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「おーし、じゃあ今年はゲームでいくか。次の水曜までにそれぞれ案を考えてくるように。あ、別にたいしたもんじゃなくていいから。『こういうのやりたい』とかそのレベルでいいから。それじゃ今日はここまで。お疲れ様でした」
お疲れ様でしたー、とばらばらに部員が声を出し、今日の電子情報部は終わった。今日は主に『今年のテーマ』について話合った。ゲームをつくる、という大枠は決まったので、いつもの須見ならどんなゲームにするか一人で考えを楽しくめぐらすところだった。だが今日は気分が乗らない。
「どうしたんだ、須見。元気ねーな」
後藤にもそれがわかったらしく、声がかかった。部室に使っているコンピュータールームの鍵を返しに行く後藤の後について、須見は廊下を歩いた。
「明後日、特別研究の授業があるんですけど」
「ああ、1年って金曜だっけ、特別研究。何とってんの?」
「『伝える技術』」
「え、なにすんのそれ」
「色々……人前での話し方とか、資料をつくる方法とか」
「そんなんあんの? 俺んときはなかったなあ」
「あるんですよ。で、それで、明後日発表をしなきゃいけないんです。テーマが『自分の趣味について』で、もう何したらいいのかっていう感じで」
「あー、何しゃべったらいいかわからないんだ?」
「はい」
とは言ったが、それが一番の原因ではなかった。須見が一番困っているのは、『人前で発表しなければいけない』という部分だった。人前とは言っても、特別研究クラスの中でなので、6人を相手にするだけだった。しかし6人だろうが60人だろうが、須見は人前でしゃべるとどうしてもあがってしまう性質だった。声がかすれる。言葉につまる。言っていることが自分でよくわからなくなる。手汗をかく。ただ、そう言うと後藤にあきれられそうな気がして黙っていた。後藤は部長をつとめているし、弁の立つほうだった。
「趣味ねえ。須見の趣味ってなんなの」
「困るんですよね。趣味ったって……ネットとかプログラミングとかいうのも、なんか『趣味』ってのと違うような気がするし」
「じゃあ他には?」
「それが、特に思いつかないんです。スポーツしてるわけでもないし、読書も趣味ってほどでもないし」
「じゃ、ネットとかプログラミングでいいんじゃない? よく知りもしないこと話すより、知ってること話すほうが話しやすいだろ」
「そうですかねえ。いいのかな」
「いーだろ。別に趣味ってこの中から選びなさい、みたいに決まってるもんじゃないんだし」
後藤のアドバイスで、発表のテーマについては何とか決まった。だが実際に話す場に立つと、やはりいつもの症状が出た。手に持ったカンペをくしゃくしゃにしながら、須見は何とかしゃべりきった。
「うーん、今の発表はどうだった? 中本」
「えー、と。そうだなあ、もうちょっと大きくしゃべってもらえると聞き取りやすいかな」
中本くたばれ、と須見はちょっと本気で思った。自分がうすうす見ないようにしている所を人に改めて言われるほど落ちこむことはない。
「そうだな、もっと声張ったほうがいいな、須見」
「……はい」
「でも内容はわかりやすいな。ちゃんと筋道立ってる。前置きと結論がちゃんとあって、聞いている人に伝わりやすい」
「……はい」
やっと終わったので、須見はとりあえず心をほっとするままに遊ばせておいた。それで、次の課題についてうっかり聞き逃していた。
「え? 何だって?」
「二人で組んで、もう一回練習するんだって」横に座った春子が教えた。
「何を?」
「今の発表。それをもっとうまくできるように、ペアを作って練習するの。よろしくね、須見くん」
春子は口角をあげてにっこりと笑った。
「私の趣味は3つあります。1つは音楽を聞くこと。1つはペットで、トイプードルのチョコと遊ぶこと。最後の1つは、お風呂に入ることです……どう? これでいいかな?」
紙芝居のようにスケッチブックをめくりながら、春子は発表の練習をしている。音楽を聴いている絵、犬の絵、バスタブの絵がそれぞれ描かれていた。よく女子が読む雑誌に書いてあるような絵だった。
「いいと思うよ。わかりやすいし……絵うまいね」
「そう? ありがとー、昨日がんばって描いたの。ちょっとおねえちゃんにも手伝ってもらっちゃったけど……」
須見は春子と発表の練習をしていた。今週の金曜日に、また特別研究のクラスがある。それまでにきちんと準備をしておこうということで、春子と意見が一致したのだ。
週末を使って、須見は発表用の資料を作った。アニメーションをつけたプレゼン用資料で、正直自分の趣味を発表するのにこんなものを作っても猫に小判のようだと思った。正直、作っているうちに作ること自体が楽しくなってしまって、当初の目的を忘れた感はある。ただ春子には好評だったのでよしとした。「えー、すごーい、須見くんってこんなの作れるんだあ」とほめられたので、単純にうれしかった。
「……これが、今までに俺が作ったプログラムです。このように自由に、自分のしたいことをすることができるプログラミングが俺は好きです」
「……んー、パソコンの画面が黒くなってるよ?」
「あ、省エネモードになってた、まずい」
初めのうちはうまく言葉が出なかったが、相手が春子一人であることと、飽きるほど練習を繰り返したおかげで、最後には途切れず話せるようにはなっていた。月曜の昼休み、火曜の放課後、木曜の放課後を費やして、立て板に水とは行かないが、板を斜めにするくらいはできた。
「ねえ、須見くん」
須見がノートパソコンを片付けていると、春子が話しかけてきた。もう明日の発表に向けて準備はし終えた。パソコンは部のものを借りているので、返しに行かなければならない。
「須見くんって、蒔ちゃんと仲いいんでしょ?」
「え? あー……うん、まあ、幼なじみだから」
「蒔ちゃんもそう言ってた。付き合ってるの?」
「……いや、そうじゃないよ」
「えー、そうなの? 絶対付き合ってるんだと思ってたのにー。ほんとう?」
春子は椅子から立ち上がってこちらへよってきた。
「本当だよ」
「ほんとかなあ」
春子はとても楽しそうに言う。こういう口調をする春子は初めて見た。
「まじだって」
「へー……わかった」絶対にわかっていないなと須見は思う。
「須見くんさ、けっこう三人でいること多いよね」いきなり話が飛ぶ。
「三人?」
「去年もそうだったし」
「あ、中本と森か」
「仲いいよね」
「あー……まあ」
「いいよね、男子って。なんか親友ってかんじで」
「そうかな」
「そうだよ。ねえ、どうやって仲良くなったの?」
「どうやって?」記憶をたどったが、別にどうしてという理由も思い浮かばなかった。ただだんだん一緒にいることが多くなっただけだ。そこに確固たる原因があったわけではない。
「森泉くんなんて、ちょっとどうやって仲良くなればいいのかわからないもん」
「あー……森ね」
森泉はたしかにぶっきらぼうで、マイペースを貫きたがるきらいがある。体格がいいのでどうも怖い人のようにも見える。だが本当はけっこう面白いことをぼそぼそと言ったりするし、弁当をいつも自分で作ってきたりもしてまめなところもある。悪いやつではない。そう言おうとしたが、春子が口を開くほうが早かった。
「どうしたら仲良くなれるのかなあ……森泉くんと」
「……仲良く?」
「うん……あのね、知ってるかもしれないけど、私、森泉くんが好きなの」
全く知らなかった。意外すぎた。中本かわいそうだな、何で今それを俺に言ったんだ、俺はどうすればいいんだ、と一度に複数のタスクが実行されたが、それの解決策はすぐには出てこないようだった。