#1 キャスト・ドール
静かな部屋の中、人形の修復作業が終わった。
新しい命が吹き込まれ、彼女はかすかに笑みを浮かべているように見えた。
『この子を救ってあげてください』
紙にうっすら涙のしみがあった。
意味深なメッセージが記された紙切れを眺めながら、神司は一息つく。
正体不明の顧客からの依頼。
キャスト・ドールを、3日で直して欲しいというものだった。
キャスト・ドール。
フィギュアとはひと味違う、滑らかで人間のような質感を持つ人形のことだ。
修復を依頼されたドールは、今から14年ほど前に作られた子らしい。
標準的な体長が40センチから60センチだ。
この子は120センチもある。
いきさつは不明だが、手首、足首など、いたる所に強く縛ったような跡があった。
痛んでいる部分が多く、修復は困難を極めると思われた。
いつもなら断っている案件。なのに、シンジは二つ返事で依頼を受けてしまった。
理由はふたつ。
青い瞳をした銀髪の人形に一目ぼれしたのがひとつ。
もうひとつは、なぜか直さなければならない衝動に駆られたからだ。
2日で作業を終わらせた自分を褒めてやりたい!
付けっぱなしにしていたPCの画面に映し出されたジャンルタグという文字が、ジャンヌダルクに見えてきていた。
シンジは疲れている目をこする。
気分転換に買い物でも行くか――。
人形修復に必要な道具と材料を調達するため、ホームセンターに向かう途中。
空き地の前に差し掛かった時だ。
ひとりで遊ぶ少女の姿に目を奪われる。
まるで、魂を宿した人形のようだった。
7歳前後といったところか。
体は小さいが、遠くから見ても分るくらい綺麗な顔をしている。
ちょこまかと動くその姿は、とても愛くるしい。
土煙を上げながら、縦横無尽に駆け回る。
急に立ち止まると、魔法少女が持っているようなステッキを振りまわし始めた。
変身の練習でもしているのだろうか。
シンジは、少し近づいて少女の様子を窺う。
ステッキを3回ほど振り「ばっちこ~い!」と少女が叫ぶ。
すぐさま、プラスチック製のステッキを、ひざでへし折った。
なるほど、そうきたか。
見た目と行動のギャップがすごい。
可愛いけど、ヤバイ子か?
歩く爆弾のような少女に、シンジは何か光るものを感じた。
シンジは気配を消し、背後から近づく。
少女の足元に視線を移す。“爆足!”と書かれた運動靴を履いている。
ヘタをすると通報されかねないが、思い切って声をかけてみることにした。
じっと地面を見つめている。
少女は何かを観察しているようだ。
「何を見てるの?」
少女は勢いよく振り向いた。
驚いた感じはない。警戒している様子もない。
ワックスをかけたようなツヤツヤの額が太陽光でキラリと光る。
銀髪碧眼の少女は、あどけない笑顔でシンジの問いに答えた。
「地球の未来を見てるんじゃ!」
美少女、まさかのおじいちゃん口調。
水色を基調としたゴスロリ服に、爆足という運動靴……。
変化球というより、大暴投。
鈍器のようなもので殴られたかのような衝撃が、シンジの体中に走った。
もう少し話をしてみたい。直感がそう告げる。
「少しお話ししない?」
「おうよ!」
無造作に置かれた土管に座り、他愛もない話をした。
言葉を交わしながら、シンジは少女を観察する。
近くで見ると、やはり綺麗な顔立ちだ。
銀色の髪が、日の光をあびて透き通って見える。
銀髪。青い瞳。
先日、自分が修復したキャスト・ドールに酷似している。
なんだろう、この違和感。
まばたきの回数が、やたらと少ない……。
そんなことより、へんな靴“爆速!”が気になって仕方ない。
「その靴を履くと速く走れそうだよね?」
「うん。はやいぞ。ルチルのダッシュ、見るけ?」
「きみ、ルチルっていうんだ」
「すげぇな! あんちゃん、なんでルチルの名前しっとるん?」
「って、おい!」
ルチルはどこかへ走り去ってしまった。
俺はどうしたらいいんだ……。
ひとり取り残されたシンジは、悲壮感を引きずりながら帰路についた。