#2 大天使は冷蔵庫に話しかける
シンジが部屋に戻ると、見知らぬ女性がいた。年齢はシンジの1つ上くらいか。
あれ? 部屋間違えた?
シンジは周囲を見回した。
天井には延長ヒモの付いた照明器具がぶら下がっている。
ほぼ機能していない14型のブラウン管テレビ。
間違いない。自分の部屋だ。
「シンジさん? お帰りなさい」
“牛乳ビンの底”のような丸いメガネをかけた彼女は、全力で冷蔵庫に話しかけている。ものすごい至近距離でにらみ合うヤンキーに見える。
「どちら様?」
「そーです! 私が大天使『リエル』ですっ!」
リエルと名乗った女性の口調は、変なオジサンのようだった。
「大天使さんが、俺に何の用です?」
「修復を依頼していたお人形の件で、少しお話がありまして――。お人形を修復したことがきっかけで、シンジさんは守護天使の姿が見えるようになったのですが……。結論を言います。近いうちに、銀髪碧眼の少女が現れます。というより、もうこの部屋に居ますけどねっ!」
なんの躊躇いもなく、リエルが冷蔵庫の引き出しをあけ放った。
「ルチルちゃん。そんなところに入っちゃダメですよ」
「よっ!」
さきほど空き地で遭遇した銀髪碧眼の少女ルチルが、ハナホジをしながら顔をだした。
「はやく出てきなさい。お野菜が余計にきらいになっちゃいますよ?」
「そういう問題じゃあ……」
密閉された冷蔵庫で遊ぶ危険性をシンジが説こうとした時だ。
野菜室から勢いよく飛び出したルチルは、シンジに抱きついた。
「あらあら、まあまあ。かなり懐かれていますね」
大天使リエルは破顔一笑の表情を見せる。
「リエルさん。訊いてもいいですか?」
「私のスリーサイズですか? 230です!」
B・W・Hの合計らしい。
「先ほど申しました通り、ルチルちゃんはアナタの守護天使です」
「シュゴテンシって?」
シンジは小首をかしげる。
「守護天使とは、守護対象に善を勧め、悪を退けるよう導きます」
「要するに、どういうことです?」
「簡単に言えば変態。いえ、無害のストーカーです!」
「言い方……」
渋い顔をしているシンジをよそに、リエルは天使トークを炸裂させる。
「守護天使からのサポートは一生涯! 守護対象が生まれた時から張り付いて、アナタが亡くなるまで付きまといます。保険料は一切かかりません!」
リエルの説明は、保険会社か警備会社のCMのようだった。
「結局、守護天使は俺に何をしてくれるんです?」
「はい? 何もしませんけど?」
大天使リエル、シンジの守護天使だというルチルは、冷蔵庫に手をつくという同じポーズをしてみせる。
天使については不明な点が多い。
そもそも、目の前にいる2人が天使だというのも信じがたい。
ひとつだけ分かったことがある。ここに居る2人は、アホっぽいということだ。
「確かに、無害のストーカーですね……」
「強いて挙げるなら、アナタに伝えたいことがあると、なんらかのメッセージを発信します。私どものギョーカイではこれを『エンジェル・メッセージ』と呼んでいます」
リエルの言うギョーカイとは、神界である。
「メッセージは言葉で送ってくるとか?」
「エンジェル・ナンバーという数字を送ってきます。最近、気になることはありませんでしたか?」
「1159を頻繁に見たような気が……」
車のナンバープレートの数字、買い物をした際の合計金額など、シンジは『1159』という数字をよく目にしていた。
「そう……ですか……」
リエルは、辛そうに声を発する。
「シンジさん。なにはともあれ、今日一日、守護天使と過ごしてみてください、きっと気に入ると思います」