113話 遠き地より - 魂は微笑む
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夜の帳が下りるころ。
風がやみ、ひととき世界が静寂に包まれる。
アリアは祈るように、千里鏡の前に座っていた。
磨かれた鏡面は、今はただの水面のように静まり返っている。
(お願い……どうか、繋がって)
ふと、水面に一粒の光が差し込んだ。
そして、波紋のように光が広がり──像が、映る。
「……アリア?」
聞きなれた声が、まるで遠い風のように届く。
「セリシア……!」
アリアの目に、懐かしい笑顔が映る。
あの日のままの姿で、セリシアが鏡の向こうに立っていた。
「……久しぶりね」
「本当に……本当に、会いたかった」
アリアの声が震える。
セリシアも、静かに頷いた。
「サクラ様の容態が、良くないの。いまは深く眠っていて……意識も、まだ戻らないわ」
「だから私が、代わりに」
言葉を継ぐ前に、セリシアの瞳が揺れた。
まるで心の底から湧き出す想いが、言葉をせき止めているかのように。
「ねえ、アリア……」
「……私は、ずっと悩んでた。あのとき、もし私が逃げずに向き合っていたら、もっと違う未来があったんじゃないかって」
「でも、私はもう……償いを選んだの」
アリアは、ただ黙ってその声を受け止めた。
「怖かったの。誰かを信じるのも、背中を預けるのも、あなたとまた向き合うのも。けど……」
「それでも、あなたがここまで生きてきてくれたことが、私には……救いだったのよ」
言葉は、震えていた。
でも、それは泣いているからじゃない。
どこまでも真っ直ぐで、迷いのない強さが宿っていた。
「私ね、ようやく気づいたの。あなたは、全部を背負わなくていいんだって」
「アリア……あなたが願ってくれた未来は、ちゃんと誰かが繋いでいける。だから……あなたは、あなたの光を選んで」
アリアの瞳から、涙がひとしずく落ちた。
「……ありがとう、セリシア」
「ううん。こちらこそ……こんな私を、見捨てないでくれて」
そのとき──
鏡の向こうに、静かな光が差し込む。
セリシアがそっと振り向いた。
「……あ」
彼女の視線の先、淡く揺れる光の中に、白い影が現れた。
静かに、白い光が揺れた。
ゆらりと現れたのは、まるで薄いベールのように光る“魂の姿”。
その向こうには、静かに横たわるサクラの身体が見える――まるで眠っているかのように、穏やかに。
けれどその魂は、確かにこちらを見つめ、微笑んでいた。
声も言葉もない。ただ、優しく、あたたかく。
その笑みはまるで──「大丈夫」と語りかけるようだった。
アリアの喉がきゅっと詰まる。
「……サクラ様……?」
セリシアはそっと頷いた。
「今だけ……きっと、あなたの声が届いたから……」
サクラの霊は、微笑みながら、静かに目を閉じた。
そして、ふわりと光の粒となって空へと溶けていった。
残されたのは、ただ穏やかな光と、静けさだけ。
──ありがとう、と、誰かが囁いた気がした。
アリアはそっと目を閉じる。
胸の奥に、ほんの少しあたたかなものが灯るのを感じながら。
鏡の中の像は、ゆっくりと薄れていった。
まるで夢が覚めるように、波紋のように消えていく。
けれど、アリアは信じていた。
たとえ離れていても、心の奥で繋がっている。
想いは、祈りは、ちゃんと届く。
アリアはそっとつぶやいた。
「……行こう。まだ、道の途中だから」
彼女の目が、夜の帳をまっすぐに見据える。
その瞳には、光が宿っていた。
ーーー114話へ続く
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




