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海辺の高校  作者: 仲原洋
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「うみーをわたるーかぜーとー」

 蒔がマイクを握っている。カラオケにいこう、とメールが来たのが昨日の夜12時だった。よく読みもせずに「わかった」と返信したのだが、それで特別研究の全員がいたとは思わなかった。中本がいるのは不思議もなかったが、森泉とみずはまでいるのには驚いた。森泉は常にマイペースだし、みずはは明らかにわが道を行くタイプのように見える。

「筒井さん、何か歌う?」

 みずはが手持ち無沙汰げにウーロン茶をすすっているところに話しかけた。私服でもみずはは黒いパンツをはいている。

「ありがとう」

 声が聞き取りづらかったが、みずははリモコンを受け取り、タッチペンで操作をはじめた。今度は自分が手持ち無沙汰になったので、須見はしかたなく自分のジンジャーエールに口をつけた。

「へー、そうなんだ。どうして?」

 中本が春子のそばにべったりとくっつき、いつもよりワントーン高い声でしゃべっているのが少しいらつく。

「はい、ぱーす」

 歌い終えた蒔が春子にマイクを渡した。須見とみずはの間に座り、オレンジジュースのストローをくわえる。

「みずはちゃん何にすんのー?」

 そのままみずはの持っているリモコン画面を覗き込んだ。「あ、これは? 知ってる? じゃーさー、一緒にうたおーよ」

 そのまま蒔とみずはが話し込んでいる。春子はラブソングを歌っている。フリルつきのスカートは制服よりも短い。

「よっと」

 飲み物を注ぎに行っていた森泉が帰ってきた。入り口に近い席に座って、なみなみ入ったコーヒーをこぼれないようすすり、「カラオケとかまじ久しぶりに来た」とぼそっとつぶやいた。

「お前行かなそうだもんな」

 実際を言うと、須見もあまりカラオケには来ない。特に大人数の場合は気が引けてしまう。蒔と二人で来て、好きな曲を好きなように歌うことはあるが、それ以外で来ることがほとんどない。そもそも中本の歌うような、最近の曲を知らない。サビの部分、しかも1番だけしかわからないものばかりだ。だから大人数でいくと何を歌えばいいのかわからない。しかしだからと言って、いくつかカラオケ用に曲を覚えようという気はなかった。覚えておけば楽なのだろうが、須見はその方面については非暴力抵抗主義を貫いていた。

「お前の幼なじみすげーな」

「え? どうして?」

「ふつーさ、初対面の人間集めてどっか遊びいこうとしなくねえ?」

「うーん……そうか」

「俺はしねえ。めんどいし」

「まあ……わりとノリで物事進めようとするから」

「へー」

 迷惑だったのかと森泉の顔色をうかがったが、別にそれほど嫌というわけでもないようだった。分厚い曲リストを持って入れる曲を吟味している。単なる感想のようだった。須見はほっとした。

「春子ちゃん歌うまいねー。知らなかった」

「えー、そんなことないよお。中本くんのほうが上手だってば」

 中本は終始でれでれとしている。みずはは蒔と一緒にアップテンポの曲を歌っている。澄んだいい声だった。歌い終えて帰ってきた二人のために、須見は奥へ移って入り口近くに席をつくった。

「次さー、直、あれ歌ってよう、あのヘンな歌」須見の隣に座った蒔がいきなり話をふってきた。

「え、何? ヘンな歌って」意外なことにみずはも口を挟んでくる。

「なんかねー、歌詞がちょうおかしーの。無重力がどうのこうのって、めっちゃ音楽がまじめなのに歌詞がめちゃめちゃうける」

 前に二人で行ったとき、須見の歌ったジョークソングを覚えていたらしい。確かにそのとき歌いはしたが、それは二人だけだったから歌ったので、こんなところで歌うつもりは毛頭なかった。

「やだよ」

「えーいいじゃーん、聞きたいー」と腕をつかんでくる。しばしの間、須見と蒔の間で歌う歌わぬの喧々囂々が起こったが、最終的に須見はリモコンをつかみ曲ナンバーを送信していた。

「おとうとよーほしをみてー」

 須見が歌っている間、蒔は爆笑していた。春子とみずはまで笑っているし、中本は喉まで見えそうに口をあけて蒔に倣っている。森泉もにやついていた。

「あはは、ありがとー」

 歌い終えた須見に、目じりをぬぐいながら蒔が言った。

「ほんとだよ」

「わかったよ、今度なにかおごるから」と蒔は言うが、時折思い出したように笑いをもらす。蒔がいなければ絶対歌わなかったのに、と須見はソファに深く腰を下ろした。

「須見くんって面白い人なんだね」と春子にまで言われ、須見はそれから決してマイクを手に取らなかった。

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