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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

救えない愚者<ギャンブラー>

作者: 弓庭柔悟
掲載日:2026/02/06

最初の音は、コインが転がる音だった。




カラン、と乾いた金属音が、暗闇の中でやけに大きく響く。


目を開けると、天井の低い白い部屋にいた。消毒液の匂い。壁はコンクリート、出口は一つも見当たらない。部屋にあるのは、コインのある環孔材の机と椅子、モニターのみだった。




パチンコ店を出たところまでは覚えているが、その後を思い出せない。


考えているうちに、正面の壁のモニターが点灯した。




【ようこそ、ファミリー・チャンスへ】




機械音声だった。感情の起伏が一切ない、くぐもった声。




【ここでは、あなたの「選択」によって、賭けが行われます】


【賭けに勝てば、借金をチャラにしましょう】




賭け。


その言葉に、胃の奥がきしんだ。




俺の名前は佐伯圭介。三十五歳。


ギャンブルで作った借金は四百万。競馬、パチンコ、オンラインカジノ。


妻の美咲は、それでも何も言わなかった。


小学生の娘、つむぎは、俺が帰るたび「おかえり。」と笑った。


【あなたが賭けるのは、お金だけではありません】




モニターの映像が切り替わる。


そこには――自宅のリビングが映っていた。


縛られた美咲と紬。口にはガムテープ。目だけが必死にこちらを見つめている。


喉から、声が出なかった。




【彼女たちは現在、安全です。ただしあなたの選択次第では――】


画面が暗転し、二つの選択肢が表示される。




【第一問】


A:コインを投げる


B:投げない




意味が分からない。


だが、選ばなければならないことだけは、嫌というほど分かった。


「……Aだ。」




震える指で、画面の下に置かれたコインを掴み、投げた。


床に落ちたコインは、表。




【成功】




映像に戻ったリビングで、娘の拘束が解かれる。


心臓が跳ねた。助かった。運が良かった。




【第二問】


A:もう一度コインを投げる


B:ここでやめる




やめる、という選択肢がある。


だが、やめたらどうなる?




「A」




また投げる。


今度は裏。




【失敗】




映像が切り替わる。


妻の足元に、赤い線が引かれ、その内側に刃が降りてくる。




「やめろ!!」




次の瞬間、妻の悲鳴が部屋に響いた。


血が床に広がる。


映像はすぐに消えた。




【ギャンブルとは、そういうものです】




俺は床に崩れ落ちた。




【第三問】


A:娘の命を賭ける


B:自分の命を賭ける




吐き気が込み上げる。


これはゲームじゃない。


俺の人生そのものだ。




「……B」




自分の命なら、まだいい。


娘だけは、守りたい。




部屋にガスが噴射された。


激痛。視界が歪む。




【生存率:三〇%】




意識が飛びかけた、その瞬間――




【成功】




運は味方のようだ。


モニターを見ると、妻が動かなくなっていた。


「……美咲?」返事は帰ってこない。




【第四問】


A:ゲームを続行


B:全てを終わらせる




続ければ、娘が助かるかもしれない。


終わらせれば――どうなる?




「A……。」




もう、後戻りできなかった。




【最終問】


A:娘を解放する


B:借金を帳消しにする




借金は残るがそんなことより紬だ。


「A」画面が切り替わる。




そこには、娘が立っていた。


縛られていない。泣いてもいない。




こちらを見て、微笑む。




【このゲームを提案したのは、彼女です】




頭が、理解を拒否した。




【彼女は、あなたが借金と家族、どちらを取るかを試していました】




娘が、口を開く。


「パパ、いつも選んでたでしょ。“次は勝てる”って」


小さな声だった。それが、何より恐ろしかった。




【最後の選択です】




画面に、二つの選択肢。




A:娘の死


B:全てを清算する




全てを清算する、とは。


問い返す間もなく、カウントダウンが始まる。




俺は、震える声で言った。


「……B。」


次の瞬間、視界が真っ白になった。


―――




病室で目を覚ます。点滴の音。消毒液の匂い。


医師が言った。




「目を覚ましたようですね。奥様とお嬢さんが来られています」


夢だったのか?そう思いかけた、その時。


枕元に、一枚のカードが置かれていた。




【次の賭けは、いつ始めますか?】




裏返すと、近くのコインが一枚、転がり落ちた。


俺はコインに伸びる手をただ見ていた、ただ堕ちていく愚者の瞳で。

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