線引きの内側03 side Len
「……」
彼女は驚いて俺をじっと見ていた。
なぜだろう?そう思って、首を傾げた。
「は、蓮見…くん?」
「え、はい。お久しぶりです」
「まぁ…どうしましょう」
彼女は自分の両頬に手を当てて茫然自失状態だった。
「まさか本当にLenだったなんて」
その時出た言葉が俺を現実に戻した。
「あ」
俺は自分の両腕に抱えたカリンを落としそうになって我に帰る。
「ごめんなさい! 上がって?」
彼女に施されて、まずカリンを部屋へと運んだ。
そしてベッドに寝かせてから俺は迷う。
このまま何も語らず帰るべきか。
しかし、部屋を出て階段を降りると、苦笑いを浮かべているカリンの母親と目があった。
「せっかくだから、お茶でも飲んでいって。少しお話ししましょう?」
そう施されて、リビングに通された。
ソファーに座るとすぐに紅茶が出てきた。
「まずはお礼を言わせて? あの子がお世話になりました。」
頭を会釈程度に下げると、微笑みが浮かんだ。
「あの子が目を覚ました時、驚いたんじゃない? 8年…だもの」
「喋れない事は、彼女が一時目を覚ました時に気がつきました。彼女の寝顔からなんとなく、予感はしていたんですが、名前を聞くまで確信は持てませんでした。でも、彼女が『新山果琳』と言って…」
すぐに思い当たった、とだけ言った。
そう話している時にふと前をみると、彼女は驚いたように俺の顔を見ていた。
「か、果琳が自分の声で言ったの……?」
「ええ。無意識だったようでしたけど」
「……そう。あれ以来、あまり自分の声で喋ることはしなくなったの。耳が聞こえなくなってから、なんていうのかしら…声が声が聞こえない分、発音が変だからって。ずっと手話での会話ばかりで」
両手で包んだティーカップを寂しそうな顔で見ていた。
「俺には普通に聞こえました。メールで文字を打つ時も煩わしそうな時もありました。そうか…。果琳は普段手話で話すんですね」
「おしゃべり好きなの。本当は。でも、大事な事はちっとも話してくれない。私がそうしているのかもしれない」
俺は何も言えなかった。
いや、正確には何を言ったらいいのか分からなかった。
気づいた時には、父親はいなくて唯一の家族だった母親も嫌悪の対象でしかなかった。
親に何を話せばいい?
自分の事は自分でしか解決できないのであれば、話す必要なんか無いと俺は思っていた。
でも、今目の前にいる彼女は自分の娘に対して寂しい思いを抱えている。
俺は……
正直混乱した。