隣を歩く
ラストです。
とりあえずこれで前半戦終了です。
・・・ではどうぞ。
各教室を見て回っていると、朋花の叫ぶ声が聞こえた。
あそこは美術室か。
慌てて駆け寄りドアを開けると、三人の女の子と頭を抱えてうずくまる朋花の姿が目に入った。
「朋花っ!」
急いで駆け寄り三人を睨み付けると、感情に任せて怒鳴りつけた。
「お前等、一体何をした?」
「・・・何もしてないよ、ただ為井くんと仲がいいから、それを少し・・・。」
三人は口々にそんな事を言い、小刻みに首を横に振る。
「余計なお世話だ。」
嫌な想像は見事に当たってしまった。
「石川さん気分悪いって、勝手にしゃがんだだけだし・・・」
彼女の言う通り、朋花は青い顔をして汗だくになっている。
「だけど・・・。」
「まだ何か言い訳があんのか!?」
再び機嫌悪く怒鳴ると、何かを言おうとしていたやつは口をつぐんだ。
「・・・俺も朋花も、もちろん聡太にも迷惑だから止めてくれ。」
呼吸を整え、少し心を落ち着かせてお願いしたつもりなのだが返事は無く、妙に目配せしあって、居心地悪そうにしているばかりだ。
苛つくやつらをもう一度睨み、でも、できるだけ静かに・・・怒鳴らないように気をつけて声を出した。
「今度こういう事があれば・・・次は聡太に言うぞ?」
これは必殺技だ。
好きなやり方じゃないが、有効なのは知ってる。好きな相手にに悪い印象で覚えられるのは嫌な事だろう。もちろんこいつらもそうらしく、三人は再び口々に責任転嫁の言葉をほざきながら慌てて部屋から出て行った。
「朋花、大丈夫か?」
一呼吸置いて朋花に声をかけると、頭を横に振る。逃げていった三人と間に合わなかった自分に再び腹を立てていると、下から弱々しい声がした。
「・・・許可無く抱きつくな、バカ。」
そう言われて初めて抱きかかえている事に気付き、慌てて離れた。
「・・・あ、あぁ、悪ぃ、咄嗟の事で、つい・・・。」
・・・少し名残惜しい気がして腕に残る感触を思い出していると、朋花は・・・おそらく涙を拭いて顔を上げた。涙目の疲れたような青い顔をしていたが、それでも笑おうとしていた。
「私は大丈夫だ、嫌な記憶とリンクしただけだから、もう平気・・・。」
気丈にそう言って、立ち上がりスカートを払った。
「悪かった。」
「何が?」
「聡太絡みで絡まれただろ?」
「それで何で、航が謝るの?」
「・・・前にもあったんだ、こういう事。」
顔を洗おうとしている朋花に、俺はその時の話を簡単に・・・朋花からの相槌が特に無かったので水音をBGNに独り言のように語った。
「聡太・・・それで人とあんまり関わらなくなっちゃった時あってさ、・・・別に聡太のせいってわけじゃねーのに、それに、今だに人と距離取ってるしな、だから、俺が睨みきかせてたんだが・・・結局、間に合わなかった。」
蛇口を捻る金属の軋む音がして、水音が止まる。
「バカだな、ああいうのは陰でやるものだぞ?」
そう言って手についた雫を払い、ハンカチで顔を拭き始めた。
「私もこの事話してないし、逆によく気付いて駆けつけてくれたって。航・・・本当スゴイと思うよ。」
「いや、だけど俺が朋花に声かけて・・・。」
雫のついた髪の毛の向こうに、さっきまでハンカチで隠れていた顔が再び現れ、目が合うと、
「ありがとう。」
朋花はそう言ってにっこりと笑った。
結局は俺が巻き込んだんだとか、ずっと嫌な視線が向けられたから予感はあったとか、色々言いたい事があったのに、朋花の言葉で、笑顔で・・・そのすべて無意味なような気がして、言葉は続かなかった。
「航は見かけによらず、いいやつだな。」
「・・・見かけって、何だよ。」
あー心臓がドキドキする。笑顔向けられただけなのに・・・
「複雑じゃないか? お姉さんを好きな相手守るのって?」
・・・なに? そっち? 俺のぬか喜びなのか?
少しガッカリしたのを気付かれないように・・・深呼吸をして気を取り直した。
「知ってんのか?」
「朝に一度話してるとこ見た。あれは分かりやすいね。」
「だろう?」
一度見かけたくらいでばれるようなものが、どうして当人に伝わらないのかさっぱり分からない。聡太と同じように毎朝楽しみにしてるみたいだし、傍から見ていても脈が無いとは思えないのだが、ねーちゃんは昔から変わらない。鈍いにも程がある、実はわかっててそのままって事は・・・いや、それは無いな。あのねーちゃんがそんな器用な真似ができるわけが無い。
「で、弟としてはいいのか?」
濡れたハンカチを畳みながら朋花は向きを変え、俺に視線を向けてきた。からかいと好奇心の含まれたそれに、諦めの心境で溜息をこぼした。元気になってくれたのはうれしいけど・・・いきなりそんな事を聞いてくれるか?
・・・無理だな。
惚れた弱みだよなー、あの目には勝てそうに無い。
「・・・正直な所は複雑な気分だけど、聡太は親友だし、もうずーっと飽きずにねーちゃんの事好きなの知ってるからな。・・・まぁ、どこの誰だか知らないやつよりはいいんじゃね?」
と、毎回そう自分に言い聞かせている。
・・・本当に俺、何話してんだ? 何真面目にそんな事考えてるんだって、どうせ笑うんだろうな・・・そう思っていたんだが、答えは違った。
「・・・すごいな。」
目を丸くして、本気で驚いていた。
「私ならどうだろうって、さっき真面目に考えてみたらさ・・・無理かもしれないってとこに行き着いて、ビックリした。」
朋花も自分ならという事を考えてみたと言う。しかし、その自分の出した答えに不満なのか、認めたくないのか分からないが、面白く無さそうにしている。
「無理って・・・こないだ蹴り倒した、あのジャージの人だろ?」
「あんまり言わないでよ、私も驚いてるんだから。」
あれだけの事をしておいて・・・いや、あれだけの事ができてしまう兄弟愛ってとこだろうか? 屈折した愛情表現に思わず苦笑が漏れる。
「・・・じゃぁ、未来の義兄上のとこに戻ろうか?」
一瞬眉を顰めた朋花は意地悪く言うと、濡れたハンカチを再び広げてヒラヒラとさせながら歩き出した。
義兄って・・・
「・・・あー、そうはっきり言われると抵抗あんだけど?」
「覚悟決めてるんじゃないのか?」
これは笑った分の仕返しのつもりなんだろうか? 一層意地の悪い笑みを浮かべて振り返り足を止めた。
「そこまではしてない、心積もりだけだ!」
俺、早まった事したかな・・・一瞬そんな事を考えて朋花の後を追いかけ、隣に並ぶと朋花も再び足を動かし始めた。
「くっついたらくっついたで、きっともっと複雑な気分になりそうだね。」
「・・・あのさ、朋花・・・そういうのは、まだ考えたくないから止めてくんない?」
わざわざ逆撫でする事を言って、俺の様子を見ながら笑い声をあげていた朋花がふいに黙り真面目な顔を向けた。
「あ、まさか出て来るのが遅いのって、二人の時間を作ってあげてるから?」
「・・・んぁ、な、何の事だ?」
そんな事に気付くなよ、恥ずかしいじゃないか。
「航はいいヤツだなー。」
でも、やっぱり嫌いにはなれないよなー。と、肘で脇腹を突付かれながら向けられた笑顔くらいで思い直している俺がいて、何て単純な男だと苦笑するしか無かった。
「ねぇ朋ちゃんごめん。もしかしたら迷惑・・・かけたよね?」
航と家の前で別れて間もなく、聡太くんは私にそう言った。
「何が?」
隣を見ると申し訳ないといった顔をして立ち止まっていた。航がいる時にはまったく触れる事なく、いつも通りに私と航への突っ込みでここまで来てしまったのだが・・・。
「航と戻ってきた時、少し様子が変だったし、探しに行った航も・・・ね、」
航はコッソリやってるつもりみたいだったけど、バレてるみたいだよ? 聡太くんは聡太くんでその航を気遣い、二人になった今を見計らって謝っているって事だろう。
「でも、僕どうしたらいいのか分かんなくって・・・」
で、人と関わりを持たないように、篭っちゃうのか。だから、放っておけない航が頑張っちゃうんだな・・・。
まったく、この二人は面白い関係だ。
「気にしない、気にしない、聡太くんは堂々としてればいいんだよ。」
弱気な聡太くんに、元気を分けてあげるようなつもりで力一杯言い切った。今の私は航の気持ちがよく分かる。
「・・・そ、そうかな?」
「そう! 周りが勝手にやってるだけ。」
だって本当に聡太くんは関係無いからさ。
「でも、巻き込まれる人は?」
もう、しぶといな。
「だったら・・・いい解決法があるよ?」
「何?」
意味深に言った言葉に、興味を示した聡太くんを手招きして耳打ちした。
「特定の相手がいないから、周りが勝手に盛り上がるんだよ。」
「・・・そんな事言われてもさ、」
「だからー、さっさと航のお姉さんと付き合っちゃえって事。」
「はぁっ!? いや、だって、ほら葵姉は年上だし、僕なんか・・・って言うか何で朋ちゃん知ってんの?」
途端に顔を赤くした聡太くんは、取り乱して支離滅裂の混乱状態に陥った。
ごめん、航。
複雑なのは重々承知だけど、やっぱりこれが一番の解決法だと思う。
この聡太くんがすぐに動くとは思えないけど、その時は覚悟してもらうよ?
最後まで読んで頂きありがとうございました。
もともと転校してきたという設定が何となくあったので、
その転校の理由を考えた時、真っ先に思いついたのが「いじめ」
でも、朋花の性格上本人がやられても、逃げはしないだろう。
という事で、こうなりました。
また重いなぁ・・・と、少し躊躇もありましたが、秋くらいには出来てた設定なので、
そこまで深く考えてませんでした(オイ)
しかも、羽海野チカ先生の「3月のライオン」が同じ設定で話が進行し始め・・・
ヤングアニマル読むたびに、うわっ、どうしよう!? って本気で思いました。
だから、パクったわけじゃないです!!(ここ重要)
もちろん朋花の台詞はかなり私の本音。
後半戦・・・頑張ります。
今の所の仮タイトルは、「逆転劇。」です。
-追記- (2011.05.07)
えーと、BGNがBGMでは? というご指摘を頂いたので書いておこうかなと思いまして。
BGNで正解です。
バック・グラウンド・ミュージックではなく、
バック・グラウンド・ノイズです。