彩りピース02 side Len
「だいたいさー、俺はぶっちゃけアイドルとか興味無かったっつの!」
「おお……」
珍しく俺が車の中で愚痴るものだから、田原さんは俺を個室のバーに連れて来て、静かに話しに耳を傾けていた。
「俺は歌が歌えればそれでいいんだよ……」
むかむかした気分を晴らすべく、俺はバーに来て早々、ウォッカを2ケタ近くショットで胃に流し込んだ。
酒が進むにつれて、気分は高揚してきて、呂律は回っていないが、何もかもを吐きだしたくなった。
「だいたいテレビとか興味ねーし、モテたくもれーし、女、好きじゃれーし、かと言って男趣味でもねーし、すべってが中途半端な訳! 分かる!?」
「そうかそうか。しかし、お前は世の中のモテ無い男子を敵にまわしたなー」
「元っちゃん聞いれる~?」
「はいはい、聞いてるよ。しっかしお前、ウォッカ15杯もすきっ腹に流し込んで……まだ意識あんの?」
「俺を誰だとおもっれんだお?」
「アーアー…俺の想像していたLenじゃねーわなー」
「だろー? ハハハ」
「何に笑ってんだよ? お前は。気色悪りぃなー」
田原さんは憐れむような目で俺を見ると俺の背中をなぜかさすっていた。
「はあ。おやじー。…水! 3杯!」
「ええ!? それも自分で頼むのか?」
背中をさすっていた田原さんは俺が頼んだ水の量にも驚きを隠せないでいた。
「つか、トイレ」
普段と変わりない足取りでトイレまでまっすぐ歩く俺に、田原さんは更なる驚きを隠せなさそうだった。
その証拠に「あ、アイドルが普通にトイレとか言うなよ!」と突っ込みを入れたくらいだ。
マンガの登場人物じゃあるまいし、俺だってトイレくらい行くぞ!と心の中で密かに反論した。
俺がトイレから戻るとテーブルの上には、サワーグラスに入った水が3つ横に綺麗に並べてあり、俺は1つずつ手に取ると、一気にそれらを飲み干した。
左腕で濡れた口を拭っている姿を見て、「お前……意外と豪快な奴なんだな」なんて、感想付きで見守っていたらしい。
俺は1人それを聞いて、呟いて見せた。
「酔えねぇんだよ」
「え!?」
この上何を言うばりに目を開いた田原さんは、ハッと思いなおし、何も言わなかった。
「社長が何を考えてるのか俺には分かんねぇ」
ソファーのクッションに背中を預けながら、俺は天上を仰いだ。
「俺をスカウトしたのは社長だ。イオをスカウトしたのも社長だ。俺とイオには決定的に違うものがあるだろ? それを見せつけてあの人は何がしたい?」
「それは…」
「俺はテレビの前で歌う必要があんのか? 俺はもう事務所のお荷物じゃないのか? 芸能界の女にニコニコしないアイドルなんて、普通要らねーだろ? それなのにあの人は俺に歌わせる。それはなんでだ?」
右手で自分の両眼を覆い、俺は自分の悩みにぐるぐる惑わされるだけだ。
「きっと明日も歌わされる。昨日よりも、今日よりも、俺は明日上手く歌える自信がねーよ。歌ってても苦しいだけだ」
まるで昨日まで海を自由に泳いでいた魚が、今日突然、室内の水槽の中で泳がされるみたいに感じた。
とても息苦しかった。
インプットされたフレーズを心も無くただ歌うロボットのように思ってしまう。
ああ…人間になりたい。
そう思ったときに、果琳の顔がふと浮かんだ。
でも、俺と彼女の世界はまったく違って…
どうしてここで彼女を思い出すのか、俺にはまったく分からなくて…
明日からどうやって歌えばいいのかすらも分かってなくて…
「最悪な歌手だな、俺は」
ひとりごちた言葉は、田原さんの耳には届かなかったのは不幸中の幸い…か?




