忙しい私
メッセージは岡田からだった。
『手紙って何? 俺は書いてないよ』
だよね。
私は事の経緯を説明した。
もしかしたら。
岡田が知ってるかもしれないし。
男子の中でそういう話があったかもしれないと思って。
『知らないな、ていうか、気をつけろよ、アブナイやつかもしれんぞ』
「え? 脅かさないでよ」
『ん? お前行こうとしてる? ひょっとして?』
「え? いや、どうしようかなって」
『行くんなら、あいつらに付き合ってもらえよ。一人では止めとけ』
「ふーん。心配してくれるんだ」
『当たり前だろ、ガキの頃からの付き合いだぞ、しかも風呂だって一緒に入った中だろ』
「セクハラだ」
『まあ、用心しとけよ』
「岡田は金曜日ひまなの?」
『悪い、バイト』
「そっか」
『じゃあ、俺の方でもさりげなく聞いてみるよ。何かあれば連絡して』
「うん。ありがとう」
口を尖らせて。
肩をすくめた。
用心ね……
手紙の文面からは、危うい感じはしなかったけど。
ちょっと冷や水を浴びせられたみたいで。
浮かれた気分は落ち着いて。
でも、気になる。
うーん。
とりあえず、亜季と志帆にもメッセージを送った。
亜季は幼稚園の頃からの。
志帆は小学校からの。
幼馴染みで親友。
お互いのことは。
大体知り尽くしている。
それこそ。
好きだった男の子のこととか。
改めて、写真を手に取る。
この中にいるんだよね。
きっと。
誰ですか?
わたしに恋してる男子は?
恋ね。
結局、高校生活で彼は出来なかった。
私が一歩、踏み出す勇気がなかったからかもしれないけど。
小学校、中学校はなんとなく気になる男の子はいたけど。
遠巻きに見ているだけで。
告白とか考えてなくて。
その恋心を、ただ胸の内で温めているだけだった。
高校に入ってもそれは変わらなくて。
いいなぁって想った一色くんは引っ越しちゃったし。
気になる子はいたのかもしれないけど。
好きって。
感じることはなかったようにも想う。
まあ。
亜季や志帆に言わせると、
「臆病」
と口を揃えて言う。
志帆は、
「恋なんかしたもん勝ち」
が口癖。
その割には、失恋したら落ち込んで。
私と亜季が慰める。
亜季が一番バランス感覚があるのかもしれない。
サッカー部のマネージャーをしていて。
その時、先輩部員の黛さんから告白されて。
何回かデートして。
付き合うのをオーケーして。
今も続いていて。
傍目にも見るからに仲良しで。
大事にされてるなって想う。
唯一私だけが彼氏の一人作ってないことになる。
「んー」
両手を伸ばしながら。
床に寝転んだ。
部活も楽しかったのもあるし。
テニスに青春を捧げたと言えば聞こえはいいけれど。
スマホを胸に目を閉じた。
――一色くんはオルゴールに突き刺した金具から指を離す。
カカカン、カカカカカカ、カカカカカ……
金属音が跳ねる。
「これは、トルコ行進曲。モーツァルトが作った曲だよ」
「ああ、習ったかも」
ふっと。
小さく息を吐いて微笑む一色くん。
顔を直視できなくて。
その指先を見ていた。
リズムに合わせるように動いて。
きれいに切り揃えられた爪に光が溶けて。
手の甲に浮き出た血管が動きに呼応して。
何を話そうかなって。
頭は考えてるようで。
せわしくなるのは鼓動の方で。
「モーツァルトってどこの人」
口をついた言葉に自分でも驚く始末。
「えーと。どこだったっけ?」
「へ?」
学年でも成績優秀だったはずの一色くんが知らないのに驚いて。
顔を上げたら。
一色くんは、おでこに指を当てて。
どこかで目にした彫刻のポーズみたいに考え込んでいた。
その姿がおかしくて。
唇を噛みしめて。
笑うのをこらえていた。
メロディがゆっくりになっていく。
「オルゴールの音色って不思議だね、なんか想い出の記憶をノックするみたい」
「へー。相川さんは面白いことを考えるんだね」
「えへ。なんか聞いたことある曲だけど、懐かしいような気がして」
「活動的だけど、ロマンチストなんだ、相川さん」
音楽が鳴り止んだ教室。
一色くんの声が耳の奥にこびりつく。
心臓がそれをかき消すくらい脈打って――
「菫ー、そろそろ出掛けるわよ。支度して」
お母さんの声。
「はーい」
今日の夕食は外食だった。
私が東京に行くから。
親戚が集まっての送別会みたいなもの。
私は立ち上がって。
窓を閉めた。




