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Miracle Sound 【本編】  作者: 柏田 華蓮
第2章 過去ノ虚像
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絶望の中の閃光03 side Len

 意味が分からず眉をひそめると、彼女は傍らに置いてあった携帯を手に取り、再度文字を打ち始めた。



『ベッドはあなたのものです』


 横から画面を覗き込みながら、打たれていく文字を目で追っていく。

 その作業を繰り返すうちに、しっかりとした文章が出来上がった。


『しかもあなたはアイドルで、仕事が大変で疲れてるはずだし、これ以上迷惑をかけれません。薬は結構です。これを飲ませていただいたら、私は帰ります。お借りした服は洗濯してから、後日事務所の方へ郵送でお返しします』


 どこまでも遠慮深い彼女に俺は苦笑した。

 普通、病人なら病人らしく行為に甘えるはずだから。


 横に座る彼女の肩をトントンと叩き、俺の方へ顔を向けさせると、彼女にわかりやすくゆっくりと話す事にした。


「心配はいらない。ラッキーなことに明日はオフ日なんだ。病人は早く病気を治すのが仕事だぜ? しかもすでに夜遅いし、こんな時間に女の子を1人で帰すのは、いち大人として賛成できねぇな」


 彼女に分かりやすいように目線を合わせてから言うと、彼女は戸惑ったように俺を見て遠慮がちに頷いた。


 だから、


「俺は君を獲って喰うつもりもないから、大人しくここで熱を下げて帰りなさい。心配かけるといけないから、親御さんには俺から連絡を入れておくけど……」


 そういうと、彼女は今気がついたと言わんばかりに、少し顔を赤らめて、ブンブンと音が鳴るかのように首を振ってから、メール画面に『親は仕事で遅いので、特に連絡を入れる必要はありません。私はLenさんを信じていますので!』と打って見せてくれた。



 それからぎこちない態度で、恐るおそる彼女がグラスに手を伸ばし、一口飲むとそれを一時眺めて再度飲み始めた。


 彼女の様子を見て、俺はソファから立ち上がり、薬の準備をするとミネラルウォーターと一緒にそれを差し出した。


 薬を確認すると、彼女はまた恐縮するように俺を見て、どうもと言うようにちょっと会釈すると、薬をちゃんと飲んでくれた。



 俺のトレーナーにスラックス。



 彼女にとってはすべてが大きく見えるのは、彼女が俺よりもだいぶん小さいという証拠。


 そしてなぜだか、彼女のその幼い面影に懐かしさを感じている。



「そう言えば、君の名前聞いてもいい?」



 音の聞こえない彼女に向かって、普通に尋ねてしまったらしく、彼女がぼーっと何かを考えたまま、いつまでもこちらに顔を向けないことに気がついた。


 俺は彼女の肩をたたくと、もう一度彼女に目線を合わせて言うことにした。


「君の名前は?」


 首を傾げた彼女が俺を見て、携帯で文字にするよりも早く、無意識のように柔らかそうな唇から音を乗せてつぶやいた。



「……新山、果琳……」



 初めて聞く彼女の声はなぜか耳に残る甘い声だった。

 どこかそれを懐かしく思う自分に頭をかしげながら、消えていった声を思い出していた。


 そして、


「……かりん?」



 自分で声に出して初めて思う。

 透き通るような瞳に映し出された俺の姿を見たのは初めてではないことに……。



 そう「かりん」という名前にはひどく身に覚えがあった。


(そう言えばあの後、何回か病院を訪ねるたびに、今の事務所の社長がニコニコと俺をスカウトしに来たっけ?)


 一人思い出し笑いをしながら、俺は無意識に彼女の頭を撫でていた。


「そうか……。君が、あの時の」


 俺が1人呟くと、彼女はただ分からないという顔をするばかりで、俺の顔を覗きこんでいる。

 それに気がつくと、俺は「なんでもない」とただ微笑を浮かべるだけで、彼女が手に持っているグラスとゴミを受け取った。


「ほら、病人は早く寝る」


 今にして思えば、あの時の俺に比べて彼女に出逢った後の俺は、だいぶん丸くなったと思う。


 やってきた過去は隠せはしないけれど、社会に背を向けて世の中がクソ喰らえな場所だと思っていた俺が、今ではこんなにも穏やかで居るのは当時から見れば信じられないだろう。


 「意味がわからない」と不満そうな顔を浮かべた彼女は、しぶしぶと、でも遠慮がちに寝室に向かって歩き出した。


 彼女の姿をソファから見届けていた俺は、ある残像を思い浮かべながら目を細めていた。

 寝室のドアの前に辿り着いた彼女は、俺の方に振りかえり、目で何かを訴える様に見ていた。


 目を合わせて、何かと首を傾げれば、


『おやすみなさい』


 と口がそう動いて、それを頷いて返す。


 それから風呂に入って、寝室から毛布を一枚持ってこようと中に入って、一応彼女の様子もうかがった。


 彼女はあの時から寝顔は変わっていないようだ。




 ソファに体を沈めて毛布に包まると、久しぶりに夢を見ていた。


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