落する僕を誰かが抱きとめた。
そのまま二人で地面に落ち――
そして、着地成功。
「ふーー危ない危ない」
唖然としている僕の背中から女の子の声が聞こえた。
「危なかったね。でも助かってよかったよ」
声が出ない。
ぼくはショックで放心状態になっていた。
「どうしたの?具合悪い?」
「……あ」
やっと息ができたような感じで喉から声が出た。
「な、なんで……」
「どうしたの?」
少女が僕の顔を覗き込んでくる。
心臓がバクバクしている。
さっき飛び降りたんだから当たり前だ。
「なんで生きてるの……?」
14階のマンションから飛び降りたのだ。
無事ではすまない。
なのにこの少女は6階あたりで僕を抱きとめてそのまま着地したのだ。
人間業ではない。
「私が助けたからだよ?」
「わかってるよ!!」
あっけらかんとした少女の態度。
僕は恩人に向かって怒声を発してしまった。
「この高さから落ちて!なんで生きていられるんだ!?」
「あー、それはねー、うーん、あんまり言いたくないんだけどなぁ~」
少女はうーんうーんと唸りながら考え込む。
「私ね、魔法が使えるんだ」
魔法が使える?
馬鹿な。この科学万能の時代に魔法なんて……
だが現実にこの少女は魔法じみたことをやってのけた。
「あんまり人には魔法を見せられないの。信じないでいいよ。マリスも強くなってしまうからね……」
「マリス?」
「人の悪意の結晶。それが特定の個人に一斉に襲い掛かるの。自殺する人はこれに取り付かれるのが多いの」
そういえば、僕は突然死にたくなった。
「マリスは人の想いの産物。この世界に魔法の存在が信じられれば信じられるほど強くなってしまう。だから――」
少女は少し目を伏せた。
「君の記憶を消させてもらうね」
「ちょ、ちょっとまってよ!!」
僕は異様に慌てた。
「そんなことできるなんてすごいじゃないか!いったいどうやったのさ!?」
「うーん、どう説明したらいいのかなぁ」
女の子が悩んでいる。
「アニメとか漫画とかでよくあるじゃん、『魔法』って奴。私が使うのはそれなの」
魔法。
そんな非科学的なものがこの世に存在するのか。
「あー!その顔は信じてないって顔だね!」
「いや、信じるしかないけど!だって魔法だよ!?そんなの僕はじめてみるからさ……」
「初体験はどうだった?」
「……すごかった」
それから。
しばらくその少女と一緒にいた。
いろんなことを話した。
名前は七川舞。
聞けば歌って踊れる魔法少女アイドルを目指しているという。
実際にアイドルとしても活動中らしい。
近々曲を出してデビューするらしい。
魔法の力の源はファンの数。
僕を助けたのはマリスを追っていて、そのマリスが僕に感染したからなのだそうだ。
僕はすごいと思った。
世界に色彩が戻ってきたようだった。
「やっぱり記憶は消さないで欲しい」
別れ際に僕は言った。
「それでお願いがあるんだ」
「何?」
「僕にも教えてほしい。その魔法を!」
僕は土下座する勢いで頼み込んだ。
「えー?確かにマリス増えまくってるから人手が欲しいって言ったら欲しいけど……」
「頼むよ!僕も魔法が使えるようになりたいんだ!」
こんなに胸がときめいたのはいつ以来だろう?
何の希望もない人生だった。
ところが魔法なんてとんでもない技術を見せ付けられた。
この技術を身につけられたら僕は世界に先んじることができる。
そう――
いずれ魔法がこの世界から発見されたときに。
僕はなんてエゴイストなんだろう。
少女は魔法を広めたくないといっている。
だけど僕はこの技術をひろめるべきものだと思っている。
事業を立ち上げて金儲けもできる。世界征服だってできかねない。
そんなことはこの少女と敵対しそうだからやらないけれども、自分だけの力で堂々と生きていくことが出来る。
僕は『希望』を手にいれたのだ。それは自分だけのオリジナルのコンテンツ。
「わかったよ。じゃあ一緒にがんばろ」
舞が手を差し出す。
僕はがっちりと手を結んだ。
僕は魔法使いになる。技術を得て独り立ちするんだ――
(続)