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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第八章 虹の羅針盤が指す方へ
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197話 月のしずく - 星の記憶を宿すとき


風が静かに吹いていた。

月明かりに照らされた森を抜け、アリアたちは聖なる泉と呼ばれる場所に足を踏み入れる。


そこは森の奥にぽつりと開けた円形の空間で、水面が鏡のように夜空を映していた。

周囲を囲む木々は、月の光を透かし、柔らかな銀のヴェールを纏っているようだった。


「……ここが、月のしずくの泉?」


アリアがぽつりとつぶやく。


「村の人が言ってた。“満月の夜だけ、空から月の雫が降る”って」


エリオットが頷きながら、辺りを見渡す。


誰からともなく、泉の縁に腰を下ろし、それぞれが静かに空を仰いだ。


風が、光が、音が……すべてが静かだった。





そのときだった。


ふわり、と。


空から、ひと粒の光が落ちた。


それは、まるで水に溶けるように、アリアの肩へとすっと触れた。


「……!」


一瞬、アリアの身体が淡い光に包まれた。


「アリア!?」


エリオットが駆け寄ろうとしたが、ルクスがそっと手を上げて制した。


「待って。……怖がらせてない」


アリアは驚いた表情のまま、泉の水面を見つめていた。


その瞳には、どこか懐かしさが宿っていた。


「なにかが、胸の奥に……温かく、触れたの」


彼女の声は震えていたが、恐怖ではなかった。


その光が、彼女の胸元へすっと吸い込まれたとき——


“コトン”


まるで小さな鍵が心の扉に触れるような、感覚が走った。






「これは……異常だ」


少し離れた場所で観察していたエリオットが、険しい顔でつぶやく。


「アリアは継承者じゃない。星霊の契約も……それに触れる資格もないはずなのに」


マコトが腕を組む。


「けど、今の反応は……完全に、星霊が“受け入れた”ものだった」


「アリア、体に異変はないか?」


ユリウスが気遣うように尋ねた。


アリアは首を横に振った。


「ううん。むしろ、優しい気持ちになったの。……誰かが、ずっと、ここにいた気がする。ずっと、祈ってたような」


「記憶……の鍵?」


ルクスの言葉に、イリスが「ぽよん」と小さく跳ねた。まるで、肯定するかのように。


「つまり……」


シュウが考え込むように言った。


「アリアの中に、星霊の記憶が……少しだけ宿った可能性がある?」


「それが何を意味するか、まだ断定はできない」


エリオットが眉をひそめる。


「けれど、これまでの法則から逸脱している。……星霊の加護を受けるには、本来、何段階もの儀式が必要だ。しかも、“記憶の鍵”など、選ばれた者にしか触れられない」


「でも、触れてしまったのよ。私が」


アリアの声は、どこか遠くを見つめていた。


「それがどういう意味なのか、まだ分からない。でも……怖くはない。きっと、わたしは……忘れてはいけない何かに、触れた気がする」





その瞬間、泉の奥で、もうひとつの光がきらめいた。


まるで、返事をするように。






夜が更けても、泉は静かに光を放ち続けていた。


月のしずくが落ちた痕跡は、どこにもない。


けれどアリアの中に残ったものは、確かに“そこに在った”記憶。


名もなき祈り。

忘れ去られた想い。





「ねえ、ルクス……」


「……ん?」


「この世界のこと、もっと知りたい。昔のこと、星霊たちのことも。……わたし、自分のルーツも、全部」


「……うん。きっと、見つけられるよ。アリアは、その灯火だから」


ルクスの声は優しかった。


その背に、イリスが「ぽよん」と寄り添う。





そして、一行は静かに泉をあとにした。


満月の光が、まるで祝福のように彼らの背中を照らしていた。





ーーー198話へつづく



✪読んでくださり、ありがとうございます。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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