第六話 やけくそで書いたら、なぜか届いた
一ヶ月が経った。
PVの推移をグラフにしていた。
グラフは、水平だった。
水平というのは、読まれていないということだ。
俺はメモ帳を見た。
タイトル改善の記録がある。第七稿まで来ていた。
あらすじ改善の記録もある。第六稿だ。
投稿時刻の最適化表もある。
助言の集約リストもある。
全部やった。
全部、理屈の上では正しかった。
全部やって、PVのグラフは水平だった。
俺はコーヒーを飲んだ。
部屋は静かだった。
何か、根本的にずれているのかもしれない。
タイトルでも、あらすじでも、投稿時刻でもなく。
もっと手前の、何かが。
だが、それが何かは分からない。
俺はしばらく画面を見ていた。
そして、ある考えが浮かんだ。
――じゃあ、この苦労そのものを書いてやる。
決めてから五分で書き始めた。
いつもと違った。
いつもは書き始める前に構成を作る。設定を整理する。テーマを確認する。登場人物の動機を一覧にする。準備に二週間かかることもある。
今夜は何もしなかった。
怒りに近い何かが頭の中にあった。それをそのまま書いた。
「小説を書いている。読まれない。なぜか分からない。タイトルを直した。あらすじも直した。投稿時刻も変えた。助言を全部実装したら、俺が消えた。何をしているんだ俺は」
書いていて、少し笑った。
笑いながら続けた。
深夜にAIへ相談したら、「作者の情熱は伝わります。作品の内容はまだ伝わっていません」と言われた話を書いた。
タイトルを四十個並べて全部没にし、また全部盛りのタイトルを作ったら、どう見ても長すぎた話を書いた。
金曜の夜に満を持して投稿したら、増えたのは新規読者ではなく、迷走を観測しに来た既存読者だった可能性の話を書いた。
助言を全部実装したら、「改善の結果、作者が消えました」と言われた話を書いた。
全部ネタになった。
あの夜の悔しさも、的外れだったあの感覚も、全部書けた。
普段は言葉にならなかったものが、ギャグとして書くと出てきた。
不思議だった。
重くなるはずのものが、笑いにした途端に軽くなった。
軽くなったが、消えたわけではなかった。
笑いの底に、ちゃんと残っていた。
書き終えたのは、夜明け前だった。
「どうせこれも読まれない」と思いながら、投稿ボタンを押した。
翌朝、通知が来ていた。
感想だった。
投稿から六時間で、感想が来ていた。
今まで一ヶ月以上、感想はゼロだった。
俺は画面を見つめた。
「わかりすぎてつらい」
次の感想。
「刺さりました。笑いながら読んで、気づいたら笑えなくなってました」
次。
「作者、生きて」
次。
「AIに『改善の余地は非常にあります』って言われた経験があるんですが、こんなに言語化できると思ってなかったです」
次。
「なんで俺のことが書いてあるんですか」
俺は五分間、スマホを持ったまま動けなかった。
届いている。
読まれている。
それだけではない。刺さっている。
一ヶ月かけて、タイトルもあらすじも投稿時刻も改善して、助言を全部実装して、それでも届かなかった。
夜中にやけくそで一気に書いた数千字が、六時間で届いた。
理屈が、通っていない。
まったく通っていない。
俺はベッドに座ったまま、画面をスクロールした。
感想は、まだ増えていた。
「続きが読みたいです」
「ギャグから来ました。第一作のタイトル、気になって調べました」
俺は止まった。
最後の一文を、もう一度読んだ。
――第一作のタイトル、気になって調べました。
……第一作を、調べた?
あの、誰も開かなかった作品を。
あの、PVがほぼ全部俺自身だった可能性のある作品を。
俺はコーヒーを淹れた。
窓の外が、少し明るくなっていた。
一つだけ、確かなことがある。
俺は異世界文明の加速をモチーフに、社会が変わるとき、人間の役割はどう変わるのか。それを書きたかった。それだけを、ずっと考えていた。
なのに別の話が、読者の心を開いた。
自分の話を笑いにしたら。
自分の痛みをそのまま書いたら。
その入口から、人が入ってきた。
理屈は、まだよく分からない。
でも、何かが変わった気がした。
打てる手が、また見えてきた。




