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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

川の字

作者: 壱原 一

子供がまだ幼いこともあり、空調効率も考慮して和室へ親子3人で川の字に寝ている。


夜おそくに帰宅して、物音を潜めて寝支度を済ませ、欠伸を噛み殺しながらそろそろと襖を開けると、すうすうくうくう寝息を立てて家人と子供が転がっている。


端に自分の寝る場所が「あなたを待っていましたよ」とひっそり空いているのがとても嬉しい。


真ん中に陣取る子供の寝顔に目を凝らしつつ寝転がるや、子供は寝ながら気配を察し、間もなくこちらへ向けて寝返りを打って迎えてくれる。


今日のように会食があって飲酒した後は、難しげなしかめ面で、顔や胸元を当てずっぽうに押しやられる。


それでいて押しやった鼻やら口やら襟口やらを、ちんまりした湿った手で、わしっと掴んだままなのが、何ともいじらしくかわいらしく感じられる。


存外子煩悩の才があった自分に、2重にも3重にも、幸せ者だなと感慨が募る。


鼻息を吹いてにやけつつ、橙色の常夜灯に浮かび上がる家人と子供の安らかな寝顔を肴に、ゆったりと睡魔へ身を任せた。


*


乱暴に揺り起こされる風な、不快な干渉に目が覚めた。


橙色の常夜灯が灯る和室。エアコンが静かに夜働きを続け、家人と子供が穏やかに寝入り、なんの変哲も見られない。


確かに厭な気で起きた筈だが、感覚は霧散してしまった。外を行く人や車の音か、はたまた夢見が悪かったのか、放念して寝直そうとしたところ、瞼を下ろせず、身じろぎも出来ない。


そこへ、頭上にある襖が、すすぅ…、とん、と閉じる音がする。


今とじたなら、さっき開いた音を聞き咎めて覚醒したのだろう。


家に誰か居る。


酔って玄関を閉め忘れたのか。否、それより今しめて離れたのか、あるいは今はいってきて閉めたのか。


跳び起きて確かめなければと、どっと毛穴が開き汗が出る。


逆立つ産毛をなぞるように、さ、さぁ、と畳を擦る音が立つ。


入っている。


なんのつもりだ。


必死に頭上へ目を動かすも、自身の前髪の影のほか何も見て取れない。どうにか家人に呼び掛けて子供を連れ出させるべく喉を息ませても声が出ない。


眼力で起きろと念じる心地で家人と子供に目を戻すと、2人とも目を開けている。


いかなる動揺も示さず、芯から弛んだ寝相のまま、似通った大小4つの目で揃ってこちらを見据えている。


信号機が変わるのを待つような、乗り物が着くのを待つような、神妙とも詰まらなさそうとも取れる口角の落ちた表情が、じっとこちらの斜め後ろを見て、徐々にその視線を背後へ運び、少しずつ足の方へ移している。


連動して音はこちらの背後に回り、さわさわするする足元へ流れ、程なくのしっと床をしならせて、恐らく敷き布団を踏んだ。


誰が居るのか、何をしているのか、何でも良いから兎に角にげろと目配せして懸命に訴えるが、家人も子もどうしてか眉間に皺を寄せ、瞼を伏せて唇をすぼめ、苦々しげな、沈痛な、遣る瀬無い顔で俯いてしまった。


その光景を遮るように、中空から物陰が下りて来る。


子供の顔の前に、他者の手が下りて腕を突く。ずっしり体重を支えて、慎重に位置を定め、音を立てないようにして、狭い川の字の合間へいそいそ割り込もうとしている。


そわそわ嬉しげに笑う顔が、ぬっとこちら向きに見えた瞬間、絶対に寝そべらせてはならないと何にも勝る直感が生じ、これが殺意かと感心するほど狂暴な意志が噴出した。


濁った唸り声を上げ、動けと力み過ぎて歯が欠ける。


がばっと動けたと同時に、家人に呼ばれ揺さぶられ、正にいま起きたと気が付いた。


*


即座に屋内を検め、各所の施錠を確認後、酒の飲み過ぎと家人に呆れられ掛けたものの、子供が同じ夢を見ていたと述べたので話が変わった。


通園の行き帰りの道すがら、お家の窓に居る人が、ずっと居て、見ていると手を振るので、振り返したらお布団に混ざろうとしてきたと言う。


もう見ちゃ駄目だよと言い含め、家人と場所を聞き取って迎えた翌朝、伸び放題の草木やがらくたで荒れた空き家の門前で、昨夜おぼえた殺意を込めて2度と来るなと強く念じた。


以降、何事も起こらず、和室へ親子3人で川の字に寝ている。


欠けた歯の詰め物は、長持ちで丈夫で割れにくい金属製にしてもらった。



終.

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