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海辺の高校  作者: 仲原洋
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 新学期に入って一週間がたち、だんだん教室の中も落ち着いてきた。昼休みもにぎやかにおしゃべりの声がするし、授業中に寝るやつもだんだん出始めた。 昼休み、須見は弁当をたべ終わり、中本にノートを写させていた。5限目の数学で4ページの宿題がでたのを、中本はすっかり忘れていたのだった。

「おい、少し間違い混ぜとけよ。完璧におなじだとあやしまれる」

「んなとこまでみねーって。丸つけて終わりだよ」

「いや、中本が全問正解すんのはあやしい。一つくらい途中でうつすのやめろ」

「あと全問一気に解いたのもありえないから、真ん中くらいでシャー芯折って筆跡変えたほうがいいな」

「うぜー」

中本はがしがしとノートを埋めている。罫線などあってなきがごとしだった。

「なおー」

ばっと振り向くと、扉のそばに蒔が立っていた。

「ねー、体操着もってる?」

蒔は須見の姿をみとめると、ぱたぱたと近寄ってきた。

「もってるけど、なんで」

「次さー、わたしのクラス体育なの。で、持ってくんのわすれてて。もう直のを借りるしか」

「いや無理でしょ」

蒔の身長はかなり低い。体格的に須見の服が合わないのは一目でわかる。

「袖とかまくればさ、いけるかもしれないじゃん」

「いやー、厳しいだろそれは。肩幅とか絶対合わないし」

「じゃあ無理かどうかみるから、ちょっとかしてよ」

そう詰められ、須見はしかたなくロッカーから体操着を引っ張りだして、袋ごと蒔に渡した。蒔はジャージの上をジャケットの上から羽織る。

「ほら、ぶかぶかだ」

蒔の両手はすっぽりジャージの袖に入ってしまっているし、すそは太ももの中程まで達している。

「いやでもこうすれば」

蒔はジャージの袖を思い切りまくった。ようやく手が外に出たが、今度は肩がずれて二の腕あたりがパフスリーブのようになっている。 それであきらめるかと思えば、蒔は今度はジャージの下を取り出して、スカートの下にはいた。こちらはさらにひどい。足が出ないのでまるで時代劇の殿中武士のようだった。

「あははは、これで走ったら絶対転ぶー」

蒔は一人で大笑いしている。腕をむやみに動かして、あまった袖をふりまわす。

「須見って身長いくつだっけ?」

 とその様子を眺めていた森がたずねた。

「178くらい。去年の測定のときは」

「あまるだろー、それじゃ。他の女子に借りなよ」

「しかたない、そーするかあ」

 蒔はぶかぶかのジャージを脱ぎ、ちょうど教室の中にいた女子へ近よっていった。そしてしばしの後、体操着を受け取っていた。おそらく初めて話した相手だろうに、よく貸してもらえるものだなあと須見は感心した。

「じゃーまた後でね、直」

「後で?」

「今日部活の見学日でしょ。遊びに行くから」

「こなくていいのに」

「須見先輩の仕事ぶりを見に行くからねー」

 蒔は廊下から大きな声で言い、自分の教室へ帰っていった。

「誰」

 蒔が見えなくなった後、森泉がぼそっと言った。

「妹?じゃねーか、お前一人っ子だし」

「隠し子か」

 中本もシャーペンの手を止めている。

「幼なじみ。高校からきた」

「おー、まじで?」

 なぜか森泉が声を上げた。若干テンションが高い。たいてい一本調子にしゃべる森泉には珍しかった。

「マジもなにも」

「おー」と今度言ったのは中本だが、その顔はにやにやと口元がゆがんでいる。

「んだよ」

「いやー、べっつにぃー」

「ただの幼なじみだって」

「別に何も言ってねえしー」

「言ってんだろ」

「いや言ってねえし」

「じゃいいよ、返せよこれ」

「はあ?お前ちょっと、まだ全部うつしてねーんだよ。返せ」

 須見と中本はノートをひっぱりあった。おかげで紙がくしゃくしゃになり、提出のとき須見のノートだけがやけにかさばっていた。

 放課後、須見はまっすぐ第二理科室へ向かった。須見は電子情報部に属している。電子情報部というと仰々しいが、活動内容はプログラムをつくったりロボットを組み立てたりすることだ。須見はごく楽しく活動しているのだが、部員は少ない。上に二人、中学三年に一人、二年に三人だけだ。須見の学年では須見一人だけだから、全員合わせて七人。なので毎年部活紹介には力を入れているが、それでも入るのは多くて三人だった。これはまだ頑張りが足りないのか、それとも精一杯やってもこの程度の伸びしろしか見込めないのか、ちょっと判断がつかない。

「お、須見、遅いぞ」

「すいません」

 第二理科室では既に先輩の米川がいて、セッティングをしていた。須見もそこに加わり、コードをつなげてパソコンを起動させる。

「あれ、延長コードどこやったっけ」

「はい、ありました。あ、これどうします?もうソフト起動させといたほうがいいですか?」

「そだな。一台にずっとポチをつないでおいて、もう一台でゲームつけとこう」

 ポチというのは、去年に部活でつくった犬型ロボットのことである。歩くことと走ること、それにボールを追うことができる。パソコンからコマンドを入力すればほえさせたり「ふせ」をさせることもできる。首に毛糸でつくられたリボンが巻かれている。

 パズルゲームも去年つくったもので、五色のパネルをいろいろに組み合わせて高得点を狙うというルールだった。上下左右の矢印キーで操作する。

「今年はけっこう受けいいんじゃないの」

「ですねえ、一昨年はぜんぜんでしたからねえ」

 一昨年は虫型ロボットをつくった。八本の足をそれぞれ別々に動かせる力作だったのだが、部活紹介のときはまるっきりないものとして扱われていた。一度も触られもせず、今は部室のロッカーの隅に眠っているはずだ。

 新入生は、放課後体育館に集められてそれぞれの部活の1分PRを聞く。その後それぞれの部活の活動場所へ行き、須見たちのように見学用の展示やデモンストレーションをおこなっているのを見る。

「今頃発表時間かな」

 米川が壁の時計を見上げた。発表には先輩の後藤、それと一つ下の秋坂が出ている。

 30分ばかりすると、少しずつ新入生が入ってきた。第二理科室では電子情報部のほかに、生物部や科学部も発表をしている。生物部はかわいらしいハムスターを展示しているし、科学部は空き缶で綿あめをつくっている。まずはそちらへ人が集まっているが、しかしポチとパズルゲームも健闘していた。

「これ、部のみんなで作ったんだよー。ちょっと触ってみて」

 米川はがんがん新入生を呼び止めている。須見もそれにならう。最初は嫌だったが、3回目ともなるとだんだん慣れてくるし、先輩と後輩の手前そんなそぶりも見せられない。

「ほら、このボール転がすと、それを追っかけてくんだ。お手もできる」

 たいていの新入生はすっと去っていってしまうが、幾人かにはポチをさわらせゲームで遊ばせることができた。チラシを手渡し勧誘する。

「はー、つかれたつかれた」

 後藤と秋坂が帰ってきた。後藤は手にスレートPCを持っている。

「どうだった?」

「まーまー。ポチ2号が壇上でこけてさ」

「え、大丈夫だったんですか?」

「ころんだままお手をしてて、笑いはとれてました」

 秋坂が補足する。秋坂は電子情報部唯一の女子部員だ。代々男子部員ばかり多いので、今年はもっと女子部員に入ってほしいと思う。色的にどうしても暗くなってしまうし、秋坂もやりにくいだろう。ただ、やはり興味を持ってくれるのは圧倒的に男子生徒が多い。

「おー、あったー」

 蒔がやってきたのは、そろそろ活動時間も終わる頃だった。米川と後藤は先に片づけを始めていて、いたのは須見と秋坂だけだった。

「遅かったね」

「うん、迷った。校舎の奥の奥にあるんだもん」

 蒔は手に何枚ものチラシを持っている。

「あ、それがポチ?かわいー」

 蒔は人差し指でポチの頭をなでた。ばうばうとポチがなくと、声を上げて笑った。

「あ、これ、前教えてもらったやつ?」

 パズルゲームを見ながら蒔が言った。モバイル版を以前作ったので、それを蒔の携帯にも入れてみたのだ。

「そう。ほんとはタッチして操作できるようにしたかったんだけど、時間なくて」

「でもこっちのほうがきれい。色とか」

「少しは改良したからね。作り的には変わってないんだけど」

 蒔は少しパズルゲームで遊び、すぐにゲームオーバーになっていた。

「蒔はどっか部活入るの?」

「んー、入らないと思う。家のこととかしなきゃいけないし」

「そっか」

 蒔がいたのはほんの15分ほどだった。すぐに6時になり、須見と秋坂も片付けを始めた。パソコンの電源を落とし、コードを巻き、ロボットのスイッチを切った。

「さっきの人……」秋坂が机をふきながら口を開いた。

「ん?」

「さっき、須見先輩に会いに来た人」

「ああ、蒔?」

「はい。友達ですか?」

「ああ、そう。高校から入ってきたから、遊びにきたんだよ」

「へえ、うちの部に入られるんですか?」

「いや、ないと思うな。そう言ってたし、大体蒔……あの子は理系科目苦手だし」

「ああ、そうなんですか」

「そう。それより秋坂ちゃん、友達さそって女子部員入れてよ。今日も男子生徒ばっかりきたし、バランス的によくないし」

「うーん、でもやっぱり女の子だと難しいですよ。部の名前聞いただけで敬遠しちゃうし」

 そういうもんだよなあ、と須見は考えた。電子情報部という名前は自分の体をさっぱりあらわしていない。ネーミングというものは大事だ。もっと軽めの名前にしたほうが人は集まりそうなものだ。

 しかし三十年来の部活の名前を変えるような意思も須見にはないので、この問題はうっちゃっておいた。その年、電子情報部には3人の新入生が入った。もちろん全員男子生徒だった。


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