喧嘩
おまけラストです。
これで本当に終了。
カラオケの後は、ファミレスに連れて行かれ、少し遅い昼食をとる事になった。
メニューを広げてあーだこーだと騒ぎ、何を食べるかが決まるのを散々待たされ、やっと注文できたところで、美晴さんが意味ありげな笑みを向けてきた。
「聡太くーん、退屈なら葵呼ぼうか?」
しかも上着から携帯を出して、今にも連絡してしまいそうだ。
「何でそうなるんですか?」
「欠伸してたから。」
「・・・振り回されて、疲れてるだけです。退屈してる暇なんかありませんよ。」
『欠伸=退屈』って思われてもな・・・流されっぱなしで、自分の立ち位置もよく分からない。いや、でもメニュー見ながら騒いでるのはいい加減にしてくれとは思ったけど。
「そう? 葵が来ればシャキーッと晴れやかな聡太くんが見れるかなって思ったんだけどな。」
・・・無愛想ですみませんね。
「家でもずーっとこんな感じで、本当に鬱陶しいんだから。」
妹まで余計な事を言ってくれる。
「そうなんだ? それはかなり迷惑だね。」
和歌奈ちゃん、そっちこそかなり失礼だよ?
「とりあえず、笑顔でいた方がいい事が寄ってくるってもんだよ? 自分は何て不幸なんだって、そんな顔してると損するよ?」
そう言う美晴さんは、何が楽しいのか基本いつも笑顔で、もちろん今もだ。そして、その話はテレビで見た事がある。
「だから美晴さんは実践してるんですか?」
僕と似てるって言うんなら、心のどこかを隠して笑顔でコーティングしているって事になる。この人の方こそ、相当暗い部分を内包してるんじゃないのか?
そんな人に偉そうに説教される謂れは無い。僕の刺々しい言い様に、妹がきつい目を向けてくるが気にするもんか。今僕は散々振り回されて迷惑してるんだ!
「そうだよ。」
・・・認めた!?
あっさりそう言われ気勢をそがれた僕は、内心の憤りのやり場に困り言葉を失った。
そのうちにお店の人が注文した料理を運んできて、テーブルに並べ始めた。
談笑の聞こえる店内で、このテーブルだけが別世界のようだ。
『食事は楽しく』と、よく聞くフレーズが頭を過ぎるが、それはぶち壊した本人の言う台詞ではない。
妹はハンバーグを頬張りながら相変わらず睨んでくるし、和歌奈ちゃんはとりあえずビビンバを食べる事に専念している。
そして美晴さんは何かを考えているらしく、少しぼんやりした様子で黙々とトマトソースのパスタを口に運んでいる。
そんな重い空気の中、僕はモソモソとドミグラスソースのオムライスをひたすら食べ続けるしか無かった。
「決めた。」
食事が終わり、料理と同時に持ってきてもらったチャイを今更のように手にして、美晴さんが急に口を開いた。
「おねぇちゃん、何を決めたの?」
和歌奈ちゃんが、皆が抱いている疑問を言葉にした。
「理佐ちゃん、ここ出たら兄貴借りてくよ?」
「・・・はぁ、どうぞご自由に。」
あの・・・僕、物扱いされてませんか?
「借りるって、どこに連れて行く気ですか?」
「まだ教えない。」
そうきっぱり言い切った美晴さんは、まったく笑ってなくて・・・
僕、怒らせたのかな、やっぱり。
ファミレスに行く前まで居たカラオケの店に再び連れて来られた。その時は四人だったが今は二人だ。
「何でまたカラオケなんですか?」
どうして好きじゃないと知ってる場所に、一日に二度も連れて来られなければならないのか? 連れて来た人がカラオケ好きならただの嫌がらせなのだが、その本人も苦手だと言うのだから意味が分からない。
「二人とも苦手なものだからだ。」
美晴さんはそう言って分厚い冊子を捲りだした。本当に意味が分からない。
「順位の高い方が勝ち、5曲までの勝負でどうだ!?」
「・・・は? どういう事ですかそれ?」
勝ちって何? 今一体、何の勝負をふっかけられてるんだ?
「聡太くんを本気にさせる。私の勝ちなら、聡太くんの代わりに私が葵に言うぞ?」
おかしな流れになってきた。そもそも最初からおかしかったが、更におかしくなった。
「・・・何をですか?」
「葵が好きって事に決まってんじゃん、他に何がある?」
美晴さんは冊子に目を向けたまま平然と、いや、察しが悪いと呆れたように言った。
・・・悪魔かこの人は?
「何で今ここでそれが出てくるんですか? 何がしたいんですか? 僕には美晴さんの言ってる事がさっぱり分かりませんよ!?」
「だから、たまには必死になってみろって言ってんの、いつもいつも周りに流されて、その身を嘆いてばっかいないで、嫌なら自分で阻止してみろ! 聡太くんはお姫様か!? 守ってくれる騎士や従者がいないと自分じゃ何もできないのか!?」
「だ、誰がお姫様だってんですか?」
「ほら、口先だけじゃなくて、行動で示してみな。いつまでも安全な場所に引き篭ってないで出て来い!」
そこまで言われると、さすがの僕もムキになり・・・
「何様ですか!? あなたに言われたくありませんよ!!」
完全に美晴さんのペースに乗せられた。
僕は美晴さんを怒らせた。
兄弟げんかみたいな言い合いじゃなくて、小さい頃みたいな取っ組み合いでもなくて、カラオケで順位の高い方が勝ちっていうよく分からない方法だったけど、僕達は確実に喧嘩をしてた。途中から5曲までってルールはどこかにいって、しかも、順位の高い方がって部分も、一位取った方がっていう、後から考えたら無謀なものに取って換わられ、最後には二人とも声が枯れていた。
結局どちらも一位は取れず、疲労感と悔しさを残したまま時間切れを向かえた。
雄々しいクラシックの曲が鳴り響き、「どこで何してんの? 何時だと思ってんの?」って、和歌奈ちゃんからお叱りの電話が美晴さんに入ったからだ。
そうでなければ、どこまで続けていただろう?
「・・・ごめん聡太くん、妹がお腹空かせてカリカリしてるから、急いで帰って作んなきゃ。」
違和感のある声で僕にそう言い、再び携帯に向かって宥めすかせていた。
確かにこの人も妹に振り回されている・・・そこは認める。
少し前まで勝手に人の事を分析して、偉そうに説教してた人が、さっきまであんなにムキになって張り合ってた人が、妹に平謝りって・・・笑うしかない光景だ。
久しぶりに腹を抱えて笑う気がする。
「確かに笑顔の方がいいとは言ったけど、私を笑えとは言ってないぞ。」
不本意そうな声に続き、携帯の閉じるカチっていう音がした。
「だ、だっておかしい・・ん、ですもん。」
喋るのも必死なくらいだ。
「・・・あぁそうですか、未だに葵に告白できない聡太くんも十分滑稽だよ。さぁ、とっとと帰ろう。」
嫌味を忘れない所が、さすがの負けず嫌いだ。
「ちょ、ちょっと待って、笑い過ぎて酸欠。」
「・・・早くする。そうじゃないとここ全額払ってもらうよ?」
待て待て、ここに何時間いた?
「そーれは違うでしょう? 予定外ばっかりで今日はいい加減散財なのに、絶対半分しか出しませんよ?」
「その意気だ。」
上着とカバンを抱え、扉に手をかけて振り返った美晴さんの顔には笑みが戻っていた。
それを見た瞬間『やられた』と感じた。掌から出られなかった斉天大聖はきっとこんな気分だったに違いない。
「・・・いちいち腹の立つ人ですね、あなたは?」
「言われたくなければ、さっさと告れ。」
わざわざ腹の立つ言い方で、そう残してさっさと部屋を出て行ってしまい、僕が遅れて出た時にはもう会計を始めていた。
「全額払ってもらうよ」なんて言ってたくせに、結局は僕が半分出すと言っても、私がつき合わせたんだと言って突っ撥ねられた・・・この辺りがこの人の枠なのだろう。
「そうだ、ついでに携帯の番号も教えて。」
美晴さんの住むマンションの下でそう軽く言われ、
「あぁ、はい。」
と、妹から教えてもらった美晴さんの携帯にワンコールした。
この時は、知られるのが嫌だとか、そんな事はまったく考えもしなかった。
ただ自然に、当たり前のように携帯を操作した。その代わり、こんな事を考えていた。
知りたいなら僕のように妹に聞いてしまえばいいのに、わざわざ直接聞くなんて律儀な人だな。この辺りもこの人の枠なんだろうか? ・・・と。
「ありがと。じゃ、また今度決着を付けよう。」
「僕はもう嫌です。」
携帯を確認してから、二回戦目を提案してきた美晴さんに、即答で断りを入れると二人で笑った。
「残念だなー。そうだ、見掛けだけじゃないって、少しは自信持てた?」
「酷い言いようですね、でもスッキリした気はしますよ。」
見掛けだけって部分には言いたい事がたくさんあるが、所詮僕の責任ではない事にあれこれ言った所でどうにもならない。でも、今日二人でムキになって大騒ぎした事で、どこか吹っ切れた感じはある。
「そっか、体を張ったかいがあったなー。」
「そんな上からな目線は癪に障るんで止めて下さい。美晴さんも子供みたいにムキになってたじゃないですか。」
そう。僕は軽く言っただけだった。
でも、その言葉のどこにスイッチがあったのか、美晴さんの顔から笑みが消えた。
「当たり前、私はまだ子供だ。」
がらりと変わったその雰囲気に気圧され、何も言う事ができなくなった。
「・・・あ、ごめん、帰らないと。和歌奈の小言が増える。」
美晴さんはしまったという顔をして、誤魔化すように無理に笑った。
それから「じゃぁ」と軽く手を振って、建物の中に消えた。
今日で余計にこの人の謎が増えたような気がする。
これは僕の推測であって、本当の所はよく分からない。
美晴さんの父親が亡くなっていない事は知ってる。そのために母親が仕事で留守がちなのも聞いている。ただ、美晴さんはそんな素振りをまったく見せないので、これまであまり気にしてなかった。
「ご飯作らなきゃ」って、当たり前のように言われた言葉は、僕にとっては当たり前ではない。
苦にしてないように見せて、でも本当の所はきっとしんどい部分がたくさんあるんだろう。それが・・・今、少しだけ見せた本音の部分で、笑顔でコーティングしてる内側なのかも知れない。
何不自由無い僕が不満ばっかじゃ、そりゃ腹が立つだろうな。
『安全な場所に引き篭ってないで出て来い』か・・・まったくだ。
そんな事をぼんやりと考えながら、僕は家まで歩いた。
そして、この日から約2週間後。
朋ちゃんから僕の隠し撮り写真を見せられ、美晴さんの悪行を知る事になる。
カラオケ代分の恩や、境遇への勝手な哀れみなど感じる必要が無かった事を知り、やっぱりあの人は信用ならない悪魔だ。
と、僕の中で美晴さんは、そう定義付けられる事になった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これで、この題の話は終わりです。
再びカラオケに行くとは、本当に以外で、
へーそうなんだ。って書きながら思った。
本当に、「自動書記」と後書きで栗本先生が書かれてたのがよく分かって、ものすごく嬉しいです。
ちなみに、聡太の考える美晴の推測は外れです。
この人がそんな事で悩んでる訳が無い。
逆に、自分が子供である事の力不足を痛感しているはずです。
えーと、次はどこでしょう?
時系列でいくなら、「求める者。」の書き直し?
でもいいかげん美晴の方も進めたい。そっちは「そう遠くない未来。」と銘打っております。
どっちが先にできるかなー?
功一くんの最終話も、もう1話途中です。
さー頑張れ私。