初接敵
城門前には確かに人間と思しき集団が集まっていた。どこかの軍隊のような軽装の鎧を身に着けていて、敵意……というよりも嘲笑に近い表情が読み取れる。俺たちが出そろったとみるや否や、先頭の男が名乗りをあげた。
「我々はフィオナ王国からの遣いだ。突如として現れたこの城の調査にやってきた……のだが」
そう言って六淑女の方を一瞥する。フィオナ王国……やっぱり聞いたことの無い国名だ。ネット上に情報が無いような国がまだ残っていたのか……?
「貴様らは何者だ? 下等種族の寄せ集めか?」
俺の仲間をいきなり「下等種族」呼ばわりなのが気に障るが、彼らの目的はよくわかった。つまりは視察だ。
「俺たちはこの城で普通の生活を送ろうと思ってる、ただの一般人だ。敵意は無い。もしかしてここは誰かの所有地だったか?」
とりあえず「普通の生活」と言っておいたが、まだ目標も決めてないんだよな。この世界からの脱出か?いや、折角の異世界だ。現実に帰るよりもこの世界で生きていたい。
「普通の生活、な……確かにここは誰の土地でもない。しかし、貴様の後ろにいる奴ら、人間じゃないように見えるが?」
不快さを隠さない様子で男が言う。
「そうだ、俺以外の6人は人間じゃない。だが、何か問題があるか?敵意は無いんだ」
俺がそういった途端、男が失笑した。
「『問題あるか?』だと? あるに決まっているだろう。人間である貴様だけならまだしも、他の下等種族が我が国の近くで自由に生活するなど反吐が出るわ」
男がそう言うと、他の全員も笑い出した。みな顔には軽蔑の意が表れている。
「貴様……言わせておけば、私たちを愚弄するつもりか?」
ついに篝火の竜人のソーンが口を開いた。むしろ今までよく我慢していただろう。彼女は竜の血が混ざっている影響もあり喧嘩っ早い方だ。でも……
「待て、ソーン。ここは俺に任せてくれ」
俺はすかさず彼女を制止する。戦闘を避けたいからじゃない。敵の戦闘力が分からない以上、不用意に彼女らを危険にさらす訳にはいかないからだ。
「……ご主人がそう言うのなら…………」
かなりの不満はありそうだが、一応は俺の顔を立ててくれた。
「まったく、奴隷の躾もできんのか」
「……奴隷?」
「そうだ。それ以外の何がある?人ではない下等種族に人並みの権利など不要。面倒な労働をただこなしておけば良い……まぁ、貴様の奴隷たちは性処理にも使えそうだがな」
男が下卑た笑みを浮かべ、肉欲に塗れた視線を六淑女に浴びせる。
彼らの笑い声を聞くほどに、自分の腹の底からふつふつと湧き上がるものを感じる。六淑女に対してこれほどの愛情を感じるのは俺が「レクス」だからだろうか。設定上、レクスは六淑女のことを何よりも大切にしている。転移によって俺自身の性格がレクスに寄っているのかもしれない。
奴隷?性処理に使う?今の俺が何よりも大切にしている存在を?
「お前たちは……日常的にそんなことをしているのか?」
「当然だ。何を驚くことがある? 今も昔も異種族は人間様の奴隷。お前も知っているだろう? 視察のつもりだったが予定変更だ、その奴隷たちを差し出せ……言っておくが、我らに歯向かうことは王国への反逆とみなすぞ。」
なるほど、要求は六淑女の確保か。王国軍に渡そうものなら、彼女たちが凄惨な扱いを受けるのは確実だろう。要求を呑むのか否か……考えるまでもない。
「断る。俺の大切な仲間たちを、お前らのようなクズに渡すつもりはない」
「ほう?俺たちが視察といったから舐められたか。王国軍を舐めるなよ。貴様らのような下等種族の寄せ集め、苦も無く全滅させられる」
おそらくはったりではないのだろう。この世界が「COL」のゲームシステムの通りなら、敵のレベルも相当なものになっているはずだ。
「……全滅させてみろよ」
「図に乗るなよ、ガキ……おい、戦闘配置につけ!」
彼の指令によって、30人ほどの部隊が展開していく。先頭で大楯を持つもの、その後ろで槍を立てるもの、さらに後方に杖を構えるもの……よくできた隊列だ。
「モノ、転身許可。それ以外はモノの後ろに退避だ」
「分かりました……【転身・守護天使】!」
熾天使の彼女はスキル【転身】で自身の能力値を変化させることができ、今回の場合は防御に寄せている。スキルの使用と同時に彼女の翼の色が炎のように燃え上がり、彼女の前に大楯が現れる。名をエヴァラックの盾。純白の盾に真紅の十字架が描かれていて、モノの身長ほどの大きさがある。
「【円卓守護•聖】」
モノがそう言うと大楯を中心として同心円状に半透明の壁のようなものが現れ、六淑女を護るように展開される。
「あれだけ粋がっておいて守るだけか? それならこちらからいかせてもらうぞ……魔術班、攻撃用意!」
敵の攻撃が来る……魔術班とやらがどの程度の魔術を使ってくるかが未知数なのが怖いところだ。もしも第九等級魔法まで使えるなら、苦戦は必至だろう。
「魔術班、準備完了です!」
「よし……放て‼︎」
そう言って彼らが放った魔法は……
「【二連火球】!」
「……は?」
【二連火球】。第一等級魔法の【火球】の一段階上に位置する第二等級魔法だ……何かがおかしい。ここが「COL」の世界なら、敵のレベルも相当のものになっているはず……なのに彼らが使う魔法はかなりの低レベルのものだ。
……見知らぬ土地に、見知らぬ植物。それに不可解なほどに弱い敵……ここは本当に「COL」のゲームの中の世界なのか? もしかしたら俺はとんでもない勘違いをしてるんじゃ……いや、考えるのは後だ。今は奴らに応戦する!
「【連鎖する爆炎球】」
俺がそう唱えると、杖の先から赤く光る小さな球が飛んでいき、それが向かってくる敵の火球にぶつかったその瞬間――轟音が辺りに響いた。それは敵の20ほどの火球を相殺するにとどまらず、敵軍の前衛から中衛、そして後衛の一部を燃やし尽くす。
「……な、なんだ、この火力は……?」
さっきまで大声で指令を出していた男が消え入るような声で言う。味方を盾に辛うじて生き残ったらしい。
「お前ら、第何等級の魔法まで扱えるんだ?」
「……人の形をした悪魔め……必ず仲間の仇はとるぞ……必ず……!」
俺の質問に答える気はないらしい。自分の隊が壊滅したなら仕方ないことかもしれないが。
「そうか……トレス、頼む」
「ええ、私にお任せください、主様。」
そう言って邪眼の蛇女のトレスが目に巻かれた黒い布を外す。
「な、なんだお前……」
「この目を見なさい」
トレスが彼の頭を押さえ、無理やり目を合わさせる。
「……魅惑の邪眼」
彼女の目が紫色の怪しい光を放ったと思うと、男の目の焦点が合わなくなっていき……
「……俺は上級魔導士なので第三等級まで、魔術班は中級魔導士で構成されているので第二等級までです」
驚くほど素直に質問に答え始めた。
このように、トレスは邪眼を様々な用途で使うことができる。その最たる例がこれだ。十分に格下の相手と目を合わせることで相手を魅了し、意のままに操ることができる。複雑な指令と長時間の稼働は不可能と言う欠点もあるが。
「分かった。お前は自分の王国に戻って報告しろ。『あの城にいる者たちは圧倒的な格上です。敵対は危険です』ってな」
「……分かりました」
男にどう報告させるかは迷いどころだった。誤魔化すことも考えたが、部隊の壊滅を説明できないだろう。ここは素直に事情を伝えつつ、牽制しておこう。
「……レクス様」
「ああ、モノ。みんなの守護ありがとうな。これからいったん城に戻って、これからについて話し合いたい。それでいいか?」
「はい、異論ありません! みんな、撤収~‼︎」
「なんじゃ、もう終わりか? せっかく戦う機会がやってきたと思うたのに……のう? シス」
「ボクはフェムほど戦闘好きじゃないですよぉ……人間は食べたかったですけど……」
月神狼のフェムは血の気が多すぎるし、擬態の蟷螂女のシスはシンプルに発想が怖い。
こうして俺の、初めての異世界人との接触が終わった。
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