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Miracle Sound 【本編】  作者: 柏田 華蓮
第2章 過去ノ虚像
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絶望の中の閃光07 side Len

 これは必然なのだろうか、偶然なんだろうか?







 それから、俺たちは黙ったまま手術室の前で長いこと沈黙していた。


 でも、その沈黙は突然破られた。



 ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ



 ソファーの革に当たってそれはけたたましく振動する。


 病院内では携帯の電源を切るのが常識なのに、あまりの動転から電源を切るのを忘れていたらしい。



 携帯の振動に俺は申し訳ないくらいに、軽く会釈してスライド式の携帯を見るとそれはオヤジからの着信だった。



「あ、いけね……っ」



 そう言えば、今日はバイトの日だったとその時に初めて気がついた。


 俺は急いで病院のロビーまで駆け足で行くと、通話ボタンを押して珍しく慌てた声が響いた。



「もしも……っ」

『おいおい、今どこにいるんだっ!?』


「え、あ、今病院で……」

『何ぃ!? どっか悪くしたのかよっ!?』


「あ、それが、今……」

「蓮見くん……代わってくれるかしら??」



 いつの間にか、あの少女の母親が隣に来ていて、突然手を突き出して俺の携帯を取り上げた。



「もしもし、お電話変わりました。 わたくし望月と申します」



 それから、女性とオヤジが何回か電話越しでやり取りを繰り返すのを俺はただ呆然と見ていた。


 そして気がつけば、彼女は俺の方に携帯を突き出して、「ありがとうね」と礼を言われた。


 携帯を受け取って、サイド耳に受話器を当てると「オイ、オイ、オイ、」というオヤジの声が聞こえた。



『大変だったな』



 その一言で、彼女は俺のためにバイトに行けない理由を話してくれたんだと分かった。




 ****




 電話を終えてまた治療室の方へ帰ると、彼女は申し訳なさそうに俺を見て苦笑していた。


「ごめんなさいね、あなたの都合もあったのに……」


 彼女はギュッと旦那さんの手を固く握って俺の方を見た。


 彼女の姿を見ていると、これが母親なんだろうかと不思議で堪らない気持ちになる。




 しばらくして、手術室の電灯が消えた。



 中から汗びっしょりになった先生がまず初めに出て来た。


「あのっ、先生! 娘は……っ」

「とりあえず、命は取り留めました。 車との衝突で、全身の数か所を骨折されています。 それから……」



 医者は険しい顔を浮かべると、ふと俺の顔を見て思いがけず、驚いたような表情をしていた。


 俺はその意味がわからなかった。


 その医者は話しにくいように「詳しい事は診察室でお話しします」と言って、女性とその旦那さんを手招いた。


 ただ意味もわからず、突っ立っていると女性が最後に俺の前に来て、手に何かを握らせた。


「今度、御礼をしたいの。 よかったら、娘のお見舞いに来て頂戴」


 それだけを言い残して、彼女は去って行った。

 手に握らされたのは、彼女の名刺だった。


 病院からの帰り道、俺はただぼぅっと空を見上げた。



 気付いたらいつの間にか、母親がずっと引いていたピアノのメロディーを口ずさんでいた。



 それは母親が死んでも消えることもなく、俺の中でずっと鳴り響いていた。



 ****



 何日かして、彼女のお見舞いへ行った日だった。


 ICUから一般病棟へ移されたという知らせを聞いて、俺はやっと病院へ足を向けた。


 すると、そこには浮かない顔をした彼女の母親が居て、俺が病室へ入ると同時に苦笑を浮かべた。



「蓮見君、やっと来てくれたのね。 ……久しぶりね」



 俺はただ会釈をすると、ベッドの横にある椅子に通された。


「……頭を打ってるらしくて、いつ、目が覚めるかわからないってお医者様が」

「……そう、ですか」


 彼女はただ頷くだけで病室はただ沈黙しただけだった。


 自分が持っていたちょっとした花を母親に渡すと、俺は静かに椅子に腰を下ろし、彼女は花を生けるために病室を後にした。


 俺は事故のあった日に握られた、彼女の力強い小さな手にそっと手を添えることにした。



 今はただ動かずに、あの時見せた虚ろな目は堅く閉じられている。



「~♪~~♪」



 確か、寝ている人間にも音を聴かせるだけでも効果があると聞いた。

 何故かは分からないが、その子の顔を見ていると、勝手に口が音を口ずさんでいた。


 その音は母親がかつて奏でていた音ではなくて、自然と出て来た音楽だった。




『ガラッ』


 急に扉が激しい音をたてた。


 花を生けた母親が戻ってきたとばかり思っていたが、俺が病室のドアに目を向けると、そこには見たこともない男が佇んでいた。


 この病室は個室だから、この子の知り合いなのか、それとも母親の知り合いなのか俺は眉を一瞬にしてひそめた。


 見舞いに来るにしても可笑しいだろう言えるくらいに、その男の恰好がどこぞの金持だと言わんばかりのアルマーニのスーツだ。



「今歌っていたのは、君?」



 スーツを着た男が、驚いたような顔をして俺を見据えた。




 この出会いが嵐の到来を告げていた。


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