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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第八章 虹の羅針盤が指す方へ
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170話 焔の谷へ - 忘れられた星霊の声


鈍い灰色の雲が、空一面に垂れ込めていた。 朝であるはずなのに、陽の光は厚い雲に覆われ、世界全体がくすんだ赤茶に沈んでいる。 遠くで鳥の鳴く声すら聞こえない。


アリアたちは、長い山道を抜けて、ようやくその地へとたどり着いた。




そこは──


「……ここが、“焔の谷”。」


かつて星霊信仰の中心地だったというその地は、いまや人の手を離れ、荒れ果てた聖域となっていた。


地面にはところどころ黒ずんだ焦げ跡が残り、かつて祠が建っていたであろう石組みは崩れ落ち、名を読むことすらできない石碑が風雨に晒されて立っている。


「風の匂いが……焦げてる」


アリアがそっと口にした。 鼻をくすぐるのは、焔に焼かれた大地の残り香。 そしてその奥に、ごくわずかに、祈りに似た気配が混じっていた。





イリスが「ぽよん」と跳ねて、赤土の上に着地する。だが、その動きには緊張の色が混ざっていた。


「イリス……なにか、感じるの?」


イリスはアリアの問いに応えるように、少しだけ身を縮める。


その隣でモルンが低く喉を鳴らした。


「……くう……」


彼の尾が静かに揺れ、金の瞳が遠くの岩陰を見つめている。





「……精霊たちが、こんなに構えるのも珍しいな」


シュウが眉をひそめながら呟いた。腰のあたりに手を添え、周囲の空気を確かめるように視線を走らせる。


「何か、見えないものがいる。……けど、敵じゃない。たぶん」


「この地には……まだ“力”が残っている。精霊にしか感じ取れないような……」


マコトのつぶやきに、誰も言葉を返さなかった。

ただ、足元の土が、どこかで眠っていた記憶を呼び起こそうとしているようだった。







「これは……」


ユリウスが崩れた石碑の一つに近づいた。

その表面には、かすれた古代文字が辛うじて残っている。


「読めるかもしれない。……けど、これは普通の契約文じゃない」


アリアもまた、祭壇跡と思われる広場の中央に立っていた。

そこには割れた円形の石が星型に並べられ、明らかに意図的な配置が施されていた。


彼女がそっとその中央に手を置いた瞬間。


光のような感覚が、指先から胸へと伝わる。





──記憶、だ。


目を閉じると、まるで夢を見るように、一瞬のビジョンが流れ込んでくる。


女性の姿。 栗色の波うつ髪。 祈るように跪き、何かを「封じて」いる。


(……カメリア?)


アリアの心が揺れたとき、モルンがそっとその隣に歩み寄った。 小さく息を吐くと、その息が炎となって、地面の上をなぞる。


炎は渦を巻くようにして広がり、やがて宙に一つの紋章を描き出す。


それは……星霊の印。


誰もが息をのむ中、アリアの中に“声なき声”が響いた。


『かつてここで、星と心を交わした者よ……今、契約は断たれた』







「契約が……断たれた……」


アリアの呟きに、ユリウスが険しい表情で頷く。


「封印じゃない。これは……裏切りの痕跡だ」


シュウが腕を組み、短く吐息をついた。


「“契約を断つ”ってのは、普通、精霊とやり合う時には起きないんだ。星霊って……何か違うのか?」


エリオットが、わずかに目を伏せた。


「精霊とは“調和”の契約だけど、星霊はもっと深い。たぶん……存在の在り方まで関わってるんだと思う」


「つまり……裏切った側にも、理由があったかもしれないってことか」


シュウの眼差しは、どこか遠い場所を見つめているようだった。


その横顔を見つめながら、アリアはそっと手を胸に置く。

モルンの温もりが、掌に静かに伝わっていた。


「……でも、その記憶の続きを……知りたい」


彼女がそっと呟いたとき、シュウが一歩だけ近づいてきた。

ほんのささやかな仕草だったが、それは“彼女を守る”という意思の表れだった。


「……あんまり無理するなよ」


小さな声だった。

けれど、確かにそこにあった優しさが、アリアの胸を温かく満たした。







そのとき、モルンが静かに祭壇跡の隅へ歩いていった。 そして、何かを見つけたように、口に咥えて戻ってくる。


それは、灰に埋もれていた一つの“祈りの石”だった。


アリアがそれを受け取ると、かすれた古代文字がかろうじて読み取れた。


「火に試されよ。されど、傷つけるなかれ……」


「それって……この炎が“誰かを守るためのもの”だったって意味か?」


シュウの言葉に、マコトがわずかに頷く。


「ああ。戦いの炎じゃなくて、“祈り”としての炎だ。……だがそれを、誰かが違う使い方をした」


エリオットが続けた。


「ならば、この谷が求めているのは、“再契約”か“償い”……あるいは、赦しだ」







アリアは、モルンの温かな体を抱きしめ、祈りの石にそっと手を重ねた。


その瞬間、石の文字がほのかに光り、モルンの体にも赤金の光が宿る。


それは、癒しのための炎ではなかった。

傷を癒すのではなく、記憶を灯し、契約を繋ぎなおすための炎──


「……モルン、あなたが護ってきたものを、私も……」


囁いたとき、大地がかすかに震え、ひと筋の赤い光が、地面の割れ目から立ち上る。





その瞬間、何かが動き出した気配があった。 まるで、その祈りが答えを引き出したかのように。





──星の巡礼の第二の門。ここに、再び目覚めの気配が宿る。





アリアは仲間たちを見渡した。

それぞれの瞳に、迷いはなかった。


「……次へ進もう。わたしたちの“星霊との約束”を、もう一度つなぐために」


“星霊の契約”が、今まさに、再び目を覚まそうとしている。





──第171話へつづく



✪読んでくださり、ありがとうございます。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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