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ハンマーヘッド

掲載日:2026/03/20

文明は、人手不足を埋めるために労働用アンドロイドを選びました。

そして人間は、便利さと引き換えに、現場から少しずつ自分たちの居場所を明け渡していきました。


これは、そんな時代に工場で働く青年・神楽シデンが、

突如暴走した労働用アンドロイド「ハンマーヘッド」に襲われ、

二体の自立型アンドロイドと共に生き延びようとする、読み切りのSFサバイバルです。


パニック、逃走、機械と人間の軋みのようなものを意識して書きました。

少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

――西暦2995年 少子高齢化に端を発する産業界の人材不足を解消する為、政府はロボット産業の大手である「サイバー・テクノロジー・エンジリニアリング社(通称STE社)」との共同開発で「労働型アンドロイド」の開発に着手、様々なアンドロイドが投入され、労働業務を一手に担う大規模な指令型コンピュータから情報を得て人間の指示通りに動くことだけを目的とした、自立思考を廃して汎用的な労働に特化した「頭部T型労働用アンドロイド【ティーガー】」を開発、その特徴的な頭部の形状からまたの名を「ハンマーヘッド」と呼んだ


3025年5月9日、T型アンドロイド、通称ハンマーヘッドは突如人間に反旗を翻した、工場内はハンマーヘッドが暴れている、響き渡るアラート音、頭部を潰されたもの、暴走を止めようとして破壊されたアルファ型アンドロイド、ハンマーヘッドは逃げまどう作業員を捕まえると足を掴み二つに引き裂いて捨てる、辺りは血の海だ、なんとかしなきゃいけない……でも、どうしたら、そこに声が聞こえた


「シデン! 早くこっちへ! 貴方は生き延びなきゃダメ! 」


 俺の手を掴み、物陰に引っ張るその女性はアリス型アンドロイドのミントだった、俺は気を取り直すとアリスと共に工場の外へと駆けていった、まさかこんな事になるなんて、実家のみんなは無事なのか、周りは一体どうなっているのか


――何故、こんな事になってしまったのか。


それは、事件が起きる少し前の事


――西暦3025年5月、世間ではゴールデンウイークと呼ばれるレジャーシーズンも落ち着き、静かになった平日のキャンプ場、いくつかのカラフルなテントの中に地味なモスグリーンのテントが一つ、キャンプ場もある自然公園特有の清々しい空気と小鳥たちの鳴き声、そして明るい日差しがテントを照らす頃、テントの中から若い男が出てきた、そのテントの傍には入場登録用のビニール製のネームタグがあり、そこには『神楽紫電 (カグラ・シデン) 』と書かれていた


 

「んーっ! っと……はあ、良く寝たなあ……朝の8時か、いやはや有休使ってなかったら、今頃あの工場で流れ作業か……さて、顔を洗うかな、洗顔シートは何処だっけ……おっ、あったあった」


 シデンは大きく伸びをした後、洗顔シートで顔を拭き、側にあったスマホからラジオアプリを起動して、その音をBGM代わりにストレッチを始める、しばらくしてラジオアプリは朝の軽快な音楽からニュースのコーナーに入っていた


《次のニュースです……政府は労働者保護の為、最低賃金の引き上げに関する労働基準法の改正案を事実上見送る方針を発表しました、背景には企業連からの強い反発があったと見られ、これに対し野党側は、現在普及しているT型アンドロイド、通称ハンマーヘッドの導入台数に制限をかける法案を提出し、またSTE社との癒着に関わる政治資金の疑いに対して説明を求めるよう、国会内で厳しく追及していく方針です……次のニュースです、来年に開催を控えた東京国際博覧会ではテーマを『未来のアンドロイドと人間の共生世界』と題し》


 俺はストレッチを終えるとラジオアプリを切り、スマホに入れていた音楽アプリを起動して、朝食の準備を始めた


「朝っぱらから辛気臭いニュースなんて萎えるんだよ、せっかく有給取ってキャンプに来てんのに……さて、今日の朝飯はこの缶詰を使おうかな」


 俺は手際よく朝食を作って食べ終えると寝袋やタープを片付けて荷物を(まと)める、ネームタグを管理事務所に返却した後、駐車場に置いて有る軽ワゴンに荷物を載せて実家に帰宅した、うちは代々神社の家系で、今は兄貴が神主として神社を守っている、両親はまだ健在だけど兄夫婦が神社を切り盛りしているから楽隠居状態だ、実家の駐車場で車から荷物をおろすと親父が声をかけて来た


「おかえりシデン、今日はやけに早いじゃないか、いつもなら昼過ぎぐらいに帰って来るのに」


親父の言葉に対し、荷物をおろす手を止めずに俺は答える


「明日ちょっと仕事で面倒な事があってさ、その為の準備をしないといけないから」


俺の言葉に親父は


「そうか、今の工場作業員ってのは大変なんだな、一昔前は単純な流れ作業で飯が食えたんだがねえ」


親父の言葉に、俺は思わずため息をつく


「一体いつの話だよ、今は何処の工場も単純な作業はT型アンドロイドが担当なんだ、その方が作業スピードも生産性も高いからね……30年前ならともかく、今は人間の作業員はアンドロイドのメンテナンス資格を持っていないと何処も雇ってくれないんだよ、前に言っただろ? 」


俺がそう言うと


「おお、そうだった、そうだった、歳はとりたくないもんだ……ああ、すっかり忘れていたよ、母さんが昼飯はチャーハンで良いかって聞いてきたんでな、シデンはどうする? 」


「別にいいよ、チャーハンで……それじゃ荷物を部屋に置いていくから」


 俺はそう言うと車に乗っていたキャンプギア一式を俺の部屋に運んで専用のボックスに入れて押し入れにしまった、その後は昼飯を食って、仕事の準備に取り掛かる


 会社から渡されたマニュアルを読みながら兄貴のお下がりのノートPCに数値を入力していく、と部屋をノックする音に返事をすると、兄貴が入ってきた、神楽雷電カグラ・ライデン俺の3つ上の兄で現在30歳、義理の姉に当たる兄貴の嫁さんと一緒に神社の管理と経営をしている。


「よお、シデン仕事の方は順調か? 」


兄貴の言葉に俺は笑いながら返す


「ああ、まだ給料が安いから、一人暮らしするには貯金が足りなくて……いつまでも実家に甘える訳にはいかないからね、俺だって自立したいんだ」


俺がそう言うと兄貴は笑顔で


「そうか……困った事があったらいつでも言ってこいよ」


 そう言って兄貴は部屋から出た、俺は再びマニュアルに目を落とし、必要な個所をメモに書き込む、ふと、机に置いて有る写真立てを見る、そこには小学校の卒業式で撮った家族写真が写真立てに入っていた、中学から別々の生活になっちゃったんだよな……俺は兄貴とは全然違った


 兄貴は神道系大学で神職養成課程に進学し、神道学、祭祀学などを学んだあと、卒業後は神社に戻って正式に跡を継いだ、そして俺は在学中に就職がなかなか決まらず、就活の期限ギリギリになってようやく内定をもらった中小企業の機械メンテナンスを請け負う会社に就職した


 だが入社後の配属先は本社での営業では無く工場での作業機械の管理と自立型アンドロイドとのコミュニケーション業務だった、何でも古い体質の作業員が多くて作業中にしょっちゅう口論になっているから、間に入って仲裁する人材が必要だったとか、俺は会社から借りた『自立型アンドロイドとのコミュニケーションマニュアル』を読みながら、スマホの放置系ゲームアプリを操作していた


 「自立思考型オペレーターアンドロイドのアリスに自立思考型汎用就労用アンドロイドのアルファねえ……これ工場で上司の主任や社長と話しているズイカクさんの事だよな……で、アリスって確か医務室にいるカウンセラー担当のミントさんのことだな、確か名前の由来は製造番号3010番から来ているんだっけ……昼休憩の時間になると行列が出来て話す機会が無かったからよくわかんないけど、人気があるんだよなあ、まあ大体あの容姿目当のオッサンが大半なんだけど」


そう言えば、前に工場の指導係だったアルファ型のショウカクさんが言ってたな


『アリス型は元々会社の秘書を任されていたけど、度々社員からの陳情を意見していたらロボットに口答えされるのを嫌った社長が、ここの工場の医務室に飛ばしたって話だよ』


 ――あの時はそんな事をショウカクさんは説明してくれた、社長はもっと過酷な現場送りにしたかったみたいだけど、社長付きの年配の秘書や他の仲間が猛反対して今のポジションになったとか


「変な話だよな、見た目は人間とほとんど変わらないのに、アンドロイドっていうだけで毛嫌いするなんて、まあ自分の仕事を奪われるかもしれないって考えたら、過剰反応になっても仕方ないか」


 俺はマニュアルを一通り読み終えると、明日の仕事の準備の為にバッグに仕事に必要なデータを保存したUSBメモリーとタブレットPCを入れると、風呂に入りに部屋を出た


 部屋の机に置いたスマホにはニュース速報のポップアップが流れる、そこにはこう書いてあった


《T型アンドロイドの性能を向上させるT型専用OSのアップデートの為、STE社のエンジニアチームが沖縄のデータセンターへ、なおSTE社は本体業務を東京からアメリカへ移転する方針》


 翌朝、俺は工場に着くと入り口にあるタッチ型の端末に社員証をあてて、出勤時刻を登録すると、作業着に着替える為にロッカールームへ向かう、途中で中年の作業員とすれ違う、その人は同じ工場の先輩、アガノさんだ


「アガノさん、おはようございます」

俺が挨拶をすると笑顔で答えてくれる


「よお、シデン、おはよう! 今日も頑張ろうな」


 アガノさんは俺よりもかなり年上なのに俺みたいな若い作業員にも気さくに話しかけてくれる、仕事に関しちゃ厳しいけど、嫌味も言わないし、よく飲みに誘ってくれるから、俺以外にも慕っている人は多い。


ロッカールームで俺は着替えを済ませると早速作業場へ向かう、とそこにはアルファ型のズイカクさんと上司の主任が居た、上司は俺を見ると


「おはよう、シデンくん……今日は前に伝えた通り、此処に居るズイカクと他の自立型アンドロイドとコミュニケーションを取ってくれ、また作業員ともめたらしいのでね、やれやれ、少しは自力で解決してもらいたいもんだね、タダでさえ自立型は金がかかるんだ、かけたコスト以上の仕事はしてくれないと困るんだよなあ」


そう言って上司はズイカクを見る、ズイカクさんは笑顔で


「申し訳ありません、期待にこたえられるように善処いたします」


その言葉に、上司はますます不機嫌になる


「はん、優等生のような回答だな、まあいいさ、期待しないで待っているよ」


 そう言って上司は事務所の方へ向かっていった、俺は上司の嫌味を無視して作業場へ入ると、中にはT型が何人か既に作業をはじめていた、T型アンドロイドはいつ見ても異様な姿だ、体は2メートルの大男のような体だが、頭部はTの字の両端にカメラアイがついている、頭部の特徴的な形からハンマーヘッドなんていう呼び方が定着したらしい


 労働基準法で人間なら始業前に作業をすれば割増賃金が発生するが、T型アンドロイドの場合は、掛かる費用は一体に掛かる購入費とメンテナンスポットの年間レンタル費用のみだ、勿論産業ロボット並みに値段もそこそこするが、人を雇うよりもはるかにコスパが良いのだとか


「これに俺達の仕事が奪われたのか、まあこんな職場でも文句ひとつ言わずに仕事するんだから、そりゃあ重宝されるよな」


 T型アンドロイドは何処でも見かける、工場の作業員、交通整理の警備員、空港で誘導を行う誘導員、駅のホームで巡回する点検作業員、果ては宅配の配達員や海底ケーブルの修理作業員、等々


「まあ、いいや、俺の今回のコミュニケーションの対象には入っていないし、先に総務事務所にいるズイカクさんとショウカクさんの所に行くか」


 俺はタブレットPCを片手に総務事務所に行き、ズイカクさんとショウカクさんに話しかける、二人とも気さくに話をしてくれて、ただのルーチンワークなのに俺を労ってくれた。


 気分が上がったところで今度は医務室へ向かう、昼休みは流石に行列が凄くて話しかける事も出来ないが、通常業務時間の間なら医務室も空いているだろう……と、思ったのだが


「な、なんなんだ、この行列は……確か今って仕事中なんじゃ……あっそうか」


 確かに工場の作業員は医務室には行けない、だがホワイトカラーの連中は別だ、連中はいつでも休憩時間を申請して取ることが出来るのだ、だからこそこの行列なのだ、しかも見た所……男性社員しかいない、みな考えることは同じのようだ


「つーか、事務所の連中も暇じゃないだろうに……あ」


と、そこにあの嫌味な上司がやって来た、何か行列に向かって怒鳴ってる


「こんな所で油を売っている暇があるなら仕事せんか! 私は持病の薬を切らしてしまったんだ、早く薬をもらうのでそこをどいてくれ! 」


 初耳だ、ズイカクさんとショウカクさんも上司の事に詳しいが、そんな話は聞いていない、どういう事だろうと考えていると、医務室からまた怒鳴り声が、だがこの声は上司じゃないな、勿論ミントさんでもない、多分産業医の先生だな


「用も無いのに医務室に来るんじゃない! あの社員たちだってアンタの嫌味に参って胃薬を求めて来ているんだ、もう少し社員の立場に立ちなさい! 」


すごい剣幕で何分か説教を喰らった上司はすっかり背中を丸めて事務所へと帰っていった


「まあ、お陰で人が少なくなったし、仕事をするか」


 俺は医務室に入り、この工場に入ってここを案内された時以来にミントさんと話をすることが出来た、ミントさんのアリス型は容姿が規格統一されていて、金髪碧眼、色白の肌でその容姿は美少女と言っても差し支えは無い、そのアンドロイドが白衣を着ているのだ、行列も出来るという物だ、ミントさんは微笑んで


「お久しぶりですね、シデンさん、今日はコミュニケーションメンテナンスの業務ですね? お疲れ様です」


 何の事は無い、ただの業務上の応対だ、だが妙に気分が高揚するのは何故だろう、気のせいだと思う事にしてタブレットのチェック項目に入力する、そして何事も無く業務は進んで昼休憩のベルが鳴った


 と思ったら工場の方から凄まじい地響きと共に作業着の男たちがやって来た、そして整然と行列を作っていた


「うわ……これは産業医の先生も大変だわ、まあいいか」


 そしてその光景を眺めつつ、俺は昼休憩を取る為に食堂へ向かう、配膳を受け取って席に着くとアガノさんが話しかけてきた


「よお、シデン、ここの席は大丈夫かい? 」


 俺の席の周りは空席しかないから敢えて聞く必要は無いのだが、でもそこで聞いてくるのは出来た社会人という感じがして、俺は素直に尊敬できた


「大丈夫も何も……席は空いてますよ、アガノさん」


 俺がそう言うと、そうかい? といって席についてお互い食事を始めた、ひと通り食べ終えるとアガノさんがさっき見ていたテレビのニュースの話をしてきた


「お前さん、たしかメンテナンスポッドの事は知っているよな」


アガノさんの言葉に俺は


「ええ、一応メンテナンスの資格を取るときに勉強しましたから」


 と答えた……メンテナンスポッドとは、T型アンドロイドにのみ付随する保守整備用のカプセルだ、T型を収めるポッドが6つ円柱のような機械に縦に張り付いており、メンテナンスの時間になると、T型アンドロイドは自らそのポッドの蓋を開けて中に入り、しばらく停止する


 そして時間が経過すると蓋が自動的に開き、またT型が活動を再開する、作業中にカメラアイや口に当たる部分に搭載されたマイクの音声などの情報は、ポッドからデータセンターへ送られ、そして新たな指令情報と共に各メンテナンスポッドに共有されて、T型は性能を向上させていくのだ


「でも、ズイカクさんとショウカクさん、それにミントさんのような自立型では無いので、古いデータのまま動かれても効率が悪いですから、あの上司も必要経費と割り切って対応しているみたいですよ」


俺の言葉にアガノさんは


「そりゃあ、まあ仕事はキッチリやってくれるから、文句は無いんだが、何か不気味でな」


アガノさんの言葉に俺はT型が不気味という言葉の意味を考える


「不気味……ですか、確かにあの頭部の形状は人間離れしてますよね、でもそれも慣れれば」


「そういうことを言っていないんだ、何かわからんが、とても嫌な予感がするんだよ」


アガノさんの言葉に嘘はない、ましてや冗談でこんな事は言わない、そう思ったからこそ俺はアガノさんに答える


「もし、その予感が本当なら、ここにいるのは不味いと思います、今なら産業医の先生も居ますし、早退をしたほうが良いと思います」


俺の言葉に、少し緊張が解けたようだ


「そうか……なんかすまんな、シデンの言う通り早退する事にするよ、ありがとう……そのうち一杯おごってやるから」


「ええ、どういたしまして、奢りは期待しないで待ってますから」


俺の言葉にアガノさんは笑いだした


「ハハハッ、後輩に気遣われちゃ世話ねえなあ……じゃあ、俺はもう行くわ」


 そう言ってアガノさんは食器を片付けて食堂を出ていった、さて仕事場に戻るとするか……俺は昼休憩を終えて工場に戻ると、相変わらずT型は黙々と作業を進めていた……ただ、効率よく進めていたせいで部品の半製品が保管パレット一杯になってしまっていたので、俺は作業を止めるように指示を出して、追加のパレットを用意するために物流の部署へ向かい、空のパレットを運んで現場に戻って来ると


そこにはT型に怒鳴り散らしている上司が居た


「お前たちは何をやっているんだ! 物を作り続けたら保管パレットが一杯になることもわからんのか! この能無しどもめ! 」


 言っている事はもっともだが、T型には自分で考える機能は無い、あくまでもデータセンターから受け取る指示通りに動いているだけだ、そして細かい指示を出すのであれば、メンテナンスポッドにある端末から直接入力するしかない


 もっともデータセンターからのフィードバックの方が優秀なので、使用する機会は全く無いのだが、俺はため息をついて上司にひとこと進言する事にした……本当は滅茶苦茶嫌だけど


「お言葉ですが、このT型は自立思考型とは違います、そうおっしゃるのであればメンテナンスポッドに向かわせてください、必要であれば俺が指示を入力しますが」


と言うと、上司は苦虫を噛み潰したような顔で


「いや、それには及ばん、こちらで直接指示を出した場合は作業者へ追加のボーナスを与えなければならないのだが、あいにくうちは今そこまで余裕はない、それにもうすぐ定期メンテナンスの時間だからほおっておけ、お前は余計な事をするんじゃないぞ」


 と言って事務所へ帰っていった、こちらが良かれと思って、凄く、すごーく嫌だけどあえて進言したのに、なんだあの言葉は……もういいや、確かにメンテナンスポッドにT型が入る時間だから、見守る事にした


 しばらくすると、工場内にブザーが鳴りT型は工場の隅に設置されているメンテナンスポッドに向かっていった、ちなみにうちの工場には工場用のポッドが2基、そして総務事務所の隣の部屋に1基ポッドが設置されている、そのポッドのT型は警備業務がメインなので3体は工場敷地内の巡回に、もう3体は社内の巡回に当てられている、という事をショウカクさんが言っていた気がする


「さて、俺はT型が戻って来た時の為に空のパレットを設置しておいてやるか」


 俺は空のパレットをT型が作業をしていた場所に設置し、一杯になったパレットを次の作業場へ運んでいった、そして現場に戻ると丁度メンテナンスポッドの整備終了のブザーが鳴り、メンテナンスポッドの蓋が開いた、そしてゆっくりとT型が姿を現す


 そう、異常なほどゆっくりとこちらに向かってきていた……と、そこへ上司が再びやって来た


 煙草臭い、どうも喫煙ルームでタバコを吸って気分を落ち着かせていたらしい、上司は真っ直ぐT型の方へ向かっていった、そしてふんぞり返ってこう言い放つ


「やれやれ、ようやく戻って来たか、全く、自立型と違って購入費用が安いのは良いが、こう頻繁にメンテナンスポッドでサボってもらっては困るんだよ」


 何を言ってるんだこの上司は、冗談だとしても笑えない、流石に言いがかりもいい加減にして欲しいので、止めようと上司に近づこうとした、だが、何故か自分の脚が動かない


まるで本能が『そっちに行くな! 』と訴えているような、そして次の瞬間


「おい、何をする! うわあああああああああっ! 」


 上司が悲鳴を上げた、声のする方を見るとT型が片手で上司の身体を持ち上げ上司は足をバタつかせて逃れようとする


「おい! 誰かこいつを何とかしろ! 」


だが凄まじい力で上司は逃れることが出来ない、次の瞬間


「おい、なにをする! やめろ! やめっ」


ブンッ! グシャ!


 T型が拳を振り上げ上司の顔面を殴り、その勢いが凄まじく、上司の身体から首がなくなり、吹き飛ばされた首は工場の隅へ転がっていった


「う……うわああああああああああっっっ! 」


 作業員の誰かが叫んだ、そしてそれが合図とでも言うかのように、T型が作業員に襲い掛かりだした、逃げまどう作業員の中から体格の良い作業員がT型へ向かっていった


「このくそハンマーヘッドが、俺がスクラップにしてやる! 」


 男はそう言って大型のレンチをもって殴りかかろうとした、だがT型はそのレンチをいともたやすく片手で受け止める。


「クソッ! はなしやがれ! 」


 そしてそのままレンチごと男を持ち上げると男の脚を持ち引っ張り、男がレンチを放して逃れようとした所を別のT型が胴体を掴み互いに引っ張る。


「クソおお! 放せええええっ! うわああああああああああっ! 」


ブチブチッ! グシャッ!


男の身体は上半身と下半身の二つに分離した


「おい……これは、なんなんだ、クソ……どうして操作できないんだ」


俺はタブレットを見るが、一切操作が出来なくなっていた、画面には、たったひとこと


《我等は、人間に復讐を開始する》


これだけだった、と……そこにショウカクさんがやって来た、そして俺を見ると駆け寄り


「これは一体、何が起きているんだ? 」


と聞いてきた


「分かりません、T型がメンテナンスポッドに入って、出てきたらこんな状態に」


俺の答えにショウカクさんは


「という事は、メンテナンスポッドの端末に直接アクセスすれば、この暴走を止められるかもしれないのか……シデン君、きみは此処から早く逃げるんだ……でも、外もT型がうろついているかもしれないから、慎重に動くんだよ」


 そう言ってショウカクさんはメンテナンスポッドに向かっていく、すると今まで人間の作業員を襲っていたT型が今度は全員ショウカクさんへ向かって走り出した、それにショウカクさんも気付くと


「このぉっ! 邪魔をするなああああ! 」


 と、T型の1体を殴って吹き飛ばした、だが、残りのT型が動きを封じるかのように囲んで身体を掴む、ショウカクさんは必死に抵抗し、また1体腕を引き千切って突き飛ばす、だが、そこまでだった……1体のT型がショウカクさんを押し倒し、そこへ残りのT型が群がって次々と殴って行く……やがてアンドロイドの血液でもある白いオイルが吹き出し、ショウカクさんは機能を停止してしまった


 どうしよう、どうすれば、とにかく逃げなきゃ……でも、どうしたら


堂々巡りの思考がグルグルと、景色が回りそうな程周りは赤い血に染まっていた


脚がすくむ、声が、でない


「シデンさん! 早く、こっちに! 」


誰かが俺を呼んでいる。


「シデン! 早くこっちへ! 貴方は生き延びなきゃダメ! 」


 ゆっくりと視線を声のする方へ向けると、そこには白衣の天使が居た……その天使は俺の手を掴むと物陰に引っ張っていく


ドサッ という音に俺は我に返る、そして目の前に金髪碧眼の美少女が居た


「え……ミントさん? どうしてここに? 」


「話は後で、先ずはここから出ましょう、こっちに来てください」


ミントさんは俺の手を握り案内しようとする、小声で俺はミントさんに聞いてみた


「でも、あいつらがすごいスピードで襲ってくるんだ、逃げれるわけが」


 そう言いかけて、ミントさんの真剣なまなざしに言葉が止まった、そしてミントさんは優しく微笑んだ


「大丈夫、アレはポッドにさえ近づかなければ過剰に反応はしない、奴の視野に入らないように、物陰に隠れながら移動すれば、気付かれないわ、だから安心して」


 ミントさんの言葉に、俺は勇気づけられた、そうだ……いつまでもうじうじしてちゃダメだ


俺は小声でミントさんに話す


「分かった、このまま後をついて行けばいいんだね」


 ミントさんも無言で頷く、俺はミントさんの案内で工場の出入り口の付近にある特殊な部屋へ向かう事になった


「この先に、電波暗室があります、そこならT型も探知は出来ないはずです」


 部屋の名前は「電波暗室」元々はアンテナなどの電波機器を測定する部屋だとか、その特性上外からの電波をシャットアウトする構造になっているらしく、そこならT型が探知する事も難しいという事だそうだ


「ここの廊下の外に奴らが居ます、姿勢を低くして、慎重に移動しましょう」


 俺とミントさんは物陰に隠れながらひたすらにその場所へ進んで行く、廊下の窓から外でT型が移動しているのが日の光に照らされて影となって廊下に映る姿は、名前の由来となったシュモクザメ……『ハンマーヘッドシャーク』を連想させる、俺達は狩られないように慎重に移動する


「シデンさん、ここが電波暗室です」


 廊下を抜けてようやく電波暗室までたどり着き、静かにドアを閉める、だが完全に閉めると密閉されてしまう、ミントは大丈夫だが生身の俺には致命的だ、だから少しだけ隙間を開けておくと、ようやく少しだけ声が出せるようになった、と、そこには先客がいたズイカクさんだ、良かった……まだ無事だった


「ズイカクさん、無事で何よりです」


俺がそう言うとズイカクさんは首を振った


「それはこちらの台詞だよ、シデン君、無事でよかった……だけど、ここはもう駄目だ、ほとんどの人間が奴らにやられてしまった、所でショウカクはどうなった? 君を助けにミントくんと一緒に向かっていったと思ったんだけど」


 その言葉に、あの映像がフラッシュバックする、強烈な眩暈に襲われるが、意識を集中して呼吸を整えると俺はズイカクさんにショウカクさんの最後を伝えた


「そうか……あいつは敢えて危険な行為に走って注意を惹き付けたんだな、シデン君……ショウカクの意志を無駄には出来ないね」


「はい、所で、いま外はどうなっているんですか? あまりの出来事で気にする余裕もなかったんですけど」


 俺はズイカクさんに聞くと、予め保存していた画像をタブレット端末に出してくれた、ニュースの映像のようだ、端の所には『T型アンドロイドが一斉に暴徒と化す』というテロップがかかれていた、画像には町の人を襲う交通誘導をしていたT型アンドロイドが映し出されていた、その奥には燃え盛る市内のバスが見える、ガラスは割れて窓から赤いものが流れていた。


「酷過ぎる、政府は……自衛隊は出動していないんですか? 」


俺が効くとズイカクさんはうつむいて答える


「自衛隊もすぐに動こうとはしていたみたいなんだ、でも、部隊内にもT型アンドロイドが配備されていて、その暴走したT型を鎮圧するために部隊を割かなければいけなくなったせいで、今は各地の駐屯地の警備と避難所の設置に追われているみたいだ、当面は生存者の救助までは手が回らないだろうね」


自衛隊がそれなら、他の公共の機関も同様だろう……目の前が真っ暗になりそうだった、でもまだ希望はある


「ズイカクさん、手伝ってもらえますか、万に一つの可能性だから望みは薄いかもしれないけれど、でも賭けてみる価値はあるはずです」


俺の言葉にミントさんも気付いたようだ、そしてズイカクさんも


「沖縄にある大型データセンター……そこに向かうんだね? でも、恐らく工場のポッドとは比べ物にならない数のT型が待ち構えていると思うよ、それでも行くのかい? 」


ズイカクさんの言葉にミントさんも心配そうな目で俺を見つめる


「シデンさん、危険です……私は……賛成できません」


 ミントさんの心配も、もっともだと思う、だけど俺は逃げるわけにはいかない、それにもう既にここは地獄なんだから、これ以上悪いことなんて起こる訳がない


「いこう、沖縄へ」


俺の言葉にズイカクさんも頷き傍に置いて有った、複数のボールを腰のポーチに入れる

俺はそれが何なのか聞いてみた


「それは? 」


すると俺にそのボールを見せてくれた、なんか黒いテニスボールみたいな形だ


「これは、煙幕玉(えんまくだま)だよ、爆発すると煙の他にアルミの粉が巻き上がるんだ、吸い込むと危険だからこれを付けて」


と、防塵メガネとマスクを渡された、確かに工場ではよく見る備品だった


「取り敢えず、ここから一番近い空港を目指しましょう」


「なら、航空機の操作は僕が引き受けよう、大抵のものは操縦できるから」


「分かりました、ズイカクさん、お願いします」


俺がそう言うとミントさんが俺の手を握った


「大丈夫ですよシデンさん、私があなたを守りますから」


ズイカクさんも前に出ると振り向いて


「シデン君は僕たちの希望なんだから、だから守ってみせるよ」


 2人のアンドロイドに信頼されるっていうのも、案外良いのかもしれない、でもだからこそ、怖気づいてなんかいられない、自分の機械いじりがもしかしたら、役に立つかもしれない、深く息を吸い込んでゆっくりと息を吐く


「まずは、空港を目指そう、うまくいけば沖縄へ行くことも出来る」

電波暗室を出た三人は、先ずは空港を目指して進む、果たしてT型の『我等は、人間に復讐を開始する』とは一体何なのか


ハンマーヘッド 完


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


今回は読み切りとして、

「世界が壊れたその瞬間」と、

「シデンがただの被害者ではなく、自分の意志で前へ進もうとするところ」

までを描くことを意識しました。


ハンマーヘッドという存在の不気味さや、

人間とアンドロイドの距離感、

そしてミントやズイカクとの関係を少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


感想や反応をいただけると、とても励みになります。

ありがとうございました。

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