彩りピース11 side Len
『まだ生まれてこない、私の天使。
今日検診に行ってあなたが男の子だと知りました。
名前は奏太。もう決めてあります。よろしくね。
私があなたに与えたい事はただ一つ。それは音楽の道。
私がピアノを弾けば、それに合わせてあなたは力強くおなかを蹴っています。
その痛みが今はただ愛しい。
早くあなたに会いたいです。』
母親にとって、俺が生まれた事に何の価値があったんですか?
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手紙を開封していく手は止まらなくなっていた。
開けては読み、読んで苦い顔を繰り返していく。
カサッ
そろそろ20通目に差し掛かるんじゃないか。
思いながら、もう古い新しいなど関係なしに封を開けた。
『奏太
この手紙を読んでいる頃、私は何をしているかしら?
あなたは何をしているかしら? まだ私の知っている高校生のあなたかしら?』
今度の文章は今まで日記調だった文面と違い、俺は一瞬ドキリとして動きを止めた。
謝罪では無くて、俺に問いかけるような。
母親を張り倒して家を出た時の事が思い出された。
『どうして?』と呟いた後に命を絶った母親。
床にへばりついて下から見上げる憎しみ籠った目をしていた気がする。
でも、本当に?
俺の中で自問自答が繰り返される。
今はもう記憶に薄い母親の顔。
でも最後に見た顔だけは、悲しみに暮れていたような気がする。
『きっとこの手紙が、最後の手紙ね。もう書く事もない。
私があの男に抱かれた時、やっとチャンスが巡ってきたと思った。
私が大舞台に立って、才能を開花させる時がやって来た!
そう思った。
それと同時に、あなたの存在に気付いたのは、遅くなくて、
23であなたを生んだ。
あの男の隣に立つ権利をもらったと思っていた。
でも、男ってずるいのね。コブつきになった途端、あたしは捨てられた。
一気に絶望と憎しみが押し寄せた。
あたしはあいつの性の吐き溜めでしかなかった。
大物歌手 大宮奏太? 歌に愛を込めて?
全国の人々の愛に応えて? 笑わせないでほしい。
ただの、欲望に塗れた男じゃない。
日常を繰り返す、テレビの中で笑うあいつの顔が憎くて仕方なかった。
でも、あなたを見るたびに、たとえ偽物でも、 あの男に愛された日々を思い出す。
奏太にはわかるかしら?
奏太。
あなたの事を声に出して呼べなかった事が、人生で一番の後悔。
奏太。
あなたを愛してしました。
奏太。
生まれて来てくれてありがとう。あたしの宝。』
カサッ
力無く下ろした腕は、いつの間にか雫が滴っていた。
なぜだろう。
どんなに相手を憎く思っていても、目の前はぼやけて続きを読めなかった。