絶望の中の閃光08 side Len
「人生捨てたもんじゃない」と誰かが言う。
「人生なんて糞喰らえだ」と誰かが言う。
その狭間に今立たされている。
でも、だれも本当の答えなんて知らない。
***
ガラリと音を立てて開け放たれた扉はの向こうに男性が茫然として立っていたが、俺はただ眉を顰めて見ることしかできなかった。
「ねぇ、さっき歌っていたのは君なのかい?」
その男は断りもなくずかずかと病室の中に入ると、急に俺の方に両手を置いて真剣なまなざしで、若干興奮したのように顔をのぞかせた。
「だったら何なんスか? つか、ここ病室なんですけど」
「ああ。申し訳ない。 つい、原石を見つけたかと思うと興奮してしまうんだ」
「はあ」
そいつは置いていた両手を俺の肩からおろして、軽く俺の肩を払った。
しかし、真正面に立った少しばかりブルジョアチックな形と上品そうな佇まいは、いまだ俺の傍から離れずに、ウズウズと俺の顔を見入っていた。
「…あの。 何か用ですか?」
今更まじまじとしかも、堂々と人に見られることに慣れていない俺は、その場の空気に窮屈さを感じてしまい、無視すべき存在に手を伸ばしてしまった。
「用? そりゃもちろんあるさ。 でも、ここで話すような無礼は持ち合わせていないよ。 君がこの病室を出るのを待っているだけ」
少なからずも、こいつは俺に対して『早く話したいから病室を出てくれねぇか?』と催促している言葉に捉えられる。
だけど、母親に何も挨拶をせずに席を離れるのも俺がこの娘に対して無礼な気がした。
初対面のくせにずかずかと他人のテリトリーに侵入してきて、ペースを乱す大人に正直うんざりしていた。
仕方なく、俺はこの日タイミング良く帰って来た彼女の母親に短く挨拶して病室を出た。
きっとこの時が運命の分かれ道だった。
******
それから俺は譲歩して話を聞きに行ったはずだったのに、今芸能人としての道を歩んでる。
怒涛の日々だった。
深呼吸をする暇もなく、仕事しやすいようにと母親と過ごしたマンションは引き払った。
その時にだいぶ、自分の母親のものは処分したが、やっぱり彼女が大切に保管していた手紙だけはまだ、手元に残っていた。
寝静まった部屋にただ時計の針が動く音がする。
ドアの向こうではほとんど熱の引いた彼女の寝息が聞こえる。
人の存在を感じて眠るのはいつ振りだろうか?
心の奥でその何でもない音が妙な安心感をくれた。
その日は久しぶりに深く眠ることができた。
朝が来て、俺の過去の針は現実へと戻されていく。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
これからも亀筆ですが、頑張ります。