3話 -後編- 伯爵の苦悩と占い師の導き
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「人の心を救うこと。それが私の使命……今日もまた、誰かの痛みに耳を傾けられますように」
アリアは小さく呟きながら、露店の机に手を添えた。
朝の鐘の音が遠くから響き、まだ薄暗い路地裏に静かな余韻を落としていた。
そのとき、一人の若い男性がアリアの露店へと近づいてきた。
上質な仕立てのコートを羽織り、貴族の従者らしい身なりだったが、どこか落ち着かず、顔には不安が滲んでいた。
「……すみません、少しお話を聞いていただけますか」
「ええ、もちろん。どうぞ、おかけください」
アリアの優しい声に導かれるように、男は小さく頷き、腰を下ろした。
「実は、私の主人であるアデルフォス伯爵が、最近、原因の分からない病に苦しんでおりまして……お医者様にも打つ手がなく……どうにか、心の内を視ていただければと……」
その言葉にアリアは静かに頷き、手を組み、目を閉じた。
「伯爵様の生年月日とフルネームをお願いします」
空気がふっと変わる。まるで音のない深い水の中へ沈んでいくように、意識が集中していく。
やがて、彼女の内に伯爵の魂の気配が浮かび上がる。
それは重く、深く、暗い霧に包まれていた。
「……伯爵様は、若き日に深く愛した女性を失っておられますね」
「えっ……」
「その愛は、周囲の反対により引き裂かれ、伯爵様は想いを封じたまま、心に重い扉を閉ざしてこられた。その喪失と後悔が、今の病の根にあるようです」
男性の顔が驚きと戸惑いに変わる。
「そんな過去が……私は、まったく知りませんでした……」
「伯爵様は、強い方です。誰にも弱みを見せず、すべてを心の奥にしまいこんでこられたのでしょう。でも、もう限界なのかもしれません」
アリアの声は穏やかだったが、その言葉には確かな力があった。
「癒しのためには、その想いを言葉にすることが必要です。伯爵様自身が、かつての想いを語り、自らの心と向き合うことで、闇は少しずつ晴れていくはずです」
男性は深く頷いた。
「……わかりました。私からお伝えします。伯爵様が話してくださるかどうか分かりませんが、やれるだけのことは……」
「ええ、きっと届きますよ。あなたの誠実な想いがあれば」
アリアは微笑んだ。
*
数日後。
露店の前に立った男性の表情は、前回とはまるで違っていた。
明るく晴れやかで、目には喜びが宿っていた。
「先生、伯爵様が……話してくださったんです。あの女性のことを。初めて、誰にも語ったことのない思い出を……」
その声には感動が滲んでいた。
「伯爵様の目から、涙がこぼれました。静かに、でも確かに。話し終えたあと、まるで肩の荷が下りたように、穏やかな顔をしておられました」
アリアも自然と目を細めた。
「それはきっと、伯爵様の心がようやく自由になれた証です。あなたがそばで支えたからこそ、伯爵様も勇気を出せたのでしょう」
「先生のおかげです。本当に……感謝してもしきれません」
男は深く頭を下げ、何度も礼を述べた。
「私にできることは、ほんの少し背中を押すことだけです。変化を起こすのは、いつもご本人の力なんですよ」
アリアのその言葉に、男性は感銘を受けたように頷いた。
「先生の言葉があったからこそ、道が開けたのです。伯爵様も、今では少しずつ食事を取られ、顔色もよくなられています」
「それはよかった……。心が癒えると、体も自然と回復に向かっていくものですから」
風が通り過ぎ、露店の帆布が柔らかく揺れた。
男性は丁寧にお辞儀をして去っていった。
アリアはしばらくその背中を見送りながら、ほっと胸をなでおろした。
夕暮れが路地裏を柔らかく染める中、アリアは静かに店を片付ける。
夜、部屋に戻ったアリアは小さな窓を開け、星空を見上げた。
そこには、まるで彼女の想いに応えるように、無数の星々が瞬いていた。
「……ありがとう。女神様。私は、私の道を進みます」
そう呟いてアリアは静かに目を閉じる。
彼女の胸の奥には、人々の心を照らす小さな灯が、静かに、確かに輝いていた。
ーーー4話へつづく
〈登場人物〉
* アリア:
* 路地裏で占い処を開く、心優しい占い師。
* 人の心の声に耳を傾け、過去や未来を読み解く力を持つ。
* 人々の幸せを願い、心の闇を払うことを使命としている。
* リディア夫人:
* 仮面で顔を隠した、悩みを抱える貴婦人。
* 夫である侯爵との関係に悩み、アリアの元を訪れる。
* 過去の秘密を受け入れ、夫との絆を深めていく。
* 侯爵:
* リディア夫人の夫。過去の秘密に苦しんでいる。
* リディア夫人の愛によって救われ、心の闇から解放される。
* 伯爵
* 若い頃に深く愛した女性と周囲の反対により引き裂かれてしまい、心の奥底に深い闇を抱えている。
* 心の奥底に抱えている想いを吐き出すことで、心の闇が少しずつ晴れていき、病も回復していく。
* 貴族家の使用人:
* 主人である伯爵の病気を心配しアリアの元を訪れる。
* アリアの言葉を信じ、主人である伯爵に過去の女性との思い出を語るように伝え、病気の回復に貢献する。
〈読者の皆様へ〉
第三話では、過去の秘密や心の闇に苦しむ人々が、アリアの導きによって救われていく様子を描きました。愛と信頼、そして心の声に耳を傾けることの大切さを、感じていただけたら幸いです。
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。