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#3 天使の輪光

 ちびっ子(幼女)に少し苦手意識のあるシンジは、どうしたものかと頭を悩ませる。

 餌付けでもしてみるか……。


「アイス食べる?」


 食後のデザート用に買っておいた『月見大福(でーふく)』をルチルに渡す。


「くれるん?」


 ルチルは、花が咲いたような極上の笑顔をみせた。

 付属のフォークを使うことなく、でーふくの中央に人差し指を突き刺した。


「なあ、あんちゃん。チャック・ノリスって人の背中に、ファスナーを付けたらどうなるか知っとる?」


 アイスを食べ終わったルチルは、ベタベタになった指をシンジの服になすりつける。


「知らんがな……」


 とは言ってみたものの、シンジは天使の期待(むちゃ振り)に応えてみたくなった。


「“ノリス・ファスナー”とかになるんじゃないか?」


 そんなわけないか……。

 案の定、シンジの答えをルチルは全く聞いていなかった。


 ちびっこの行動は予測が難しい。

 ルチルの興味は、すでに別のものへと移っていた。


「あんちゃん。えーが見ようぜ!」


 畳の上で胡坐(あぐら)をかいたシンジのヒザにルチルが座る。


「天使の()っ!」


 シンジの顔を見上げたルチルは、ポシェットからDVDを取り出した。


 鬼と手を組んだ桃太郎が神々に戦いを挑むという、サイバーパンク・アクション映画らしい。


 主演 ノリス・ファスナー。


 ファスナーさんは、ここに居た……。


「コイツをルチルの頭にのせてけれ」

「天使はDVDプレイヤーにもなるんですよ」


 しばらく黙って見守っていたリエルが、助け船を出してくれる。

 天使の輪のヒミツにも言及した。


「天使の頭上でふわふわしている輪光(アレ)、実は円盤なんです」


 丸形蛍光管も搭載可能らしい。まさしく天使の輪。

 着脱可能で、普段は隠しているそうだ。


 天使にディスクを載せると、映画や音楽を再生できるとのことだ。「ブルーれいにも対応している」と、リエルがこっそりと教えてくれた。100倍速以上でしか再生できないことが難点だともつけ加えてくる。


 ルチルの頭にDVDを載せると、高速で再生された。


「あんちゃん。面白かったじゃろ?」


 1万倍速で再生されたせいか、映画の内容はサッパリわからない。

 というより、瞬きを2回している間に終わっていた。


「お、おう……」


 守護天使の笑顔に屈したシンジは、そう答えるしかなかった。


 映画の視聴が終わると、ルチルは何かを思い出したかのように玄関へと向う。


「お仕事があるから、ルチル帰るな」

「仕事?」


 帰るって、どこにだよ……。

 助けを求めようと、シンジはリエルを縋るような目で見やる。

 リエルは無言。

 ただ笑みを浮かべるだけだった。


「行ってくるぞい」


 親指を立てると、ルチルは去っていった。

 嵐が過ぎ去った後のように静まり返る室内。


「ルチルの仕事って?」


 部屋に空いた穴を音声で埋めてみようと、シンジはリエルに問う。

 だが、リエルは教えてくれない。

 自分の目で確かめろということか。


「それじゃあ、行きましょうか」


 リエルに手を引かれ、シンジはルチルの後を追った。


 ルチルは駅を目指しているようだった。


 目的の駅につくと、ルチルは自動改札を抜け、ホームへ向かった。

 鼻歌を歌いながら体を左右に揺らし、ルチルは電車の到着を楽しそうに待つ。

 見ているシンジが、つられて笑顔になってしまう動きだ。


 電車がホームに到着すると、「フェード・イン」と言いながら、ルチルは後ろ向きに乗車する。


 ルチルの後に続き、車内に入ったシンジは周囲に目を配る。


 つり革につかまり、読書をするおじさん。

 うたた寝をしているサラリーマン風の男性。

 スマホをいじっている女子大生風の女の子。


 混雑こそしてはいないが、空席もないような感じの車内。

 ゆっくりと流れてくる風。

 床から伝わってくる振動が心地いい。


 霊体モードで稼動中らしい。ルチルの姿は乗客達には見えていないようだ。

 シンジは、ドキドキとワクワクがとまらない。

 何かやらかしそうなルチルへの期待感でいっぱいだった。


 一方のリエルは、授業参観に来た母親のような、少し不安そうな面持ちだ。


 ルチルが動き出した。読書をするおじさんの前に立つ。

 ページをめくるため、つり革を放すおじさん。

 ルチルは、“ひょいっ”と、つり革を横にずらす。

 つり革をつかもうとしても、つかめないおじさん。

 ルチルとおじさんの攻防が幾度となく続く。こうした現象は天使が起こしていたのだ。


 ルチルはサラリーマン風の男性の前へ移動する。

 次の停車駅に近づいてきたころ、「打つべし」と言いながら、男性のみぞ落ち辺りに軽くパンチをお見舞いした。


 電車の音でかき消されたのか。ルチルの声を気にする者はいない。


 腹パンをくらった男性は「ふぁう」と声をあげて目を覚ます。

 慌ててその駅で降りて行った。

 電車で寝ているときに“ビクン”となるあの現象は、天使の仕業のようだ。


 シンジには、ルチルが小ぶりの爆弾のように見えていた。

 こみ上げてくる笑いを必死で抑えながら様子を窺う。


 次の駅に到着。

 駆け込み乗車をしようとする女性。赤ん坊を抱きかかえている。

 女性が乗り込む寸前で、閉まりかけるドア。

 ルチルが「ふんがっ」とドアを押さえると、ドアが完全に開く。

 女性は無事に乗車できたのだった。


 大きな仕事を終えたルチルは、赤ん坊に向かって手を振る。

 ルチルが見えているのだろうか。赤ん坊がルチルに向かって手を伸ばしている。


 ルチルって良い子じゃないか。

 ホッコリした気分がシンジの体を満たしていた。


 次々と仕事をこなすルチルの動きは速い。

 シンジは、ルチルを見失ってしまった。

 このまま放置して問題ないのでは? とリエルが言う。


 やっぱり気になる。

 もう少し探してみようと、シンジが後ろの車両へ移動しようとした時だ。

 車内がケンタッキー臭(フライドチキンのいい香り)に包まれた。

 隅っこのほうで、ルチルがお食事をしている。

 ご丁寧にも、スカートの裾で仰ぎ、車内にケンタッキー臭を振りまいていた。


「お前が犯人か!」


 シンジは、思わずツッコミを入れてしまう。


「なんだかお腹が空いてきましたね」


 リエルが腹部をさすりながら、シンジのほうを向く。


 シンジも同様だった。

 ケンタッキー臭に食欲を刺激され、腹の虫が泣きわめく。

 ルチルの“仕事”は、どうやら本当に“天使の業務”らしい。


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