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#4 影に潜むアイリスの真実

 自室に戻ると、リエルが神妙な面持ちで切り出す。


「落ち着いて聞いてください……実は、ルチルちゃんには、生前の記憶があります。彼女が6歳のときに――」


 リエルの声が、かすかに震えた。

 彼女はすぐに口元を引き締め、いつもの調子を装う。


「亡くなったんですか?」

「はい。本人の希望で、魂はキャスト・ドールに移されました」


 ルチルが受けた傷は、そのまま人形の身体に現れた。その修復を依頼されたのが、シンジだった。


「さきほど電車内で見てもらったのは、ルチルちゃんの光。彼女が見せたい自分です。パートナーであるシンジさんには、影の部分も知っておいて欲しいのです……。お話させていただいてもよろしいですか?」

「……お願いします」


 いまから20年前の3月31日の事です。

 リエルが苦しそうにルチルの過去を語り始めた。


 6歳の少女が何者かに誘拐され、自宅近くの倉庫から遺体となって発見された事件。その少女がルチル(本名:アイリス・フォレスター)だ。被害者のアイリスは美少女コンテストで何度も優勝し、家族もセレブだったことから当時はかなり話題となった。


「彼女の遺体には拘束された痕跡がありました……。犯人は逮捕されましたが、すぐに亡くなってしまい、動機は今も分かりません」


 シンジが自室の畳を呆然と見つめていると、リエルがシンジの肩に手を置いた。


「終わりに……しますか?」


 シンジは言葉に詰まり、首を横に振ることしかできなかった。


「これから体験することは、過去の出来事。シンジさんの声は彼女には届きません……」


 リエルが指を鳴らすと、景色が変わった。


 なんだ。ここは……。

 いまシンジが見ている光景は、ルチル(アイリス)の記憶だ。


 長い間使われていなかったのだろうか。ホコリの積もった石の床。

 ホコリとカビの混ざったような匂いが鼻につく。


 椅子に縛られたアイリスの姿が月明かりに照らし出される。


 小さな窓から覗かせる青白い月をアイリスが、うつろな目で見つめている。


 いくらシンジが声をかけてもアイリスには届かない。

 やりきれない気持ちを抑えて、リエルの言葉に耳を傾ける。

 アイリスの好きな食べ物。叶えたかった夢。リエルを通して、色々な話を聴いた。


 3月31日。午後11時59分。

 ルチルは、7歳の誕生日を迎える1分前、静かに息を引き取った。


「11時59分……。ルチルはこのことを知らせようとしてたんですかね……」


 シンジが良く目にしていた『1159』と一致している。


「違うと思います。1159は、あなたに幸せが訪れますという意味です」


 シンジは俯いたまま、唇を強く嚙みしめる。


「ルチルちゃんのことを思うと、やっぱり考えてしまいます……。シンジさん。神さまは居ると思いますか?」

「ルチルが7歳の誕生日まで生きることを許さなかった神さまを、俺は許せない」

「そう、ですね……」


 シンジの言葉を受け取ったリエルは、嗚咽交じりで言葉を紡ぐ。


「生前のルチルちゃんは体が弱く、あまり外で遊ぶことができなかったようです。性格も今とは逆で、かなり大人しい子だったと聞いています。その反動で、いまは活発に動き回っているのかもしれません。そんなルチルちゃんを助けてくれませんか? 20年間、彼女は毎日のように悪夢を見続けています。ルチルちゃんがアナタの守護をすることになったのは、巡り合わせ。救済はパートナーであるアナタにしかできないことなのです……」


 そういうことか。

 シンジは、“この子を救ってあげてください”という、人形に添付されていたメモの文言を思い出していた。


「転生して別の人生を歩めば、ルチルちゃんは悪夢から開放されます。彼女が叶えたかった夢は、シンジさんと直接話すことでした。それが転生を拒む理由になっていたようで……。夢が叶ったいま、守護天使である必要がなくなりました。シンジさん。転生するよう、ルチルちゃんを説得してくれませんか?」

「……わかりました」


 毎晩のように、ルチルが事件を思い出してしまうようだ。

 転生すれば、ルチルの記憶は消去される。

 シンジも、ルチルと過ごした日の記憶を失ってしまう。

 転生か、守護天使の継続か。ルチルに選択させるのは酷かもしれない。


「もし彼女が守護天使でいることを選んでも快く受け入れてくださいね。いま、ルチルちゃんは空き地にいるはずです。人形に憑依できる時間は残りわずかです。急いで会いに行ってくれませんか?」

「はい……」


 どんな顔をしてルチルに会えばいいんだ?

 シンジは、黒い髪をクシャクシャに掻きまわした。

 また会えるのが嬉しいはずなのに、胸の奥が妙にざわついている。

 嬉しいだけで済めば、どんなによかっただろう。


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