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Miracle Sound 【本編】  作者: 柏田 華蓮
第2章 過去ノ虚像
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絶望の中の閃光01 side Len




 普段なら、いつものように気持ちよく生の歌番組でも「歌える自信」はあった。


 だから、余計にショックが大きかった。




『先週から引き続いて登場してもらっているLenさんと初登場IORさんです!』

『こんばんは』

『どうも。初めまして』




 それがどうだ……。




 ピンのスポットライトを浴びたあいつは、世界があいつの(とりこ)となり、すべてを食いつくした。




 まさか、と思った。

 だって、目の前には俺の知らない食わせ物がいた。






 俺がトップアイドルに君臨して来れたのは、IORという人間に出会ったお陰だ。


 J-POP界の謎を独占するIORは出す曲すべてが大HITするものの、その姿をお茶の間にさらすことは今までありえなかった。


 そんなIOR改め、芳我伊織(はが いおり)は俺と変わらない歳で、楽曲の投稿でデビューを果たしたやつだ。


 ずっとあいつはデビューしてから俺の楽曲を提供してくれて、俺のトップアイドルの地位も確立されたともいえる。





 だけど、





 初めて、その座を揺るがされるとは考えてもいなかった。


 初めてイオのテレビ出演が決定し、俺は新曲披露のために、同じ歌番組に参加した。


 ファンは今か今かとイオの歌に期待を寄せ、準備の段階からどんな声で歌うのか、息が詰まるほど待ち遠しかったんだ。



 しかし、その声を聞いて俺は絶望の淵に立たされた。


 そして、俺は、人生の中で初めて鳥肌が立つ歌を聴いた。

 体中が震えだす歌声は、俺が求めて止まないものだった。



 あいつに出来て俺に出来ない。

 こんなに悔しいことがあるなんて知る由もなかった。


 今ですら思い出せる。

 バックピアノを担当する人がアクシデントで、演奏ができなくなり、イオがお忍びで俺のバックピアノをしてくれたあの日。

 プロデューサーに言われたあの一言。


『自分の決めたバンドしか手元に置かない君が、今日突然指名されてやってきた彼とセッションをしてあんな歌声を披露するとはねえ』



 その時は、顔を隠し続けるイオのことを勘くぐってるとばかり思ってた。



 でも、実際は……

『君はIORの音だと、アイドルでなく一流の歌手になれる逸材だからねぇ』



「……俺はイオ無しじゃ音楽はやれねーってのかよっ!!」



 穏やかにイオと会話をして、奴と別れた後、俺は力一杯、自分の拳を楽屋の壁にぶつけた。


 とんでもない音が突然聞こえたものだから、マネージャーの田原さんが、あわてて部屋に飛び入ってきたのは、今思い出せば滑稽だ。


「れ、Len!?」


 田原さんは俺の顔を見る限り、今の俺の心の中の感情を見透かしているのかもしれない。



 ――悔しい。



 ただそれだけでいっぱいだった。


 イオといる時は精一杯その感情を隠したつもりだった。

 でも込み上げて来るのは羨ましさと嫉妬。



 どうして俺には「そんな声」がないんだ……。


 絶望と羨望が俺の(なか)を駆け巡る。


「はぁ」


 一つ溜め息を漏らすと、俺は壁に沿ってずるずると座り込んだ。


「なぁ、田原さん。何であいつにはあの声があるんだよ……」

「Len?」

「俺も一応歌っている人だからさ、歌には自信があったんだ。」



 だからかな……。

 歌えば人の気を引きつけられる。

 それがどんどん繰り返されて、俺の地位は不動のものに近かった。



「イオの声聴いて俺、自信なくしたっつーか、天狗の鼻をへし折られたって感じかも」



 芸能界という弱肉強食世界で初めて、挫折を味わったと思う。



 思いも寄らない衝撃を受けた俺は、田原さんに車で送ってもらう気分でもなく、ある程度ファンの目をくらました後に、適当な道のりを歩くことにした。



 歩いてる途中で夕方の天気予報が当たって、雨が降り出した。


 立ち止まると雨粒がコンクリートを打ち付けて、ぽちゃぽちゃと音を立てて落ちていく。

 灰色に染まった空は、どこまでも続いているかと思えば、西の空のほうは雲が薄れて夜闇を呼び寄せている。


 マンションまでの道のりはまだまだある。

 早く帰って疲れた体を休めるには、少しでも早く足を進めねぇとなと思った時だった。



 大きな雨粒に打たれながら、ビルの大画面の前に立ち尽くす女の子を見つけた。



 どっちかっていうと小柄だけど、ワンピースの袖と裾から見える腕や脚は、俺が知っているモデルさんや女優さんのようにすらっとしていた。


 その子は顔中に、雨水を含んだ髪の毛をはりつけながら、立ち尽くしていた。



 何もすることもせずに。



 うつむき加減の顔の角度からして、泣いていると思った。

 だから、関らないように通り過ぎようとしたけど、それをすることができなかった。


 なぜか、一歩近づくたびに引力のように引きつけられる。



 俺はしばらく自分の持っているビニール傘と相談して、それをそっと傾けるけると言葉を紡いだ。




「これ、使って」って。




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