絶望の中の閃光02 side Len
傘を強制的に手渡したが、彼女が俺を見上げようとした時、その子は突然フラッと揺れて倒れてきた。
ビックリした俺は慌ててその子を抱えて声をかけるも、あまりにも突然過ぎて、でも悪目立ちは良くないと判断し、早急にタクシーを掴まえて、自分のマンションにその子を運んだ。
「俺」に気がついての演技じゃなければいい。
自意識過剰かもしれないけど、アイドルには色々と事情がありすぎる。
俺が1人で帰宅するのを嗅ぎつけた、ファンの仕業じゃなければいいと、彼女が意識を取り戻すまでタクシーの中で祈っていたが、幸いにも彼女が倒れたのは紛れもない発熱のせいだと分かった。
最近の追っかけはたちが悪くて、某アイドル事務所のタレントたちは追っかけたちに、家まで待ち伏せされる事実だ。
どうにか何のトラブル(今の行動自体がトラブルだけど…)も無く、部屋に連れて来たは良いけれど、その子の処遇について戸惑った。
とりあえず、リビングのソファーに彼女を座らせ、洗面所から持ってきたドライヤーで、濡れた髪を気持ち休め程度に乾かすと、今度は服をどうするかに俺は迷った。
風邪を引いてるんじゃ仕方がない。
心の中でそう何度も暗誦しながら、できるだけ見ないように心掛けながら、人を着替えさせるのがこんなにも難しいとは思わずにはいられない。
そしてやっとの思いでベッドに寝かせてやると、冷水に濡らしたタオルを額に当てた。
あとは彼女が目を覚ますまで俺は辛抱ってところか……。
それから時間が過ぎて、自分の仕事を色々と消化しているうちに、彼女が寝ている寝室で音がした。
ちょうど俺は、用意しておいたボウルを部屋に持っていき、タオルを交換しようとして、部屋のドアを開けると、その前に彼女が驚いた様子で立っていた。
眠っている彼女と、起き上がって動いている彼女の雰囲気は、だいぶん違う印象を受けた。
目を開いた彼女は一般的に言う可愛い方の分類に入ると思う。
ライトは付いているといっても、安眠できる程度の暗さしかついていないから、蛍光灯の光に急に晒された目は眩しそうに歪んでいた。
「寝てなくていいのか?」
俺が言うと彼女はポカーンとしていて、聞いてない風に俺を見上げた。
「寝てなくていいのかって言ったんだけど………?」
再度言うと、彼女は我に返ったのか、急にあわてたようにポケットから携帯を取り出して何かを打ち始めた。
もしかして、友達に電話……?
それだったら不味いと険しい顔をして彼女を見ると、そうでもなさそうに打った文字を俺に見せた。
『迷惑をかけて、ごめんなさい。ビックリして、口の動きを読むのを忘れてました』
その言葉を見て瞬時に頭の中を情報が駆け巡った。
口の動きを…ということはつまり、この子は耳が聞こえないのか。
それを悟ると、俺は手に持ったボウルをサイドテーブルに持っていきその子に振りかえった。
すると、今度彼女は目を見開いて、僅かにウソと口を動かしたのが分かった。
相変わらず沈黙した部屋。
彼女の驚きがさらにそれを深める。
しかし、そんな彼女に構わず、手を伸ばしてその額に触れた。
どうやら少し眠ったくらいで熱はだいぶん引いたらしい。
寝室のドアから見えるリビングの時計を覗くと、今は午前3時。
軽く4時間は眠っただろう。
固まった彼女の手から、携帯を取り上げてクリアボタンを押して代わりに俺が文字を打っていく。
文字を打ち終わるとそれを彼女に渡して見せる。
『体はもうだるくないか?腹減ってないか?今からなんか作るから、それ食べて薬を飲んでほしい』
俺は彼女の横を通り過ぎると、キッチンに向かい冷蔵庫を開ける。
病人が食べれるようなものあったっけな?
材料を把握しながらメニューを考えていると、急に腕を後ろに引かれ後ろ振りかえさせられた。
後ろを見ればそれは彼女で、やたら焦った顔で何かを否定するように、首を横に振りながら、ジェスチャーをしているようだった。
でも俺からしてみると、病人はおとなしくしててほしかった。
力強く彼女の両肩をつかみ黙らせると、
「座ってろ」
と言って半ば強制的に彼女をソファーに座らせた。
キッチンに戻って、俺はまた冷蔵庫を開け一通り材料を出すと、思い出したように飲料庫を開け、ソファーの上に座る彼女にポカリを渡した。
不安そうに、彼女は俺を見る。
「大丈夫、これでも1人暮らしは長いから、味の保証はしてやる。好き嫌いはあるか?」
そう聞くと無いとでも言うように頭を振る彼女を見ながら、抱えてここまで来た事を考えると、あの軽さは俺が普段食べるよりもはるかに少食なんだろうと分かる。
もしかしたら体調の悪さで余り食べれないかもしれない。
うーん。
唸る俺の頭に浮かびあがったのは、いつも朝食として食べるリンゴとバナナ。
確か、牛乳はあったはずだ。
それらを手に取ると適当な大きさに切り、ミキサーを取り出してそこに牛乳を入れスイッチを入れる。
夜中だからあまり胃に負担はかけられない。
よく掻き混ざったくらいでスイッチを切りグラスにそれを流し込む。
グラスを差し出して彼女の前に立ち、口元が分かるようにして目線を合わせると彼女の不安がよく見てとれる。
「今の時間胃に負担はかけられないから、これで我慢な。これ飲んだら用意した薬飲んで寝てくれ」
そう言うと彼女はグラスを受け取りはしたが、なぜか首をまた横に振った。