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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第八章 虹の羅針盤が指す方へ
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196話 ひとつの名を、灯すとき - 記憶と魂の結び


朝もやが晴れるころ、一行は静かな森の中に立っていた。

木々の隙間から光が降り注ぎ、風が揺らす葉音が、まるで祝福のように空気を震わせていた。


その中心に、彼女はいた。


かつて名もなく、影としてこの世界を彷徨っていた存在。

今は、光に包まれ、穏やかな表情でルクスを見上げている。


その姿は、まだ幼い少女のようだった。年の頃でいえば六歳ほど。

ふわりと広がる白銀の髪、星明かりを映したような淡い紫の瞳。


その小さな手が、今まさに“誰か”として世界に迎えられようとしていた。






ルクスは、一歩、前へと進み出た。


その背には、淡い光の粒がふわりと舞う。

イリスの中に宿る、遥かな古代の記憶たち。その記憶は、今のルクスにそっと寄り添い、無言のまま“選びし者”を支えている。




――あなたはもう、ひとりじゃない。


――わたしたちの記憶が、あなたを信じている。




言葉ではないその響きが、静かにルクスの背を押していた。





「……名を、授けてもいい?」


少女へと、ルクスは静かに問いかけた。


少女は、小さく、けれどはっきりとうなずく。その目には、どこか怯えと、それ以上に深い希望が宿っていた。


アリアは後ろで見守っている。

イリスは「ぽよん」と小さく跳ね、ふわふわと光を放った。


その揺らぎを、ルクスは目を細めて見つめた。


「……ぽよん、ぽよん……ふふ。そうだね」


静かに笑うと、ルクスは少女の前にしゃがみこみ、その瞳をのぞきこんだ。


「わたしね、イリスの光の揺らぎを見ていたら、ある音を思い出したの。夜明け、暗闇の端から差し込んでくる、小さな光の音……それは、何かが再び始まるときの音」


少女の頬に、涙がひとしずく落ちた。


「だから……あなたの名前は、“プエル”。再び始まる者。生まれなおす者。これから、自分で、自分の光を選び取っていく者」




ルクスの言葉に、少女――プエルは、ぽろぽろと涙をこぼした。


名を授かったという実感が、胸の奥からじんわりと溢れ出し、彼女を包んでいく。


それは、“わたし”という輪郭を与えられた瞬間。




イリスがそっとその肩に寄り添い、光の粒がふわりと舞い上がる。

森に広がるその輝きは、まるで祝福のようだった。




「……プエル」


ルクスが、もう一度、その名を呼んだ。


その響きに、少女の目が細められる。


「……うん……わたし……プエル……」


かすれた声で、ようやく名を口にする。




その声は、小さく、でも確かな一歩だった。






「……これで、やっと“わたしたち”になれるね」


ルクスがそっと微笑む。


仲間たちも、それぞれの距離から、そっとその様子を見守っていた。




アリアは、胸に手を当て、小さく息を吸い込んだ。


「ようこそ、プエル。わたしたちの世界へ」


マコトは無言でうなずき、シュウは


「……なんだか、妹が増えたみたいだ」


と呟いた。


ユリウスが、そっと手を差し出すと、プエルは一瞬戸惑いながらも、それに触れた。


「やわらかい……」




その一言に、皆が笑った。






だがそのとき。


ふと、空気が揺れた。




エリオットの眉がぴくりと動く。


「……座標が、確定された。名を得たことで、彼女は“世界の地図”に刻まれた……」


その意味を、マコトもすぐに悟った。


「つまり、誰かに“見つかる”可能性があるってことか」


その瞬間、森の奥から、ふわりと微かな気配が波紋のように広がる。


イリスが「ぽよ……」と不安げに小さく鳴いた。





アリアがその肩に手を置き、落ち着いた声で言う。


「でも、いまは大丈夫。プエルが名を得たこの瞬間は、わたしたちのもの。未来は、そのあとで考えればいい」


その言葉に、ルクスはそっとうなずいた。


プエルが微笑む。


「……この名前、大切にする。……ずっと」


その声は、小さな灯火のようだった。




世界が少しずつ、新しい姿を受け入れ始める音が、森に響いていた。






ーーー197話へつづく


✪読んでくださり、ありがとうございます。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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