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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十章 果てなき砂と星の狭間で
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244話 オアシスの影と伝承 - 共にある力


オアシスの村に滞在して二日目の朝。 涼しい風に包まれながら、アリアたちは子どもたちの笑い声で目を覚ました。


村の井戸の周りでは、早起きした子供たちが水を汲み、じゃれ合っている。動物たちも群れになって水辺に集まり、砂漠の厳しさとは対照的な穏やかな風景が広がっていた。


――だが、その一角だけは違っていた。


「……あそこ、妙だな」


エリオットが視線を向けたのは、井戸から少し離れた小屋の陰。

そこに近寄ろうとした子どもが突然泣き出し、犬が牙をむいて吠え立てていた。


「怨念の気配……」


アリアが眉を寄せた瞬間、足元をぽよんと揺れる影。イリスが小さく跳ね、警戒を示す。


「子どもたちが近づけなくなってる。放っておくわけにはいかないね」


シュウが一歩前に出て、村人に声をかけた。


「ここに住む者ですか? 何か最近変わったことは?」


怯えた村人が答えた。


「ええ、三日前からです。ここに住んでいた老婆が病で亡くなりまして……それ以来、夜になると泣き声のようなものが聞こえて……」


「なるほど」


シュウは静かにうなずき、アリアの方を見た。


「アリア、俺と一緒にやろう」

「うん」


二人は小屋の前に立ち、掌を合わせる。アリアは祈りの光を紡ぎ、シュウは母の形見のペンダントを手に祈りを重ねる。


「どうか、安らかに。ここに縛られることなく――」


すると、黒いもやのような影が小屋の隙間から漏れ出してきた。子どもたちが息を呑み、動物たちが身をすくめる。


「きゃっ!」


怨念が子どもの方へ伸びかけた瞬間、エリオットがすかさず盾を構えて前に出た。


「俺の後ろに!」


盾が淡い光を帯び、怨念をはじき返す。


「今だ、アリア!」

「ええ!」


アリアとシュウの祈りが重なり、光が影を包み込んでいく。 怨念は苦しむように震えたが、それでも完全には消えきらず、黒い残滓が地に残った。


そのとき――


「ぽよん!」


イリスが飛び込み、虹色の体を震わせて影を包み込む。ふわりと広がった光が黒を吸い込み、跡形もなく澄んだ空気に変えていった。


「……やったの?」


子どもが恐る恐る問いかける。


「大丈夫。もう怖くないよ」


アリアは優しく微笑み、子どもの頭を撫でた。





浄化が終わった後、村の中央の集会所に招かれたアリアたち。

年長者の老人がゆっくりと口を開く。


「よくぞ助けてくれた……。だが、驚くことではない。砂漠では、ああした影は珍しくないのだ」


「珍しくない?」


ユリウスが怪訝そうに問い返す。


老人は井戸の水をすくい、手のひらから地面へ落としながら語り始めた。


「昔、この砂漠のどこにでも怨念は湧いた。旅人が飢えて倒れれば、悔恨が影となり、動物が死ねば嘆きが渦を巻いた。砂漠とは、命が過酷に散る場所。だから、怨念もまた自然の一部なのだ」


アリアは驚いて息をのむ。


「……自然の、一部……?」


「そうだ。わしらは怨念を消し去ることはできぬと知っている。だが、共存する術はある。水場に印を置き、影が広がらぬよう結界を築く。影を嫌う香を焚き、循環の流れに委ねる。それが我らの知恵だ」


ユリウスは腕を組み、エリオットは「なるほどな」と低くうなずいた。

一方でアリアは黙り込み、自分の胸に問いかけていた。


――私は、ずっと「怨念を消す」ことにこだわってきた。 けれど、ここでは「消す」ことではなく、「共にある」ことが当たり前になっている。


「……私、まだまだ知らないことがたくさんあるんだね」


アリアが小さくつぶやくと、隣にいたシュウが静かに微笑んだ。


「だからこそ、一緒に学んでいける。焦らなくていい」


イリスが「ぽよん」と跳ね、慰めるようにアリアの肩にのった。



村の暮らしと知恵は、アリアの心に新たな種を蒔いていく。 それはやがて、彼女自身の成長へと繋がっていくのだった。





「ねえ、あのお姉ちゃんたち、すごかった!」

「影を消したんだよ! 魔法みたいだった!」


怯えていたはずの子どもたちが、今は目を輝かせてアリアや仲間たちを囲んでいる。

一匹の小さな山羊の子まで、ぴったりとユリウスの足元に寄り添い、離れようとしない。


「お、おい……なんで俺のところに……」


ユリウスが困ったように見下ろすと、エリオットが肩を揺らして笑った。


「懐かれてるじゃないか。珍しいな」


「からかうな」


そう言いつつも、ユリウスの手は自然と山羊の背を撫でていた。



その時、ふわりと空気が揺れる。

炎の明かりに照らされて、青白い光の粒がいくつも舞い降りてきた。


「……精霊?」


アリアが呟くと、小さな風の精がアリアの指先に止まり、楽しげに髪を揺らした。


「ふふっ……くすぐったいよ」


さらに水の精が現れ、シュウの手元に浮かんで光を灯す。

シュウは驚いたように瞬きし、少し照れた声で言った。


「俺にまで……? 珍しいな」


「シュウは癒す人だから、精霊も安心するんだよ」


アリアが微笑むと、風の精が「そうだ」と言わんばかりに小さく旋回して見せた。


「わぁ、虹色のスライムだ!」


イリスを見つけた子どもたちが歓声を上げる。イリスは「ぽよん」と跳ね、子どもたちの周りをぐるぐると回り、追いかけっこを始めた。

すると、精霊たちも楽しげに輪を作り、イリスの跳ねるたびに光の花を咲かせた。


モルンもまた、小さな姿のまま子どもたちに囲まれていた。翼を畳んで大人しく膝に乗せられているモルンの周囲には、火の精霊がぽうっと揺れて寄り添い、守るように羽を照らしている。


「……あの竜も、悪くない子守役になりそうだな」


エリオットが小声でつぶやくと、ユリウスが苦笑しながら


「竜が子守……前代未聞だな」


と返す。




笑い声と光が村を満たしていく。怨念の影を祓ったばかりとは思えないほど、明るく温かい空気だった。


アリアはその光景を眺めながら、静かに息をついた。


「……よかった。怨念が残っていたら、こんな笑顔も、精霊の加護も見られなかった」


隣に立つシュウが頷き、少しだけ口元を緩めた。


「この村の知恵と、精霊や獣たちの力……それがあってこそ、守られてきたんだな」


アリアは深く頷いた。


「うん……きっと、ここで学んだことは、私たちの旅にも役立つ」




柔らかな笑いと温もりの中で、夜の砂漠に備える短い休息の時が、静かに流れていった。





ーーー245話へつづく

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