時期外れの転校生
「Il donc vie...」シリーズの 航と朋花のお話です。
やっと書きました・・・でも前半戦。
中3の二学期からはじまります。
全7話ですので、本日(2/25)から、7日間毎日午前10時更新ですので、
よろしくお願いいたします。
やり忘れた数学の宿題を、泣き落としで聡太に借りて今必死に写している。
普段ならそのまま放置なんだが、
「安田くん・・・君がまーったく宿題をやってくれないって、色んな先生から苦情が来てるんだけど? 明日は大丈夫よね?」
昨日の放課後の教室で、仁王立ちする担任の皆川ちゃんが白い能面のような顔で見下ろすその迫力に押され・・・いや、色んな先生からの俺に対する苦情を、一身で受け止めているのがかわいそうになって、今日こそはやってやろう! と、学校で思っていた事を、家に帰った途端にすっかり忘れ、結局いつも通りに過ごしてしまい・・・今に至るというわけだ。
後少しで終わりそうな所で、前のドアが開き皆川ちゃんが入って来た。
やべっ、早くしないと・・・。
「起立、礼、着席。」
日直の合図に不自然なほど素直に従い、座った途端にシャーペンを動かした。
あと一問っ!
「今日は、転校生を紹介します。石川さん入って。」
よっしゃ、これで終わり。
顔を上げると、不自然に髪が短く、高くも低くも無い身長の女の子が丁度教卓に着いたところだった。
ざわつく声を制して、皆川ちゃんが声を張り上げた。
「はい、静かに。・・・石川さん自己紹介してくれる?」
黒板に大きく名前を書いた後、女の子を促すと、彼女は微かに頷いて前を向いた。
「はじめまして、石川朋花です。」
まるで人事のような顔で、興味なさそうに自分の名前を言って礼儀的に頭を下げた。
初めてで緊張したりとか、より良い印象を残そうとして笑顔を向けるだとかしそうなものだが、この子は違った。『変わったやつだな』それが中3の9月、しかも初日ではなく三週以上も過ぎた中途半端な時期にやって来た転校生の第一印象だった。
「航終わったか?」
皆川ちゃんが出てった後、聡太がノートの回収に来た。
「おうっ、助かった。恩に着る。」
平身低頭で礼を述べたつもりだったんだが、
「ならやって来いよ。」
と、返したばかりのノートで頭を叩かれた。
抗議しようとして身を起こすと、何となく視線を感じた気がして、周りを見回し視線の主を探すと、さっきの転校生と目が合った。
普通こういう場合、慌てて目を逸らしたりしそうなものだが、黒目がちな大きな瞳は一向に俺から離れず・・・俺もそんな彼女から目が離す事が出来ず、結果的にじっと見詰め合う事になった。
物珍しさで集まる連中に囲まれていながら、心はさっぱりそこに無いらしい。俺とこうして目を合わせている彼女が話を聞いているとは到底思えないし、その素振りも当然見えない。だが、周りの一人に名を呼ばれてようやく視線が逸れた。逸らす寸前に彼女はフッと微笑み・・・その瞬間俺の心は鷲掴みにされた。
「何呆けてるんだ?」
聡太の声にハッとして、見上げると聡太も彼女の方を向いていた。
「石川さんがどうかしたか?」
「いや、・・・うん、俺、惚れたかも。」
「そう・・・って、はっ???」
妙な声を上げる聡太を尻目に、再び彼女の方へ視線を戻した。
HRの時は宿題に気を取られて気付いてなかったが、窓から二番目の一番後ろに机が増えていて、彼女はその席で迷惑そうな眉毛を張り付かせたまま、興味無さそうに周囲で交わされる会話を聞き流している。・・・彼女・・・そうだ、名前は?
「なぁ、あの子の名前何だっけ?」
「・・・前に書いてある。」
そういえば、皆川ちゃんが書いていたような気がする。
呆れた視線が容赦なく向けられているが、聡太はそれでも毎回きちんと答えてくれる。さすが親友、持つべきものは友だ。俺は前の黒板を見てその名前を頭に刻み込んだ。
「えーと石川朋花。・・・石川。うーん・・・朋ちゃん、違うな。」
「本気か?」
「何が?」
「いや、今惚れたって言ったろ?」
「嘘言って何になる? うん、やっぱ朋花だな。」
三度、朋花の方へ視線を向けると、聡太は何も言わずに自分の席に戻っていった。
このクラスには、きれいな顔をした男の子がいる。
色白のきれいな肌に、切れ長の目を縁取る長いまつ毛、柔らかそうな髪、立ってるだけでさまになるバランスの取れた長身・・・もちろん中学生にしてはだけど。まるで何かの話に出てくる王子様のような雰囲気がある。線が細い感じだから男らしさってのはあまり感じなくて、あ、女装させたらよく似合うかもしれない。名前は為井聡太らしい。
ファンが多いとか、何人告白したって誰にも首を縦に振ってくれないとか、いつも安田って男の子と一緒にいるとか、そんな事が聞いてもいないのに勝手に耳に入ってきた。天候初日からしばらくの間、私を珍しがって集まっていた子達が盛んに話していたからだ。
確かに彼女達が言っていたように、いつも同じ子と一緒にいる。為井くんとは対照的な、よく日に焼けたあの短髪の子が安田というヤツなんだろう。ちなみに身長は二人とも同じくらいだ。
安田くんは、ほぼ毎朝為井くんにノートやプリントを借りて、急いで写している。借りる方も進歩がないが、貸す方もよっぽどのお人好しだなって思う。
だけど、私と目が合ったまま視線を逸らさなかった安田くんの神経はなかなか面白い。正直興味をそそられた。
その二人は今、一枚の紙を挟んで対峙している。
面倒そうな顔をしている為井くんに、その肩を叩きながら笑っている安田くん。何を話しているのかは分からないが、本当に仲がいいものだ。
昼になると、為井くんはその紙をポケットに突っ込み一人で教室から出て行ってしまった。少しして安田くんも動き出して教室を出て行った。どこに行くのかと目で追うと、すぐそこの廊下で窓枠に頬杖をついて下を見下ろしている。
何を見ているのか、何となく気になり私も下を覗いてみると、幾分離れた距離だが、日当たりの悪い校舎裏に為井くんと女の子がいた。
・・・なるほど、そういう事か。
何事か話した後で・・・って、どう見ても告ってるんだろうけど、いい返事を貰えなかったらしい女の子は走り去って行き、一方、残された為井くんは右手で頭を掻いて向きを変えた。聞かされた通りの光景だ。
二人が眺めていた紙はこの呼び出しのための手紙で、それを当然知っている安田くんはこうやって上から見ていた。
もしかして安田くんは、毎回こうして覗いているんだろうか? でも何のために? いくら仲が良くても・・・ねぇ? 一応プライベートな所だろうし、親友だとしてもそこまで干渉するか? 一つ向こうの窓にいるその背中を見ていると、彼は不意に私の方を向いてニッと笑うと教室の中に入っていった。あぁ、あの様子だと好奇心からの行動かもしれない・・・とりあえず、私が彼について覗いていたのはしっかりバレていたみたいだ。頭は悪そうだが、こういう所は鋭いらしい。
しばらくして戻ってきた為井くんは、
「今日もお勤めご苦労様。」
とふざけた調子の安田くんに出迎えられ、それを一目睨んで弁当を広げた。
読んで下さってありがとうございます。
このシリーズ、時系列バラバラで、本当にすみません。
この二人の話を上げたら、以降は時系列に進むと思います。
もう、二組、三組まとめて書くので・・・(きっと)
あ、思いつきや補足の短編は・・・やりそうな気がしますが(^^;
後半戦は今ちょこちょこ書いてます。