プロローグ
どこか見にくかったり、違和感があるかもしれません。
もし不備があれば指摘して下さるとありがたいです。
今から1年と少し前。
その人と出会ったのは中学2年生の初夏頃だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー6月
「ぐぁぁぁぁ!!!!」
鋭い痛みが全身に感じ取れた。
その投球した勢いのまま膝から崩れ落ちていくのが分かった。
「日跡…!」
「日跡っ!!!」
ぞろぞろと俺の所にチームメイトが群がってこっちに来る。
やばい、腕が上がらない。
立てるなら今すぐに立ちたい。
それを拒むかのように肩に鋭い痛みともう二度と野球ができない絶望が俺の頭の中を駆け巡り、次第に身体中の筋肉が弱まっている気がした。
「大丈夫か?日跡!!」
1番最初に俺の所に駆け寄ってくれたのは、白崎風弥。
昔から俺とバッテリーを組んでる幼馴染だ。
心配そうに俺の事を見てるのは白崎だけでは無い。
俺と同じ同級生、俺を慕ってくれてる後輩、そして、俺の事を見てくれてる先輩。みんなが弱っている子犬を見るかのような目線を俺に送り付けてる。
大丈夫と元気に言える空気ではない。むしろ心配されては自分の弱さを改めて知ることになるんだろう。
「監督からの伝言だ。」
「長岡は1度ここの保健室に向かって様子見を見てから病院行くこと。」
そう言われるのもわかっていた。少しだけ休めばまたマウンドに立てる。そうだ…俺はそうやってまたマウンドに立てれて来たんだ。あの時も、あの時だって…。痛い…
肩の痛みから次に頭が痛くなってきた。
鋭い肩の痛みで野球が出来ないという精神的に苛まれているのに続いて今度は落雷に打たれたかのように周りがキラキラと光っては誰かに頭を締め付けられるような傷みが襲っていく。痛みが2つもあるのか、痛みが強すぎて今度は吐き気がしてくる…。
「分かり…ました…。」
…もう駄目なのか。
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気がつけば夕焼けが照らしてる薄暗い部屋。
視線が慣れてくると今度はひぐらしがうるさく喚いてる。
「…」
「目が覚めたか。」
1番初めに話しかけてくれたのは顧問の水戸監督。とても優しく野球へ熱い、とても良い人だ。
そしてそれを皮切りに周りのチームメイトは俺に心配の声を上げては慰めるような言葉もかけてくれた。それよりも気になることはただ1つ。
「監督、俺…。」
「…。」
監督はじっと下を向いている表情もいつもよりも頑なに筋肉を強ばらせていた。
「…。」
周りにいるチームメイトも黙っていた。何となく言いたい事はわかる。
「…試合はどうなりましたか?」
「3-8で負けた。」
「…じゃあ、全国大会の出場は…。」
「…」
静かに下を俯きながらも監督は首を上下にゆっくりと動かしていた。
「…ごめんなさい…。」
か細い声でみんなに謝った後に、ぼやけてる視界の先から1つ2つ、溜まっていた雫が白い布団の布の色を濃くする。
「何も悪くねえよ。悪いのは俺たちだ…。」
「日跡の居ない分、俺らがカバー出来れば…。」
一人一人が弱音を吐きながらも俺に責任を押し付けずに自分我先にと責任を抱えようとしていた。そして、悔しかったんだ。一人一人には目には涙が溜まっていた。静かにすすり泣く声音を吐いてる後輩と同級生。天を見上げてはグッと眉間に皺を寄せて頬を濡らしている先輩。
俺の所為だ…俺の所為で
みんなが頑張って来た今日の日を俺の怪我のせいで…。
「……よしっ長岡は安静にしとけ。誰か、長岡の荷物を持ってきてくれ。」
「俺、行きます。」
そう言って風弥は監督と一緒にさっきまでいたベンチに向かって行った。
そして最後に監督は俺の周りにいる人達にこう告げた。
「今日は早く家に帰ってゆっくり休んで来週の部活で振り返ろう。」
「こんな形で申し訳ないが解散だ。部長挨拶。」
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「それじゃあ1度病院に連絡をするから待っとけ」
窓が震える音と木の板がふらつく音で完全にドアが閉めた後に監督は廊下の奥の方へ向かった。
「ありがとな、風弥。」
「いいんだよ。…それよりも怪我が」
「なーに、心配すんな!早く治してマウンドに戻るよ」
「…無理だけはするなよ。」
それが捨て台詞のように俺に告げ軽く微笑んだ後にドアを閉める。廊下の足音が遠ざかっていく。その音が完全に途絶えた瞬間、静寂の保健室から響いたのは自分の無責任の不甲斐なさの苛立ちが込み上げてきた。
「…くそっ!!」
やはり俺の所為だ…。風弥のあんな不安そうな顔は久しぶりに見た気がする。それに、俺の事を信じてくれた仲間たちにどんな顔をして部活に出ればいいのかも分からない。
「…。」
強く握りこんだ拳を無言で布団に叩きつける。ホコリの舞うのがはっきりとわかる茜色の部屋、金属音の軋む音、布団の空気を逃させたような叩きつけるような重い音が部屋中に響き渡る。
…廊下からコツコツと音を立ててこちらに向かって来る。恐らく監督が戻って来たのだろう。拳の後を元に戻しカーテンを開ける。寝っ転がらずにひたすら、監督の帰ってくるのを待っていた。
ガラガラとドアの空いた音。何かを告に来るんだと確信した。
「監督、これから病院ですか?」
下に向いてた顔を上げるとそこには男性では無く、女性の姿だった。髪はセミロングぐらいだろう。細長く艶やかさな黒髪に白い肌と透き通るような瞳。制服見た感じは相手の中学の生徒なのだろう。応援に来たとかで試合に見に来たとか…。でも、俺はこの人のことをよく知らない。こんな美人の生徒が俺に用なのか?
「あ、あの…どちら様ですか…?」
「いきなりでごめんね!」
申し訳ないと言わんばかりに顔でこちらに挨拶してくる。凛としてる雰囲気で少しミステリアス。正直何を考えてるのか分からないが心配してくれてる事は分かった。
「怪我大丈夫かな?」
「だ、大丈夫です…。」
「…。」
数秒の沈黙が続く。この人は正直何を考えてるのか分からないミステリアスだ…。
なにか話す話題がないかと模索した時にとにかく相手のことを褒めるべきだと母からの助言を思い出した。
「よかったですね!あなたの中学初めてのブロック大会出場だなんて。うちの中学も一昨年にブロック大会出場したんですよ!」
今は相手の中学のことを褒めていよう。そしたらあの人もありがとうと言って会話が広がるだろう。
「……。」
じーっとこちらの様子を伺っているむしろ会話が広がるよりかは大人しく聞いてる感じなのか?とりあえず話を続けて相手の反応を見ていよう。
「地元で唯一全国野球がやれるのはここだけだったんで行けるかなって思ったんです。」
「……。」
「多分、俺、これっきりで野球は最後なのかも。」
言いたくないけど、これが現実だ。きっとこの怪我は今までに味わったことの無い痛みだ。こんな痛みは生まれて初めてだ。もう俺の野球人生は終わりなのだ。
「まだ、終わりじゃないよ。」
唐突に言われて欲しい言葉を言われた。
ミステリアスで掴みどころの無いこんな綺麗な人に言われて欲しい言葉をかけられたのは生まれて初めてだ。
「え?」
「私、よく兄さんとキャッチボールをしていたの。その時の公園にいつも君がいたのを覚えてるよ。」
続けて彼女は懸命に俺の事を話す。
「君はいつも走っていて、壁にボールを投げて、素振りもしていたよね?そうやって昔から頑張ってきたことだから、ここまで来れたんだと、私はすごいと思うよ!」
そう彼女から照れもなくただまっすぐ俺の顔をみて真剣な眼差しで熱く語りかけた。
俺の目にはいつの間にか悔しさのあまりに溜まっていた涙が次第に流れ出し、人前では泣かないと決めていたものがあっという間に流れてくる。その追い討ちをかけるかのように彼女は俺の左手にぎゅっと掴み取り。
「がんばれ!!」
その単純な一言で俺は溜まってきた何かが溢れ出し号泣した。
嬉しい。悔しい。悲しい。楽しい。そんな喜怒哀楽の激しい想いが頭を駆け巡る。
彼女はただ俺の左手を握りしめたまま、念じるようにさらに力を入れる。この人の温もり、
この人の優しさ、この人への感謝。利き手じゃないからこそ、この違和感が俺の原動力を動かすのだろう。この時間も過ぎている事を知らずにいると、ドアの方から男性の低い声が聞こえた。
「長岡、病院とタクシー呼んであるから帰宅準備をしとけ。」
先輩は気づいてた。先生の歩く音がぴたりと止まった瞬間に左手を優しくオレの膝下に置いて
そっと立ち上がり少し間を取っていた。
「だ、大丈夫か?相当痛かったのか!?」
涙でボロボロになっている俺の事を見て心配してるようだが、あまりにも保護者のような言い方に少しほっと笑ってしまった。
「あははっ!大丈夫ですよ!少しこの人と話していて…」
頬を上げる閉じた目で彼女のことを指を指す。
「…この人とってどこにいるのか?」
そう言われた瞬間、彼女の姿はどこにもいなかった。さっきまでいた彼女の甘い匂いは仄かに空間を作っている。
「え!?さっきまでいましたよ!」
「あーそれなら、すれ違ったさっきの子かな?」
急いで扉の方へ駆け寄り、勢いよく拙い左手で扉を開けた。そこにはさっきまでそこにいた彼女が廊下を歩いていた。掴みどころのない彼女に何を思ったのか、
「あの、どこの高校に行きますか!」
彼女の歩くスピードは瞬時に止まりこちらにくるっと振り向いて答えた。
「樋野栄高校に行くよ!」
「野球強豪校じゃあないすか!」
うちの中学の近くにある樋野栄高校。
スポーツ強豪の高校で普通科とスポーツ科のある公立高校だ。そして彼女は続けてこう言う。
「私、吹奏楽やってるの!一人一人の野球選手を応援したくて!」
ここでさよならは言いたくない。せめて名前だけでも。ぎゅっと右手の力を振り絞り彼女に大きな声で問いかけた。
「あなたの名前はなんで言いますかー!」
狭い廊下の空間に俺の声の残業が残っている。
そして今彼女も大きな声で言う。
「雪見秀佳!中3で来年には樋野栄高校に行きます!」
俺の一つ年上だ。優しさも包容もあるのも納得だ。あの人に自分の事を心強く残れるようにまた大きな声で、
「俺、長岡 日跡っていいます!雪見先輩が樋野栄で1年生になってる間、俺はまたグランドに立てるように頑張りますー!…俺!樋野栄に行って、野球やりますー!」
彼女への視界が少しぼやける。涙目と鼻をすするような声。みっともない姿でも俺は彼女に覚えてもらおうと必死に声で訴えた。
「先に樋野栄高校で待ってるねー!」
放課後のチャイムが俺たちの空間を包み込む。
窓から流れる生ぬるい風がカーテンを靡かせ、
2人の決心のついた顔はお互いの目と目が交わり合う。
彼女から大きく華奢な手のピースサインが出ている。その顔は誇らしげで健気で明るい笑顔をしている。
俺も雪見先輩に向けてボロボロの右手を力いっぱい振り絞り不器用ながらもピースサインを差し出した。
これが俺の初恋だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
反応があれば続けて描いていきたいと考えております。