【完結】脇役令嬢日記~私のことよりメインストーリーを進めてください!~
「真実の愛を見つけたんだ」
「申し訳ございません。もう、自分に嘘はつけないんです……っ」
我が国の第一王子殿下が最近なにかと話題の下級貴族の令嬢を強く引き寄せた。
それを受けて、殿下のご婚約者である公爵令嬢が動揺してしまったことを恥じるかのように扇を広げ口元を隠した。
修羅場である。
「マデリン、君には申し訳なく思う。許してくれ……っ」
「許すも何も、わたくしに宣言されても困りますわ」
殿下は痛みを堪えるように眉を寄せた。
何が痛いのだろうか。頭だろうか。
公爵令嬢も優美な仕草でこめかみをそっとおさえた。一緒に私も頭を抱えた。
ここは王立学園の庭園にあるガゼボである。
そこで公爵令嬢様たちがお茶を楽しんでらしたのに、最近なにかと話題のお二人が突然現れ場は解散となり突然の修羅場となったのだ。
そして、その修羅場を見守るのがただの脇役令嬢である私。幼少の頃は自分こそが物語の主人公!と思い込んでいたが、公爵令嬢マデリン様と出会って自分の思い上がりが恥ずかしくてしょうがない。
本物の主人公の風格を浴びてしまった私は、それからというもの私は脇役は脇役でも“名脇役”を目指し邁進してきた。
“脇役は主人公のために”
主人公がドラマチックな人生を謳歌するために、丁度いいタイミングで物語の核に近い話題を提供したり、早くも遅くも無いタイミングで意味深なワードを呟いたり、注目を集めたり、やることが……やることが多いのだ。
今までの楽しかった脇役ライフの走馬灯に目頭を熱くしていたら、目の前の修羅場が盛り上がって来ていた。
「────マデリン様、本当に、本当に申し訳ございませんッ!エド様のお気持ちをお断りすることはどうしてもできなくて……ッ」
「……殿下の愛称を口にするなんて」
おおっとーーー!?
殿下に抱き寄せられたままの男爵令嬢が殿下の愛称を呼んだー!!“殿下のことを愛称で呼ぶことを許された仲である”という宣戦布告だろうか。
しかも合わせ技で、“殿下から言い寄られた”という関係値まで匂わせてきているのでは!?
マデリン様にも正しく伝わっているようで、女神のような神々しい金の髪を後ろへ払った。これはマデリン様の苛立ちを隠す時の癖である。
「……なかなかやるわね」
「何が?」
耳に息がかかるくらい近くで囁かれたが、もう驚かない。
「……アルフレッド様、近いですよ」
君の隠れる場所がいつも狭いんだよ、と肩を寄せて主人公級の笑顔を遺憾なく発揮するのが我が国の第二王子である。ちなみに我が国には現在第五まで王子がいる。まだ増えそうな気がしなくもない。
第一王子と同い年で、今は亡き前王妃様の御子であるアルフレッド様とは幼馴染でもなんでもないところが私の名脇役である証拠なのかもしれない。
幼いころから親交があって……とか、昔何かの縁で知り合って学園で再会して……だとかは全くない。さすが脇役。フラグがない。
殿下との出会いは、今日のようにマデリン様の主人公にふさわしいご活躍を陰ながら見守っていたら、面白がってついてくるようになったのだ。一文で説明出来るエピソードである。
「いつになったらアルって呼んでくれるのかな」
クスクスと低く笑うから触れてる肩から振動が伝わってくる。
私の胸が跳ねたのは、それにつられただけだ。
アルフレッド様のような主役級の人物がこんな意味深なことを呟いたからといって、突然ムーディーな音楽が聞こえてくるだとか、突然風が吹いていい感じな雰囲気になるとかは無い。
「なんてね」
ほらね。殿下は肩をすくめて何もなかったかのように修羅場の観劇に視線をやった。殿下は物語で言うところの、主人公に想いを寄せるとかそういう系の役どころなのだから。
たぶん、私は殿下がいかに女子生徒に人気があるか見せるための賑やかし脇役だ。
ふぅ、と溜息をついて私も視線を修羅場へと戻す。
「……今だけですよ。アル様」
ぼそりと呟くと、一拍遅れてアルフレッド殿下が私の手をぐわしっと掴んだ。えっ、と視線を戻せば瞳孔が完全に開いたアル様がこちらを見ていた。怖すぎる。
ちょちょちょちょっと王族に対して気安すぎただろうか!?脇役風情がすみません家族だけは無関係なんですうううう!!!
「……ナタリア、もう一度呼んで」
ナタリアは私の名前である。ここまで名前を紹介されないでも物語は進んでいる。さすが脇役。
「アッハイ、……ア……アッ、ァルサマ……」
「ナタリア……嬉しいよ。やっと、やっとなんだね……」
嬉しいよと言いながら、アル様の瞳孔は深淵を覗き込んでいるかのように底が見えない。ドウシテ。
「殿下、何度も申し上げますがわたくしにこのようなお話をされても困りますわ」
マデリン様の凛とした声に引き戻される。
さすが主役。注目を集める能力が高い。
「……ナタリア?」
「アル様、今はそれどころじゃないですよ。シッ」
アル様から何度か名前を呼ばれた気もするが、修羅場は待ってはくれないのだ。
「こっちも今いいところだったよね?」
ねえねえと手を握って気を引こうとするアル様の唇に指を乗せる。
「アル様。いい子でお待ちください」
ね、と念を押せば耐えがたい苦痛だったのか苦悶の表情で頷いた。
……おそらく、この修羅場が終わった時が、私の修羅場の始まりかもしれない。お父さま、お母さま、先立つ不幸をお許しください。
「やっぱり……マデリン様は許せませんよね……愛する殿下を奪ってしまってごめんなさい……!」
「あぁ泣かないで愛しい人。マデリン、長らく婚約者として縛ってすまなかった。君の気持ちに答えられなくて……すまなかった……」
「……ですから、この婚約は王家と我が公爵家の契約ですので、陛下とお父様にお話し頂く必要がございますわ」
「では、許してくれるのか……!」
「わたくしは婚約が破棄されようがかまいませんので、お父様にお任せしますわ。もう行ってもよろしい?」
涙ながらに演説する二人にマデリン様はゆっくりと噛み含ませるように説明した。その姿はまるで聖母のようで。
感動の涙をぐっとおさえるように目頭をつまんだ。
マデリン様……成長されましたね……っ
「待ってくれ。マデリン、君の気持ちはわかっている。泣かないでくれ」
「……まだ何か?」
ガゼボの出入口に殿下と男爵令嬢が立っているため、マデリン様は勝手に辞去することが出来ないままだった。
「この婚約が破棄されてしまえば君は傷者になってしまう。それは元婚約者として……いや、幼馴染として耐えがたい。君に非はないのだから」
「どの口が言ってるんだか」
アル様は怒りの形相でぼそりと呟いた。落ち着いてください、いいところなんですから!落ち着くようにアル様の手の甲を撫でると黒いオーラは静まり、なぜかうるうると瞳を揺らしこちらを見た。もしかしたらアル様は悪魔に乗っ取られる系の主人公なのかもしれない。かわいそうに。左手が疼いたら包帯を巻いてあげよう。
「そうだ!エド様っ。わたし、とーっても良いことを思いつきました!第二王子のアルフレッド様はそろそろご婚約が解消されるともっぱらの噂です!」
「あぁ、名案だな!そうだ、アルフレッドと婚約すれば引き続き私の公務の手伝いが出来るな!よかったなマデリン」
嬉しいだろう?とでも言いたげな二人に驚けばいいのか、急に名前の出てきたアル様のご指名に驚けばいいのか、視線は行ったり来たりとせわしない。
アル様はさすが主役級なだけあって、急なご指名にも関わらず驚いた様子はなく静かに前を向いている。まるでこうなることがわかっていたかのように。
マデリン様とアル様が、ご婚約……。
「アル様の左手に包帯を巻くのは、私じゃないみたいですね……」
「うん?怪我なんてしてないけど、好きなだけ巻いて」
私はいつも影からマデリン様たちを見てきた。そういえば最初はアル様の姿もこうして影から見てきた。楽しそうに笑う様子、何かトラブルに遭遇しても機転を利かせ切り抜く雄姿、人知れず努力を重ねる姿を。
寄り添う二人を、私はいつも通り見ていられるだろうか。
アル様のいつもの穏やかな微笑みが歪んで見えない。
見ていたくない。
ぐっと目をつぶって耐えていたのに、ぐわりと持ち上げられた。
え!?あ、ちょっと!?と言う間も無く、隠れていた茂みから出されてしまった。
マデリン様も第一王子殿下も男爵令嬢もこちらを見ていた。
私も見ていた。
ばっちり目が合っている。
驚愕の表情で私を持ち上げた人に視線を移せば。
「────ナタリア、可愛すぎるよ」
アル様が、うっとりとこちらを見上げていた。
猫のように持ち上げられてぷらーんとしている間抜けな様子にそぐわない“可愛い”に警戒心しかわかない。
とりあえずおろしてください!舞台から丸見えです!!!
「お前たち何をやってるんだ!」
「それはこっちの台詞だ、エドワード。恥を知れ」
私をストンと下ろしてアル様は冷たく言った。
「な……ッ! まぁ、いい。聞いていたなら話は早い。マデリンと婚約しろ」
「なぜ?」
「フランチェスカは今から王太子妃教育を受けるんだぞ?マデリンは王太子妃教育を受けて長いし、臣下として未来の王太子妃を支えるべきだろう」
「「「は?」」」
おっといけない。“その場に丁度良い合いの手を入れる”脇役仕草が出てしまった。公爵令嬢のマデリン様と王族のアル様の影に隠れて、私の不敬発言は不問としてほしい。
ちなみに男爵令嬢の名前はフランチェスカというらしい。メモしておかなければ。
「何を馬鹿なことを……」
「よかったな、マデリン。これからも一緒にいられる」
マデリン様が扇を折ってしまいそうなほど怒りのオーラを出したときだった。
「いい加減にしろ」
私の隣には暗黒の覇気を放出するアル様がいた。左手どころか全身から放出されるこのオーラはなに?実は闇落ちする系の悪役だったのか?
「マデリンの話を聞け。それにお前は王太子じゃない。そして、俺はナタリアと結婚する」
………………………………え?
聞き間違いかな。よし、第一王子殿下、御覚悟ください。この闇落ちして悪魔と契約してなんか堕天使だとか死神だとか、えーと、悲しい宿命を突如として思い出す感じの設定を背負ったアル様が成敗し、え、マデリン様も第一王子殿下も男爵令嬢も、なぜこちらを驚愕の顔で見ているんですか。
「……アルフレッド殿下、呆気にとられて隙だらけです。やるなら今ですよ」
「ナタリア、“アル”だろう?」
アル様の指がクイと私の顎を上げた。視線がアル様に縫い留められる。
「それは……二人だけの時だと……ッ」
「ふふ、照れてるの?」
そんなやり取りまで聞こえてしまったのか、マデリン様が「まぁ……!」と感激したかのように叫んだ。マデリン様、違うんです。
「アルフレッド、ついに捕まえたのね!」
「あぁ、やっとだ。だから邪魔されるなんてとんでもない。エドワードたちは二人で勝手にやってくれ。俺たちやマデリンを巻き込むな」
なにが“ついに捕まえた”のか意味不明だが、アル様が第一王子殿下とお話し中なので聞けやしない。私のことは物語外でやりますので、メインストーリーをどうぞすすめてください。
「ナタリア……?……ヒューズ公爵の娘だと!?海外にいるのではなかったか!!?」
「……いま──「アルフレッド!貴様、ヒューズ公爵の掌中の珠を手に入れ、王座を狙っているのではあるまいな!!」
いました、と答えようとしたのに遮られてしまった。脇役のつらいところだ。
ややしょんぼりとしているとアルがグイッと抱き寄せた。
「勘違いさせるようなことを言うな。俺は玉座なんて興味がない。ナタリアが結婚を受け入れてくれたところなんだから水を差すな」
「受け入れ、ました……?」
いやいやいやいや。待ってほしい。この一幕の中に求婚され、受け入れる描写なんてあっただろうか?いや、ない。
しかも、先ほどしょぼんとしたのは王座を得るための駒扱いだったのね!ということでは無く、脇役だということを再確認したからである。
私の小さな呟きはちゃんと聞こえていたのか、アル様がまたあの瞳孔が完全に開いた目でぐわっと顔を近づけてきた。だから怖すぎますって!!
「受け入れてくれたよね?アルって呼んでくれたよね?」
「アッ、ハイ、ヨビマシタ、ハイ」
これってあれだろうか、愛称で呼ぶと何かを受け入れたことになるんだろうか?学園入学前まで海外にいたせいでこの国の風習に疎いところがあるんだが、それだろうか????
「俺と結婚するんだよね?」
「エッ」
やっぱりそうなんですね?!私、知らないうちに承諾してましたね!?
そんなつもりはなかったと口を開こうとしたが、アル様の深淵が近づいてくる。呑み込まれそうな深い闇だ。
「……いい子で待っていたらするんだよね。結婚」
闇が、深く
「エッ、アッ、ハイ」
なった気がしたが、私の返事に満足したアル様は「へへっ」と照れたようにポヤポヤした笑顔ではにかんでいる。幻覚を見ていたのだろうか。
「……アルフレッド、ヒューズ公爵から婚約継続はナタリア様の意志を尊重するって取り決めだったのでしょう?」
「マデリン、人聞きの悪いことを言わないでくれ。やっと婚約者と想いが通じ合ったんだから」
「えっ、婚約……?継続……?」
「ヒューズ公爵も人が悪いよね。俺がナタリアを好きすぎるからってナタリアを外国へ留学させるなんて」
「まぁ、アルフレッドにしてはちゃんと“待て”が出来ていたわよね」
「あぁ、“いい子で”待っていただろう。ね、ナタリア」
いい子で待っていたと言い張る大きなワンちゃん、もといアル様は嬉しそうにほほえんだ。
マデリン様は訳知り顔で頷いて、仕方ないわねって顔でちょっと苦笑いだ。
第一王子殿下と男爵令嬢は何か言いたそうにしているが、いいんだろうか。
ほんと、脇役は別軸でやっておきますので、メインストーリーを進めてください……!
他に書いているものがストレス展開で鬱々としてたので気晴らしに。
こういうのが書きたい!!!




