苛立ちの理由
3話目です。
・・・ではどうぞ。
なんだか面白くない。朋花は聡太に笑いかけた。告白したのは俺だってのに、それは笑われた。
ベッドに転がって雑誌を捲っていたが、頭の中では今日の帰りの事を考えていた。
・・・ったく、また聡太かよ?
「あぁ、くそっ、」
思わずガンと壁を殴ったが、当たり方が悪く結構痛かった。だが、そのおかげで少し冷静になれた。
まぁ保留なだけまだマシなんだろう・・・どうせ聡太は興味を示すわけがないんだ。それに家が近所だってのは、願っても無い幸運だった。あぁそうだ、運がいい。
そう自分に言い聞かせながら向きを変え、仰向けになって目を閉じると、突然乱暴にドアが開き俺は飛び起きた。
「航、何で急に壁叩くのよ!? びっくりしたじゃない!!」
うわっ、鬼が来たっ! びっくりって、俺だって今十分驚かされたよ・・・だけど、そんな事を言った日にはどんな目に遭うか分かったもんじゃない。
「あっ、ねーちゃんゴメン、ちょいイライラしてたから・・・」
「あんたのイライラで私まで苛つかせないでよ。」
そんな言い訳は一切通じず・・・つかつかと近付いて来たねーちゃんは、俺の襟首を掴み体重をかけて俺をもう一度布団に転がすと、喉元を押さえつけたまま寒気のする視線を落としてきた。
「壁なんかに当たっても何にもならないでしょ? それよりもっとマシな方へ向けなさいよ。元凶に返すとかさ、」
ねーちゃんは、目には目を、歯に歯を実践してくる性格だ。やられたらやり返す・・・けど、壁叩いたぐらいでこれかよ? しかも、長く伸びた髪が顔に当たってくすぐったい。笑うに笑えず、逃げられもせず、もう勘弁して下さい!!
「はい、お姉様そうします・・・。」
当然、柳のように逆らわずそう答えて難を逃れたが、このイライラの原因が聡太にあると言ったら、ねーちゃんはどんな反応を見せるんだろう? まぁ、いずれにせよ被害に遭うのは間違い無く俺なので、試す気にはなれないんだが。
・・・まったく、何で聡太はこんなのがいいんだか・・・俺にはさっぱり分からない。
ヘッドホンで音楽を聞きながらベッドの上で音楽雑誌を広げていたら、部屋の空気が動くのを感じた。雑誌から目を外して入り口の方を見ると、バカみたいに嬉しそうな顔をした兄貴が見えた。
「何か用?」
リモコンの一時停止のボタンを押してヘッドホンをずらしながら、兄貴を睨みつけた。
「朋花機嫌よさそうだな、外まで歌声聞こえてたぞ。」
意識していなかったけど、口ずさんでいたらしい。
「そう・・・さっきまではね、今は和樹のせいで機嫌が悪い。で、何の用なの?」
「あー、用って事の程は無いんだが・・・」
今帰ってきたばかりなのか制服姿のまま、どでかいカバンを担いだ兄貴は入り口で立ち尽くして頭を掻いている。
「じゃあ出て締めて。」
「いや、ある、用ある。」
兄貴は慌てた様子で勝手に部屋の中に入ってドアを締めた。
『出て』を強調したのだが、出て行ってはくれなかった。
「何?」
諦めて、改めてそう聞いてみたが、どうせ言いそうな事は分かっている。
「あー、学校どうだ? その・・・友達とかできたか?」
・・・やっぱり。
兄貴は恐る恐る・・・壊れ物に触れるように私を窺っていて、正直もう面倒くさい。以前は多少過保護ながらもここまでじゃ無かったのに・・・。
「できたよ。もう下の名前で呼ぶ仲だよ。」
「そ、そうか、よかったな。」
素直に喜ぶそんな態度も気に入らないから、私はいつも兄貴を苛める。
「うん、キレイな男の子と、いきなり告白してきた男の子だよ。」
「はぁっ!? 男だと? な、何、告白!?」
裏返りそうな声で取り乱す兄貴は期待通以上の反応で大満足だが、さすがにうるさいので部屋から蹴り出した。
「朋花、返事は? 返事は何て返したんだ!?」
まだ廊下で何か騒いでるが、私は気にせずヘッドホンをはめ直してリモコンの再生ボタンを押した。
朝、学校へ向かう川沿いの道を歩いていると、複数の足音が走り寄って来た。
「おぅ、朋花おはよう。学校まで一緒に行こうぜ。」
「・・・おはよ、う。」
息を弾ませながらも余裕の航と、挨拶が精一杯の聡太くん。こういう所も対照的なんだな。
「何? 二人は学校までジョギングしてんの?」
「おう、体力作りは大事だからな。」
「・・・違う、こいつが出て来ないからだ!」
聡太くんは苛ついた様子で航を睨むが、睨まれた方はどこ吹く風だ。
「そっか、今度から私も混ぜて。航の家に行けばいいの? 私走るの結構得意だよ。」
昨日の帰りに航の家の前を通って、そこで分かれた。特に遠回りというわけでもなく、ただその通りを選べばいいだけだ。聡太くんの家は更に近かく、よく話してみると通りを挟んだ反対側のブロックだった。
「それいいな、明日から一緒に行こう。」
「道連れを増やすな、誘うなら誘うで迷惑かけないようにさっさと出て来い! 朋ちゃんも考え直してくれると・・・」
「いい、いい、私走るのは好きだから。」
最近走って無いので少し心が弾む。前の学校では陸上部だったが、ここには半端な時期に転校する事になったので部活には入らなかった。そもそも転校自体が乗り気では無かったものの、家族の勧めに仕方なく従ったのだ。
「そうだ、帰りにうち寄ってけよ。うちの親に紹介しとくよ。」
「はっ? ・・・紹介って、私何を紹介されんの?」
きちんと返事をしてないけれど、付き合ってくれと告白してきた相手の親に紹介されるっていうのは、変に身構えてしまう。いや、本当にどういう気なのかよく分からない。
「うちのチャイム鳴らして、誰? ってのも嫌だろ?」
いや、それはどうせ最初の日に一度説明すればいいだけの気がするよ? 航の気遣いに悪い気はしないけど、その発想には疑問を感じる・・・
「聡太も来るだろ、どうせ。」
「あぁ、来いと言うならもちろん行く。」
まだ高潮した頬と整わない息の聡太くんが即座に賛成したので、今日の帰りは航の家に寄る事になった。
この時の私は、聡太くんの紅潮に別の理由がある事にまだ気付いていなかった。
「石川さん、どうして為井くん達と一緒に来たの?」
ファンの一人らしい子が、授業の間の休憩時間トイレに立った私の後を追いかけて、つまり・・・一人の時をを狙って聞いてきた。教室で三人でつるんでいた所には来なかったくせに。ちなみに彼女は大原さんではない。名札には松下と書いてある。
「家が近所だったから。・・・それが何か?」
「何かって、別に・・・。」
別にって・・・どうせこの子も、私が聡太くんの側にいるのが気に入らないって絶対思っているんだろう? でも、それをはっきり言うだけの度胸が無いのなら話しかけないで欲しい。いずれにせよ、言われた所で従う気は毛頭無いけどさ・・・友達は自分で選ぶ。
「そう、じゃあいいね。」
何か言いたげな目を向ける松下さんに、そう言ってさっさと切り上げ向きを変えた。
あぁ面倒だ、私はトイレに行きたいの。そんな時に呼び止めるな、バカっ!
さらに面倒な事に、このやりとりを何人かが同じような目で見ていた。
あーもう、本当に面倒だ!!
昼休みに俺は、いつものように雑誌を広げる朋花を誘った。
「航どしたの?」
「外で食わねーか? 天気いいし。」
「そう、いいけど。」
不思議そうな顔をしていたが、首は縦に振られた。
何となく嫌な空気の、居心地悪い教室から朋花を連れ出したった。本人はさほど気にした様子もなかったが、俺は朋花に敵意の込められた目が向けられているのがとても嫌だった。
弁当の入ったカバンを手にして、三人で廊下を歩く。
「どこ行く?」
付き合わされた形の聡太が聞いてきた。だが、連れ出すのが目的だっただけで、目的地なんか決めてない俺はパスした。
「さぁ、どこがいいかな?」
曖昧に濁すと、朋花が窓の外を指差した。
「あれ何?」
その先には組み合わされた石の塊がある。
「あぁ、あれは戦争絡みの慰霊碑だよ。」
聡太が答えた。
「へー。」
朋花と俺の声が見事に重なり、聡太の厳しい目が俺に向けられた。
「・・・航、今まで知らなかったのか?」
「おう、今知った。」
二年と半分くらいこの学校にいて、あの石の存在は当然知ってたが、あれが何かなんて興味も無いのでいつも素通りしていた。
「あのそばいい感じの芝生だね、あそこ行こう。」
朋花は何か言おうとしていた聡太を遮って笑顔を向けた。
慰霊碑と聞いて正直、いい気はしなかったが、他に案もないし、朋花が可愛かったし、あくまでも『そば』だと自分に言い聞かせ、そこに行って弁当を広げる事にした。
朋花の兄の和樹は4歳上の高3です。
でも、美晴や葵とは学校が違います。
・・・ここで補足説明はずるいか(^^;
でも、自分の中では(書いてて)いいキャラ。
シスコン最高!(違)
でも世のお兄ちゃんって、結局はこんな感じですよね?
うちのちびっ子でも、何か兄は妹に色々気を使ってるのに対して、
妹は兄に容赦無い。