彩りピース13 side Len
反応に困っていると社長がこちらに歩いて来て俺の横に立った。
「台本…? 共演…?」
「配役見たから僕に聞いたんじゃなかったの?」
まったく知りもしない情報にただ困惑する俺を社長が見て首を傾げた。
「いや、台本があることすら田原さんからまだ聞いてないんだけど」
「そうなんだ。お前にドラマのオファーが来てるって言ったよね? もう言っちゃうけど、来月放送予定の2時間ドラマだから」
もう決定事項だよ、と社長は笑顔で言う。
頭のついていかない俺は、視線を空中に彷徨わせるだけだった。
「あ、いたいた」
部屋のドアが開く音がして、そこから田原さんが一冊の本を持って駆け寄ってきた。
「遅くなってすまん。これ、この前言ってたドラマの台本な。明日、共演者との顔合わせと台本読み合わせがあるから、さらっと読んでおいてくれ」
さらっと…無理難題を押し付けるよな。
そう思いながらも俺はゆっくりと突き出されている台本を手に取る。
「そうだ。明日、大宮さんの所に一番に挨拶行った方がいいよ。…ですよね? 社長」
「まあ、そうだね。彼にはうちがまだ弱小の時にすごくお世話になったから」
「しかし、Lenもラッキーだな。ドラマ初出演で今や世界を知る大物俳優と共演だなんて。鼻が高いじゃないか」
俺の意識の外では称賛の声が上がっている。
しかし、どの称賛の言葉は一つも俺の頭に入る事はなかった。
ただ、俺は戸惑うだけだった。
いきなり知った事実に直面するには、かなりの勇気がいる。
結構自分がヘタレだったんだと俺は1人で自分を笑っていた。
大宮奏太。
彼がどんなにすごい人物であっても、俺の中の評価は最低なものだ。
母を性の吐き溜めとした人物。
どんな極悪非道な奴なんだと暴言を思い浮かべていた。
そんな俺の顔を社長が射るような目で見ていたとは気づいていなかった。
翌日、田原さんに迎えに来てもらっている間に、昨日渡された台本をパラパラと捲って読んでいた。
全体を一通り見た後に俺と父親と思われる人物がセリフを交わすシーンが意外と多い事が判明した。
若干、どうしようかと思った時に、タイミング良く田原さんが来たから、対応策を考える隙もなく顔合わせの時間になってしまった。
顔合わせが予定されているビルに入るとそのまま、大宮の所に足を向けた。
しかし、尋ねると彼は控室のソファーに寝そべって目を閉じた状態だったから、その場での挨拶は控えることとなった。
「大宮さんはだいたい控室に入られたら、誰の挨拶も受けないんですよ。いつもソファーで寝ていらして、ただ、親しい方にはメールで居場所を連絡しているみたいですから、親しい方のみ控室で会話を楽しまれるみたいです」
大宮のマネージャーが話す彼の行動に俺はただ黙って頷き返すしかなかった。
出来れば、顔を合わせたくないと思っている身だから、そっちがその態度を取り続けてくれる方が断然ありがたかった。
だから、無意識に顔合わせが行われる室内に入るドアを目の前にすると、手のひらに汗がにじんでいた。
緊張…するもんだな。
認識されていない俺が認識されるっていうのは。
大宮にとって、「俺」と言う存在がどんなものなのか分からないぶん、不安が俺の背中にずっしりとのしかかった。